幕間⑧:キアラの事情

〜カイト視点〜


キアラさんの話はかなり衝撃的なものだった。


キアラさんは15歳。『エルフ』は長命だが、20歳くらいまでは『人間』なんかと同じように成長し、背が伸び顔つきも大人びてくる。それ以後は、長い間その状態から変わらず、100年から200年ほどたつと急激に老化が始まり死期が迫る、と習った。

キアラさんの見た目はかなり大人っぽいと思ったので、少なくともコトハお姉ちゃんと同い年か、年上かとすら思っていた。なので、15歳と聞いてかなり驚いた。



キアラさんの両親は、ダーバルド帝国に滅ぼされたエルフの王国から、両国の戦争が始まる少し前に移住してきたらしい。小さな商会を営んでいた2人は、ラシアール王国の大きな商会の傘下に入ることで保護を受けつつ、独自のルートや目利きで仕入れた野菜や薬草、薬などを、エズワルド侯爵領の領都ジーンで売っていた。


しかし、3年前に父親が事故で亡くなった。仕入れから帰る途中に馬車が崖下に転落したらしい。そして父親が亡くなったことで、商会の経営も傾いていった。最初は保護を受けていた商会の援助でなんとか耐えていたのだが、そんな最中にランダル公爵の反乱が起こった。王都に本店を置いていた商会は王都を脱出したが、大きな損失を出しており、組織の末端にある小さな商会への援助は打ち切らざるを得なかった。そうして、2ヶ月前にキアラさんの両親が営んでいた商会は潰れてしまった。


実は潰れる間際、キアラさんの両親の商会にはとある貴族から後見人になってもいいとの申出があったらしい。しかしその条件は、キアラさんが奉公人としてその貴族に仕えることだった。キアラさんは前向きだったらしいが、その貴族の評判を調べたキアラさんのお母さんはそれを拒絶した。


その結果、資金が尽きた商会は潰れた。そしてキアラさんのお母さんは、町中で暴漢に襲われ殺されたとのことだった。キアラさんは、その貴族が命じたんだと確信しているらしい。


その貴族は、エズワルド侯爵傘下のバーシャ男爵というらしい。ラシアール王国が滅びカーラルド王国が誕生する中で、貴族の領地や下位貴族の爵位の整理 —今、アーマスさんや部下の人が王都で必死に行っている作業だ— によって、子爵に陞爵する予定らしい。キアラさんがお母さんに聞いた話だと、同じような状況にあった中小の商会に対して後ろ盾となる代わりに、商会長の娘や関係者の娘を奉公人として差し出すように求めているらしい。そして拒んだ商会は、潰されたり関係者に危害が加えられたりすることがあるとのことだった。一方で奉公人に出された後の扱いもひどいものだったとか・・・



そうして家族を失ったキアラさんはどうにかして生きて行くために、冒険者登録を行い、初心者ランクの冒険者として薬草の採集などの依頼を必死に受けていた。キアラさんはエルフにしては珍しく、魔法が使えない。キアラさんの両親も同様に魔法が使えなかった。

・・・ただ、コトハお姉ちゃんほどではないけど他人の魔力を感じることができるようになった僕には、キアラさんの身体にはかなりの魔力が流れているのが感じ取れた。それこそ、フォブスよりは遥かに多い。そこが気になったが、現にキアラさんが魔法を使えないのだから、何か別の要因があるのかもしれない。


キアラさんたちは、エルフという種族のため奴隷狩りなどに狙われることがある。なので、幼少期から剣術を身に付けていた父親や、護衛依頼を受けてくれた冒険者に剣を習っていたとのこと。その剣術を使って、登録審査をクリアした。


冒険者を始めても、初心者ランクの冒険者が薬草採集で得られるお金は多くない。少ない稼ぎで細々と暮らしていたのだが、ここ2、3週間、ジーンの中で尾行されたり、強引に勧誘されたりすることが多くあった。そして10日前に、帰り道を襲われ拉致されそうになったらしい。幸い、その様子を見かけた冒険者が間に入り守ってくれたそうだが、もうジーンにはいられないと思ったらしい。


