第109話:伝説の光景
〜バイズ辺境伯視点〜
ランダル公爵が謀反を起こし、我が領が魔獣の大襲撃を受け始めてから一月ほどが経過した。
クライスの大森林から出てくる魔獣・魔物を迎撃すべく派遣している騎士団の第2部隊から第4部隊までが陣取るのは、領都から行軍速度で1日弱、早馬であれば1時間ほどで到達できる場所である。
そのため日に3回ほど、伝令が送られてくる。
その内容は日に日に過酷さを増していく。
一度、陣地を訪れたが、あの時とは比べものにならない状況であった。
戦死者、負傷者が多数出ており、騎士たちは満身創痍。武具もボロボロで物資も底を突きつつあった。
コトハ殿の執事、レーベル殿が言うには、魔道具の効果が切れるまであと数日とのことであったが、魔獣共に陣地を突破され、領都を攻められるのも時間の問題であると思われた。
できることなら援軍を派遣したいが、そうもいかない。
クライスの大森林から出てくる魔獣・魔物の警戒は、騎士団に任せ、それ以外の場所の魔獣対策には強制依頼の形で、冒険者を投入した。
領都を拠点に活動する冒険者は、比較的強者が多く、魔獣狩りを生業にしている者がほとんどだ。クライスの大森林の魔獣を相手しろというのは厳しいだろうが、領都周辺の魔獣共であれば問題なかろう。
報酬を多くし、物資の無料での供給や武具の手入れにかかる費用を代替することで、多くの冒険者がこの地に止まり、依頼を受けてくれたのは助かった。
強制依頼とはいえ、領都を脱出することは容易であるし、彼らはこの地で活動しているからこそ、魔獣・魔物への危機感が高いのだ。今回の依頼が、死を意味すると判断し、逃げる者がある程度いると思えたのだがな・・・
あの、ギルマスが脅したのかもな。
そう考えると、コトハ殿一行の助力は、救い以外の何ものでもなかったわけだな。
届けられる報告を聞いていても、精鋭である騎士団であっても、容易に壊滅しそうな襲撃が日々起こっていた。
犠牲がこの数で済んでいるのは、間違いなく彼女たちのおかげである。
国にとっては最低の失策であり、此度の混乱の原因の1つでもある、先の遠征の際に、彼女たちと知己を得ることができたのは、代え難い幸運であった。
コトハ殿たちや騎士団の奮闘で、領都の守りはなんとかなっている。
この間に、カーラ侯爵と連絡を取り、ランダル公爵を討つ算段を付けたいのだがな。
そう考え、数多届けられる報告に目を通していると、ボードが部屋に入ってきた。
「アーマス様、ご報告がございます」
「なんだ?」
「はい。カーラ侯爵より使者が参りました。身元確認は済んでおり、カーラ侯爵から書状と、どうしても直接伝える必要のある言付けがあるとのことでございます」
「・・・そうか。通せ」
「承知致しました」
少しして、冒険者風の男が部屋に入ってきた。
「お主が、カーラ侯爵からの使者か?」
「はっ! カーラ侯爵領騎士団所属のチェドと申します」
冒険者の格好をしているのは、道中で目立つのを避けるためか。
ギルドに守られ、都市間・国家間の移動が基本的に自由な冒険者は、謀反以降、安全な場所を求めて、あるいは戦いを求めて、都市間を移動している者が多いと聞く。それに紛れたのであろう。
この男は、カーラ侯爵の護衛として側にいるのを見たことがあるし、本物と捉えて問題なかろう。
「うむ。聞こう」
「はっ! カーラ侯爵領及びその周辺の諸領の状況、調べた限りでの王都やランダル公爵の情報は、持参致しました書面の通りにございます」
「うむ。して、書面でなく、直接伝えたいこととは?」
「はっ! 2点ございます。1点目は王族の皆様について。国王陛下を含め、王位継承権のある全ての王族の皆様が、ランダル公爵によって弑逆されたことを確認致しました」
「なっ!」
なん、だと。
謀反からかなり時間が経つのに、王族の皆様についての情報がまるで上がってこなかった。てっきり、カーラ侯爵が匿っているものだと思っていたが・・・
「それは真なのだな?」
「はい。ランダル公爵が王都を攻めたのに合わせて、近衛の一部が裏切り、残りの近衛と半ば相打ちに。その後王城を攻めたランダル公爵軍の手に掛けられたとのことです。生き延びた近衛が、カーラ侯爵家の三男であるダン様が、その目で見た情報にございます」
