幕間⑦:エルフの女性

〜カイト視点〜


ソメインさんと捕えられていた冒険者のリーダーだったドレッドさんの話がひと段落したところで、撤収を開始することになった。


通常は盗賊の溜め込んでいた金品を回収し、盗賊の遺体はその場で焼くか埋めていく。盗賊の大半が、冒険者崩れや村や町で落ちぶれたものなので、わざわざ身元を特定する必要も無い。

盗賊の溜め込んでいた金品の扱いは、依頼を出したのが、領主・商人ギルド・冒険者ギルド・その他の個人によって違いはあるが、持ち帰るのが基本だ。冒険者に分配されるものもあるからだ。


しかし今回、ソメインさんの出した指示は違った。


「カルロス。盗賊の遺体も10体ほど回収します。洞窟の奥側に陣取っていた者の中で損傷が少ないのを選んでください」

「え? ・・・・・・確認だが、盗賊の遺体を持ち帰るのか?」

「はい。調べなければならないことがありますので、急ぎギルドへ持ち帰って腐る前に似顔絵を作らせます。私の魔法で氷漬けにしますので、運搬をお願いします。見たところ溜め込んである金品類はそこまで多く無いですし、運搬まで含めて依頼料をお支払いします」

「・・・いや、そこを、疑ってるわけでは無いんだが。まあ、分かった。連中に指示してくる」



そう言うとカルロスさんは、金品類を纏めている冒険者のところへ戻り、遺体を搬出する準備を始めた。僕も氷漬けにするのはできるので、手伝おうと思ったがソメインさんに止められた。


「あの程度なら私1人で十分ですよ。それよりカイト様はこれ以上、ご自身のお力を明かさない方が良いと思います。ドレッドと一緒に、捕虜だった人たちを馬車のところまで案内してください」

「・・・分かりました」


そう言われると、何も反論できなかった。確かにさっきから、一緒に突入した冒険者の何人かに見られている。仕方がなかったとはいえ、これ以上目立つのは良くないかもしれない。それに、捕虜だった人たちを早くここから避難させてあげるのも大切だ。



気持ちを切り替えて、


「それでは、馬車のところまで案内します。皆さん歩けますか?」


と声をかけた。幸い全員が自分の足で歩けるとのことだったので、盗賊の遺体が集められている場所を避けて入口を目指した。横にはフェイがいる。


そんなフェイがふと、


「カイト様。フォブス様と、公爵領の騎士団と思われる一団が接近しています。ちょうど、馬車を停めている付近で合流するかと」

「フォブスが? よかった。それじゃあ、行きましょう!」



そう言って8人を案内する。僕やフェイ、ドレッドさんたち3人は盗賊の残党に警戒している。移動馬車のお客さんだったという4人家族は見るからに安堵の表情をしており、あのエルフの女性は、やはり僕を見ている。


・・・気になる。気になるけど、どうしたものか。


悩んでいても解決しないし、馬車のところへは少し距離がある。なので、思い切って聞いてみることにした。


「あの。僕の顔に何かついていますか?」

「へっ!?」


僕がそう問いかけると、エルフの女性は素っ頓狂な声をあげたかと思うと、顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまった。

・・・・・・え? もしかして気づいていないと思ってたの?


「あ、いや、ごめんなさい。さっきからずっと見てるので、何か気になることがあるのかと思って・・・」


多分僕は悪くないんだけど、そこまで極端な反応をされると、こっちが悪いような気がしてしまう。



エルフの女性は、しばらくあたふたしながら何回も「あー」とか「うー」とか言っていた。

それから少し落ち着いて、


「も、申し訳ありません。そ、その助けていただいて、安心できる雰囲気を感じたので、つい目で追ってしまいまして・・・・・・・・・」


と消えそうな声で呟いた。

・・・にしても安心できる雰囲気ってなに? 周りは家族連れを除いて大人ばかりだったから、年齢が近そうな僕に安心したの?

