閑話:王国の野望1
ラシアール王国の大会議室で行われている会議は、大紛糾していた。
「クライスの大森林に進軍するなど自殺行為もいいところ! 軍を壊滅させるおつもりか!?」
軍閥貴族の1人が、そう叫ぶ。
「これは、国王陛下の決定である! であれば、我らに否やはない!」
国王に近い貴族の1人が、そう叫ぶ!
事の発端は、2週間前に遡る・・・
♢ ♢ ♢
その日、ラシアール王国の軍務を司る、軍務卿ラッドヴィン侯爵と、財務を司る財務卿カーラ侯爵が、国王から重大な話があると言われ、呼び出された。
2人が国王の執務室に入ると、国王陛下と宰相であるランダル公爵の2人が思い詰めたような顔をして、話し込んでいた。
「・・・よく来たな、ラッドヴィン侯爵、カーラ侯爵」
「はっ! 本日はどのようなご用件でございましょうか?」
私、軍務卿ランダルが、そう国王陛下へうかがうと、
「・・・・・・・・・うむ。財務卿よ、最近の我が国の塩の売れ行きはどうだ?」
「はっ! それが、やはりジャームル王国産の塩が、ダーバルド帝国や、西側の諸国に流通し始めている影響で、輸出量が以前の半分以下に落ち込んでおります・・・」
そう、財務卿のカーラ侯爵が申し訳なさげに答える。
今日の話題は、塩? ならばなぜ私も呼ばれたのだ?
国王陛下は、財務卿の答えは分かっていたのか、驚くこともなく、
「・・・で、あるか。・・・・・・・・・・・・ジャームル産の塩は、我が国の塩よりも質はいいのか?」
そう、憎々しげに聞いた。
「いえ、製法は概ね同じようで、品質に差はございません。輸出競争で遅れをとっているのは・・・・・・・・・」
「距離、ですね?」
財務卿の言葉を、宰相であるランダル公爵が引き取った。
「その通りでございます。西側の諸国はもちろん、ダーバルド帝国に輸出するにしても、どのみちジャームル王国内を通るしかなく、その分費用がかさみます。買い手としては、であるならばと、安いジャームル王国産を購入するようになっておりまして・・・」
これまで、独自の製法で海水から塩を作り出し、西側の諸国を中心に輸出し、莫大な富を築いてきたラシアール王国であったが、数年前に、お隣のジャームル王国が塩の独自生産に成功し、風向きが変わった。
ラシアール王国は、北と東を海に面し、南側にはかの有名なクライスの大森林が広がっている。そのため、塩の輸出ルートは、ラシアール王国の西側に位置するジャームル王国を通って、大陸西部を目指したり、大陸の中部を目指したりするものであった。
そう、塩の輸出において、ジャームル王国を通ることは必須だったのだ。
そしてその、ジャームル王国が、塩の生産に成功してしまった。
輸出のため、ジャームル王国を通るのには当然、対価が必要だ。
これまでは通行の対価として、ジャームル王国に売る塩は安くしていたのだが、今や、安くしても売れない。・・・当然だ、自国で生産可能なのだから。
その結果、ダーバルド帝国や西側の諸国に輸出する塩の価格を上げざるを得ず、ジャームル王国産の塩には到底太刀打ちできなくなっていた。
今や、ラシアール王国産の海水から作られた塩を、新たに輸入する国はない。
既に結ばれていた契約の期限が切れたら、そこまでであろう。
塩は、生きていくためには必要不可欠で、自国で生産できない国は、輸入に頼るほかなく、ラシアール王国の国際社会での地位を基礎づけていた。
それが、変わったのだ。
「ジャームル王国産の塩と差別化を図ろうと思えば、木の実、特に『セルの実』から作ることのできる塩があったと思うが、あれの大量生産は難しいのであろう?」
「はい。木の実から作ることのできる塩は、とても輸出できる量はありませんので」
「そうよな・・・・・・」
国王陛下の仰っている木の実から作ることのできる塩は、高級な塩のことだ。
ラシアール王国でも、木の実から塩を作り出すことはやっているが、如何せん採れる木の実の量に限りがある。
それに、『セルの実』なんて高級な木の実は、数年に一度、『セル』が発見されたときに、国内の貴族がこぞって買付けに動き、すぐに売り切れてしまう。
発見された『セル』は、国王陛下の名の下に厳重な管理が行われるが、次に木の実を付けるまでに数年はかかる。それに、木の実の中にある種を植えても全く成長しないのだ。
そのため、とても輸出できるものではない。
「要するに、我が国を支えてきた基幹産業であった、塩の生産・輸出は、衰退していくのみですか・・・・・・」
「・・・誠に遺憾ながら、その通りかと。我が国が、塩を輸入する必要がないことは変わりませんが、輸出の方は・・・」
そう、これが今、ラシアール王国の置かれている、最大の問題であった。
他の産業では、農業や漁業を行っているが、それは基本的に国内で消費するため。
それも十分ではなく、輸入している分も多いため、このままでは国が飢える一方であるのだ。
・・・・・・しかし、改めて、私はなぜ呼ばれたのだ?