「・・・・・・そうか。それで、もう一つの言付けは?」
「はい。今後の方針、具体的にはランダル公爵をどのように討つか、討った後はどのようにするかについて、直接相談したいとのことでございます」
「相分かった。休むがよい」
「はっ! 失礼致します」
そう言って、伝令のチェドは下がった。
・・・・・・どうしたものか。
現在、王位継承権のあった全ての王族が亡くなったとなれば、遠戚であるランダル公爵家にその王位継承権がある。しかし、ランダル公爵が王位を継承するなど、認めることは到底できない。
となると、謀反により王位継承権を引き継いではいないとの理由で、討つしかあるまい。しかし、そうするとその後、王位を誰が継ぐべきかが問題となる。
ランダル公爵やレンロー元侯爵が、王族の他の遠戚家を取り込んだことで、他に王位継承権を引き継ぐ者はいない。
今後のことを考え、頭を抱えていると、次なる伝令が訪れた。
今回は我が領の騎士団からの伝令であった。しかし、特に問題が無ければ、担当の騎士へ情報を報告し、戻る手筈になっているのだが・・・
「緊急につき、直接申し上げます!」
「・・・聞こう」
「はっ! 領都南に展開している騎士団及び協力者コトハ様方が、巨大な魔獣と遭遇致しました」
「巨大な魔獣?」
「はい。コトハ様によると、グレイムラッドバイパーであるとのことです」
「・・・・・・なっ。グレイムラッドバイパーだと? あの伝説に出てくる、ヘビ型魔獣の?」
「はい。自分も遠目にその姿を確認致しましたが、領都の防壁を軽々乗り越えられそうな巨体をしておりました」
伝令の話を聞くにつれて、絶望が押し寄せてきた。
コトハ殿の言葉を信じるのなら、いや信じないという選択肢は無いな。騎士団は邪魔にしかならぬ存在。コトハ殿たち3名とその従魔たちで、立ち向かう計画だそうだが、勝てるかは分からないか・・・・・・
「ボードよ。直ぐに出るぞ、準備しろ。ここはラムスに任せる。コトハ殿が勝てるのか、勝てないとして今後どのように対応するか。少なくとも騎士団の側へ行かねば判断できぬ。領都にたどり着いた時点で、こちらの負けなのだから、ここで座していても意味がない」
「・・・・・・承知致しました」
ボードに指示を出し、数名の騎士を伴って、第3部隊のレーノの元を目指す。
途中ですれ違った、第2部隊、第4部隊は、領都を囲むように展開させた。
最悪の場合、領都から離れた方向へおびき寄せるしかない。
かなりの強行軍で第3部隊の元へとたどり着いた。
私が来たことに、騎士が驚いているが、急いでレーノの元へと向かう。
「アーマス様!? 何故ここに!?」
「あんな報告を聞けば、ここに来て確認するほかあるまいて。にしても、あれがそうか・・・・・・」
気が遠くなるような黒い巨体。確かにあれが領都へ攻めてくれば、為す術無く領都は食われるだろう。
あんなものを、王族の先祖は倒したのか? 不敬だが信じられんな・・・
いや、信じられんのは、目の前の光景か。
カイト殿とポーラ殿は下がっておるが、コトハ殿が1人でグレイムラッドバイパーとやり合っている。
というか、コトハ殿の背中にあるのは翼か? それに尻尾も。しかも、全身がキラキラと輝いている。どうやら全身が鱗で覆われているようだ。
どういうことだ? コトハ殿は『魔族』であると言っていたが、あんな魔族がいたのか?
人型をしているが、ドラゴンのような特徴がある。
目の前の光景こそ、伝説にあるグレイムラッドバイパーとドラゴンの戦い、そのものである様な気がした。
驚き、言葉を失っていると、今度はカイト殿とポーラ殿の身体が輝きだした。
そして、それから目の前で起こったのは、更に信じられないことであった。
ポーラ殿が、グレイムラッドバイパーの身体を貫き押さえつけるほどの強力な魔法を使い、カイト殿が素手でグレイムラッドバイパーを殴り飛ばし、最後にコトハ殿がグレイムラッドバイパーの首をはねた。
騎士団、そして領都、ひいてはラシアール王国壊滅の危機に直面していたはずであったのに、瞬く間に、その危機が消滅したのだった。
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