というか、この人の年っていくつなんだろう・・・。話をするためには確認したいけど、女性に年齢聞くのはダメってコトハお姉ちゃんも言ってたし・・・・・・



少し考えてから、


「その、安心できたのならよかったです。僕の名前はカイトといいます。お名前を伺ってもいいですか?」


と、できるだけ丁寧に聞いてみた。どうせ僕の身分は伝えてないし、初対面なんだし問題ない。横でフェイが若干不服そうな表情をしているが、スルーした。



「わ、私は、キアラ・シャトレーゼと申します」


ん? まさか名字まであるとは。いや、この国に住んでいるエルフは、多くがダーバルド帝国によってエルフの王国が滅ぼされた前後に逃げてきた人や、その子どもだ。エルフの王国では、身分に関係なく名字 —主に住んでいた集落などの名前からとったものを対外的に名乗っていたそうで、同じ名字を名乗る人は多い— を名乗ることが多いと習った。


「えっと、キアラ・シャトレーゼさん」

「き、キアラで。キアラでお願いします!」


キアラ・シャトレーゼさん、改めキアラさんは今日一番大きな声で訴えてきた。別に拒む理由もないので言われたとおりにする。


「えっと、そしたらキアラさん。僕のこともカイトでいいです」

「カイト様・・・」

「別に『様』は・・・」

「いえ。命の恩人のカイト様を呼び捨てにはできません!」

「そ、そうですか・・・。まあ、いいですけど」


再びキアラさんの強い意志を感じた。

キアラさんは、洞窟で最初に見たときの怯えていたのかオドオドした感じから、少しずつ元気な声になっていた。



お互いの呼び方が決まったことで、キアラさんの話を聞いてみた。

一緒に捕まっていた『人間』の4人家族は、エズワルド侯爵領の領都から父親の兄が暮らしているガッドへ移住するために移動馬車に乗って今回の騒動に巻き込まれたらしい。

ドレッドさんたち冒険者3人は護衛だ。


となると、キアラさんが馬車に乗っていた理由が分からなかった。もちろん、いろんな事情で別の土地を目指すことはあるので、聞くつもりは無かったのだが、キアラさんから話し始めた。


「その、私は、ジーンから逃げてきたんです」


ジーンとは、エズワルド侯爵領の領都の名前だ。

にしても、逃げてきた?


「えっと、話しづらいことだったら無理に話さなくてもいいですよ?」

「いえ。その、誰かに話したいとずっと思っていて。でも、信頼できる人が周りにはいなくて・・・。私の種族のせいなのか、私を拉致しようとする人に何度も襲われて・・・・・・」


そこまで聞いて、僕は「しまった!」と思った。今のキアラさんの発言は聞き方によっては、移動馬車が襲われたのが彼女のせいだと捉えられてしまう。


そう思い、後ろを歩いていた4人家族や冒険者たちを見たが、こっちを気にしていないどころか、声が聞こえない。

不思議に思っていると、


「大切なお話をなさろうとしておられましたので、『風魔法』にて声が外部に漏れないようにしております。外部からの声も聞こえませんが、私には聞こえていますので、向こうから問いかけがあった場合には、私が返答するか合図を出す予定でした」


とフェイが教えてくれた。

とっさに、そんな魔法を使うあたり、さすがフェイだと思ったし自分の迂闊さに悲しくなった。



 ♢ ♢ ♢


〜ハベス・モナック視点〜


「ハベス様。あの盗賊を利用するのはもう無理そうですね」

「そうみたいだな。ちっ、せっかく変態貴族が探しているっていうエルフが馬車に乗ってきたから、捕らえて高値で売ってやろうと思ったのにな」

「今なら近くにいるのは、冒険者数名ですし襲わせますか?」

「いや、やめておけ。あの冒険者たちは大したことないが、先頭でエルフの横を歩いているガキと、そのお付きらしいメイドは強いぞ。腕利きとはいえ、奴隷狩りの戦闘員でも負けるかもしれん」

「ですが、戦闘員の1人や2人失っても、あのエルフを売って得られる利益に比べたら、大したことはないのでは?」

「馬鹿もん! 俺たちや奴隷狩りの存在が知られるだけでなく、奴隷狩りの死体が出たり捕まったりすれば、国レベルで警戒が高まって仕事がやりにくくなる。ただでさえ、ジャームル王国では仕事が難しくなってるんだ。これ以上、狩り場を減らすリスクはとれない」

「す、すいません。じゃあ、諦めるんですか?」

「いや。あのエルフを逃すのは惜しい。おそらくガッドへ向かうのだろうし、じっくり計画を立てるぞ」

「はい!」


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