そして、冒険者としての仕事は豊富で、ジーンからも比較的離れているバイズ公爵領のガッドへ拠点を移すことにしたらしい。その道中に今回の騒動に巻き込まれたことになる。



キアラさんの話の内容はかなり盛りだくさんで、質問したいこともいくつかあったが、先に馬車を停めていた場所へ到着した。


馬車の近くには、見覚えのある騎士団の鎧を身に付けた騎士が、馬車から捕らえた盗賊を降ろし、縄を解いて新たに手枷をはめている。その近くには、フォブスとオランドさんがいた。


「フォブス! オランドさん!」


僕がそう声を上げると、面識のある騎士たちもこちらを振り向いた。

まずフォブスが、


「カイト! 無事だよな! 怪我とかしてないよな!」


と、少々興奮しながら僕の身体を見回してきた。

いつもは堂々としていて頼りがいがある感じなのに比べて、今の様子は申し訳ないが少し面白かった。


僕が笑いをこらえられないでいると、


「笑うなよ!」


と少し顔を赤らめながら文句を言ってくる。僕はそのやりとりが嬉しくて、


「いや、思ったよりも心配してるからさ・・・」

「そりゃ心配するだろ」


そう言いながらぶつぶつと文句を言い続けるフォブスを無視して、今度は横にいたオランドさんが、


「カイト。その様子だとアジトの制圧はうまくいったみたいだな。後ろにいるのが捕らわれていた人たちか?」

「はい。ご家族が4人と、キアラさんです。それから襲われた馬車の護衛をしていた冒険者のドレッドさん、キセルさん、バードさんです」


今になって、キアラさん以外の名前を聞いていなかったことを思い出したが、まあ今更だ。『人間』の家族4人は騎士に案内され、盗賊を乗せている騎士団の馬車とは別の馬車へと乗り込んだ。

冒険者の3人も、話を聞かれるようで馬車へ案内されていった。


キアラさんも促されたが、僕の側から離れそうになかったので、オランドさんが諦めた。

フォブスやオランドさんがニヤニヤしているけど、そういうことではないと文句を言っておきたい気持ちだった。



それはさておき、オランドさんが、


「すまんがカイト。盗賊のアジトの場所まで案内を頼めるか。ソメイン殿とも今後の対応を話す必要がある」

「分かりました。・・・・・・えっと、フォブスも行くの?」

「当然だろ!」


フォブスの方を向いて聞いてみたが、やはりそうだった。オランドさんは嫌そうだが、止めるのは諦めている様子だ。

ここに来ている騎士団の数はかなり多い。その3分の1が既に捕らえている盗賊の見張りと捕らわれていた人たちの護衛で残る。


僕とフェイ、フォブスにオランドさんの率いる騎士団で盗賊のアジトへ向かう。

キアラさんには残ることを再度提案したのだが、頑なに側を離れないと言い続けるので、一緒に行くことになった。



 ♢ ♢ ♢



盗賊のアジトへ戻ると、ソメインさんやカルロスさんたちが氷漬けにした盗賊の死体を馬車へ積み込んでいる最中だった。横では、盗賊のアジトに保管されていた金品類を運んでいる。


「ソメイン殿。此度は討伐を依頼していた盗賊の情報が誤っていたようで、誠に申し訳ない。にも関わらず、盗賊のアジトまで対処していただいたこと、感謝申し上げる」

「オランド殿。盗賊の情報に関しては、盗賊側がカモフラージュしていたようですし、騎士団が情報を見誤っても仕方がないと思いますよ。アジトに関しても、騎士団と相談するなどして、時間を空けるべきではないと考え独断で行ったことです。できれば、遡って盗賊のアジトの討伐も依頼が出されていたことにしていただきたいですがね」

「被害に遭った商人を護衛していた冒険者から提供された情報を参考に調査を行ったのだが、甘かったようで申し訳ない。盗賊のアジトについては、当然、領主からの依頼という形にさせていただく予定だ。領主であるアーマス様はご不在だが、代理で領主の仕事を行っておられる次期領主のラムス様に確認済みだ。ガッドへ戻り次第、対応させていただこう」


この依頼を受ける時にも感じた騎士団と冒険者ギルドの役割分担の交渉を目の前で見ることになった。その間も、馬車への積み込みは続いているし、カルロスさんたち冒険者や騎士団の皆さんは、ソメインさんとオランドさんの会話を全く気にしていない。

騎士の1人に聞いてみたが、今回のような場合の処理はほとんど固まっていて、お互いの面子や外聞のために、一応“意見交換”をしているらしい。


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