第92話:襲撃
バイズ辺境伯の屋敷を襲撃した犯人は未だに捕まっておらず、手掛かりもないらしい。
殺された衛兵は、首や腹部などを刺されており、凶器は推定されるが、剣やナイフを用いた程度のことしか分からない。
細かい刃の長さや形状などを調べることのできる司法解剖など、できるはずもない。
襲撃の目的としては、バイズ辺境伯も言うように、最近騎士団の装備品が更新されたこと、殺された衛兵の遺体が武具を製作していた工房の近くにあったこと、工房や武器庫に侵入した形跡があったことから、私の提供した素材やそれを使った武具の調査が目的であったと思われた。
「・・・・・・それで、どうする? 今日も毛皮とか牙とか持ってきたけど、いる? それとも危険だからやめとく?」
「・・・・・・一応聞くが、我々が買わぬ場合はどうするのだ?」
「え? 燃やすけど?」
「・・・・・・元々は使わぬまま倉庫を圧迫している、というのが売りに出した理由であったな・・・・。そんな勿体ないことはやめてくれ。是非、買い取らせてもらいたい」
「・・・いいけど、大丈夫なの?」
「ああ。曲者を恐れて、自軍の装備の質の向上を躊躇うなど、本末転倒であるからな。警備体制も管理体制も強化した上で、できるだけ早く、装備を行き渡らせることができるようにする」
「・・・そっか。なら次来るときは、多めに持ってくるね」
「ああ。感謝する」
フォレストタイガーの毛皮を用いた防具は、それまでの防具よりも耐久性に優れていることに加えて、かなり軽いらしい。
爪や牙は、細かく砕いて金属に混ぜ、剣や槍の先端である“穂”に使うらしい。
鉄や鋼のみから作られるよりも、耐久性に優れ、切れ味も良いらしい。
他にもファングラヴィットの毛皮は、鎧などで完全武装しないときに、服や服の下に着る安全装備としてかなり需要があるらしい。
スーツの下に、防弾・防刃チョッキを着る感じかな。
鋼製のナイフであれば、はじくことができるらしく、貴族やその護衛として付き従う者たちにとっては、非常に有用な代物らしい。
♢ ♢ ♢
バイズ辺境伯の屋敷を後にして、トレイロ商会で、いつものように野菜や薬草、調味料なんかを買い込んだ。
トレイロに挨拶しようと思ったが、遠くへ出かけているらしい。
なんでも、物資を大量に買い込んでいる領主がいるそうで、その対応に追われているらしい。
一泊して、領都を後にする。
領都を出て、森の入り口へたどり着き、拠点を目指す。
何回か魔獣に遭遇したが、マーラたちが喜々として突撃していき、消し飛ばしていた。
ただ、マーラやスティアの攻撃は危険すぎる。
魔獣に向かって全速力で突進し、魔獣を吹き飛ばした後、後ろに生えている木なども多く薙ぎ倒してしまう。
一連の攻撃が終わると、走った後には何も残らない。
突進する線上に、別の魔獣や人間がいたら、悲しい結末を迎えることになりそうだった。
特に問題なく拠点へたどり着いた。
マーラたちの移動速度も速くなったように思われる。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、コトハ様」
レーベルが出迎えてくれた。
カイトとポーラは裏でゴーレム相手に訓練中らしい。
レーベルにバイズ辺境伯の屋敷での出来事を共有しておく。
「貴族は、他の貴族の情報を盗み、自己の有利に利用することを常と致しますので、驚くことではございませんね。ただ、領主の屋敷に殺しを伴って侵入するという決断をするには、少し根拠が弱い気が致しますね・・・」
「・・・・・・そうなんだよね。さすがにクライスの大森林に生息している魔獣の素材を使っていると知られているとは思えないし、なんかなりふり構わない感じなんだよね・・・」
結果としてバイズ辺境伯の騎士団に支給されている武具はかなりの高品質になっているが、見た目にそんなに変化は無い。
辺境伯の屋敷に侵入して、ましてや衛兵を殺してまで、武具の情報を調べようと思うに至った理由がよく分からないのだった・・・
♢ ♢ ♢
その夜、いつも通り眠っていたのだが、「キンッ! キンッ!」という、物音で目が覚めた。
夜間は、警備用ゴーレムに拠点内を巡回させているのだが、こんな音を聞いたことは無い。
私は飛び起きて、音のする方、拠点の北側に向かった。
レーベルも音に気がついていたようで、家の入り口で合流し、音のする方へ向かった。
音の出所へたどり着くと、そこは戦闘の真っ最中だった。
物陰から様子をうかがう。
戦っている一方はうちの警備用ゴーレムだ。
8体が3人の敵に相対している。
おそらく、警備巡回中の2組10体が戦闘に参加したのであろう。
そして2体のゴーレムが倒されたようだ。
首や脚などが切り落とされているゴーレムが1体、頭部を粉砕されているゴーレムが1体見えた。
そしてゴーレムが戦っているのは、3人の侵入者。
鼻より下を布で覆い、服装も動きやすそうでかつ目立ちにくそうな、ズボンとポンチョ風の格好であった。
それぞれ抜剣しており、ゴーレムに向き合っている。
ゴーレムが報告に来なかったことから、接敵後直ちに戦闘へ移行したのであろう。
「・・・・・・侵入者なんて初めてね」
「はい。コトハ様の拠点へ侵入するなど万死に値します。警備用ゴーレムたちで動きを牽制し、膠着状態に持ち込んでいるようですね。ご命令とあらば直ちに始末致しますが、いかがなさいますか?」
これまで拠点を襲うのは魔獣だけであったし、私たちも魔獣の襲撃のみを警戒していた。
この間の遠征から分かるように、国境の近いラシアール王国の兵士であっても、自力でここへたどり着くことは困難と思われたし、攻める理由も思いつかなかった。
「・・・・制圧するのは当然だけど、何者かは知りたいよね」
「はい。昨日のコトハ様のお話より、バイズ辺境伯の屋敷を襲った者と関係があるような気が致しますが・・・・・・」
確かにそうだ。
バイズ辺境伯の屋敷を襲った目的が、私の持ち込んだ魔獣の素材に関する調査であったならば、その出所たる私を調査しても不思議はなかった。
・・・・・・迂闊だったな。
「派手な軍馬で定期的に辺境伯領の屋敷を訪れている」なんて、調べてくださいって言っているようなものである。
どうやら後を付けられたようだ・・・
「・・・・・・けどあいつら、どうやってここまで来たんだろう。場所は尾行されてバレたとしても、魔獣に襲われずに済んだのかな・・・」
「以前敵が所持していた魔道具は、欠陥品でしたが、それを改良した可能性がございますね」
敵についての考察も反省も後回しにして、対処を考えなければ。
今、私たちは物陰に隠れて、ゴーレムと侵入者の戦闘を見学している。
3人の侵入者を8体の警備用ゴーレムが囲み、互いに軽く攻撃をしあっている状態だ。
どちらも決め手を欠いているようであった。
3人が侵入者であり、少なくともうちのゴーレムを攻撃し、2体のゴーレムを倒したことは間違いないであろう。
であれば、こちらが反撃する理由は十分だ。
「とりあえず、1回、倒そっか」
「承知致しました。殺さずに拘束なさいますか?」
「そうだねー・・・。最低でも1人は拘束を。残りは拘束できたら拘束で、無理そうなら殺しても大丈夫。1人はゴーレムに任せて、私たちで1人ずつ対処しよっか」
「御意」
対処を確認し、レーベルに指示を出してから、侵入者の元へと向かった。
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