「・・・あの、陛下。私が呼ばれましたのは、どのようなご用件で・・・」
「うむ。今の財務卿と宰相の話は当然理解しておろう?」
「無論でございます。深刻な問題であることは理解しておりますが、それと、軍務卿である私とは・・・」
「そこでの、軍務卿。新たな塩の輸出ルートを開拓できないものかと思っての」
「新たなルート、でございますか? ジャームル王国を通るルート以外となると・・・、え!?」
思わず、陛下に向かって、素で返してしまった。
陛下はそこまで、礼儀などに細かいお方ではないが、これは失態だ。
「し、失礼致しました、陛下。新たなルートと仰いますと、まさかクライスの大森林を通るルートでございますか?」
「うむ。クライスの大森林を通れば、ダーバルド帝国まで直接塩を輸出できる。それに、南にあるディルディリス王国との貿易も可能となろう」
「お、お言葉ですが、陛下。クライスの大森林に貿易ルートを作るなど、現実的では・・・」
陛下の仰っている意味をなんとか理解しながら、どうにか説明しなくては、と思っていると誰かが、執務室に入ってきた。
「そこで、私の出番なのです!」
ここは、国王陛下の執務室だ。ノックもせず、陛下の許可も得ずに入ることのできる人間、今この城にそんな人間は、1人しかいない。
「・・・ロップス王子殿下」
ラシアール王国第二王子、ロップス・マク・ラシアール。
この国の王位継承権第2位の御方。
ただ、ラシアール王国では、これまで当時の国王が次代の国王に、継承順位の低い者を指名してきた歴史が何度もあり、国王が次期国王を、継承順位に関わらずに指名することは珍しいことではない。
もっとも、今代から次代へに関しては、まず間違いなく継承順位通りに、第一王子のメイス殿下が王位を継がれると、ほとんどの者が確信している。
というのも、ロップス殿下の発言や振る舞いは、とても王の器であるとはいえず、「希代のバカ王子」と揶揄される程だ。
そのため、第二王子を次期国王にと押しているのは、彼に自分の娘を嫁がせているレンロー侯爵の派閥だけだった。
なるほど、ロップス殿下が、国王陛下を唆したのか・・・・・・
国王陛下は本来、思慮深く賢いお方なのに、ロップス殿下のことになると、途端にそれがなりを潜めてしまう。
ロップス殿下を溺愛しておられ、その振る舞いを注意するどころか、言いなりになってしまうのだ。
いずれにせよ、ロップス殿下が何を吹き込んだのか。いや結局は、レンロー侯爵が何を吹き込んだのか、だな。
言ってしまえばロップス殿下は、レンロー侯爵の意のままなわけであるし。
それを早急に確認し、国王陛下へ正しく説明をせねば。
・・・・・・さもなくば、国が滅びる。
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