閑話:王国の野望2
執務室に入ってきたロップス殿下に対して、国王陛下が、
「ロップスよ。軍務卿と財務卿の2人に、昨日のそなたの提案を説明してくれぬか」
「もちろんですよ、父上」
そう言うとロップス殿下は、後ろに控えていた従者から何か丸い物を受け取って、私たちの前に出した。
「軍務卿、財務卿。これがあれば、クライスの大森林でも問題なく行軍できるぞ」
「・・・・・・えっと、ロップス殿下。これは一体・・・?」
「これはな、レンロー侯爵の領地にある研究所で開発された、魔除けの魔道具だ。これがあれば、周辺の魔獣や魔物は逃げ出していくのだ。これを使えば、クライスの大森林に入って、森を切り開き、道を作ることなど簡単であろう」
なるほど。魔除けの魔道具か。
確かに、殿下の仰っていることが真なら、クライスの大森林でも活動できる可能性はある。しかし・・・・・・
「殿下。その魔道具は、本当にクライスの大森林に生息する魔獣や魔物にも効果があるのでしょうか? その、実験したりは・・・」
「そこまでは知らん。だが、レンロー侯爵の領地では実験をしておると聞いているぞ。魔獣や魔物に対する実験など、どこでやろうと一緒であろう。この魔道具は、レンロー侯爵の領地や、周りの貴族の領地で大量に生産しておる。それらを用いて、クライスの大森林を開拓するのだ!」
・・・・・・・・・どうしたものか。現状、ロップス殿下の主張が完全に誤っていると、否定することができない。
クライスの大森林の魔獣どもに、その魔道具が効果を発揮する可能性も否定はできないからだ。
しかし、軍務卿として、国を守る責を負い、兵士の命を預かる身としては、そのような不確実な道具に頼っての軍事行動など、言語道断なのだが・・・・・・
「それでの、軍務卿よ。クライスの大森林を開拓するなどという、国の一大事業を行うには、王族が先頭に立つ必要があると考えておる。ゆえに、ロップスをその責任者とすることとしたのだ。そして、そなたには副官として、ロップスを支えてもらいたい」
「・・・・・・・・・・・・し、承知致しました」
今のは頼みではなく、国王陛下による命令、王命だ。
なんとかお諫めできないかと思っていたが、すでに結論は出ていたようだ。
今日呼ばれたのは、これを命じるためであったのか・・・
翌日、軍務卿の執務室にて、2人は悲壮感を漂わせながら、相談していた。
「・・・国王陛下をなんとか翻意させることはできぬものか。百歩譲って、輸出するためにファングラビットを狩猟してこいとの命であれば、多少、といっても数十人から数百人は死ぬであろうが、狩ることも可能であろう。しかし、あの森を開拓せよとは・・・。戦用語ではなく、文字通りの意味で全滅するぞ? それに下手をすれば、森の魔獣が国に流れてくるやもしれん・・・」
「ロップス殿下の仰っていた、魔道具とやらは?」
「クライスの大森林に住む魔獣どもに果たして効果があるのか・・・・・・。そんな不安な道具に頼っての行軍など自殺行為なのだがな」
「・・・・・・ですか。財政的に考えても、一大遠征を仕掛けて、失敗すれば、それこそ国が終わります。最近は、塩の輸出減に加えて、納めるべき税を誤魔化す貴族も増えていますし、使途不明金も何かと生じておりまして・・・・・・」
「あー。マーシャグ子爵が居ればな、と思ってしまうな・・・。もっとも助けられなかった我らに非があるのだがな」
「・・・はい。そう言えば、マーシャグ子爵の残された2人の子が送られていた村は、そのクライスの大森林から迷い出てきたファングラビットに滅ぼされたらしいですよ」
「ああ、そう聞いておる。村送りになった子らを散々虐げ、あげく殺したと聞く。因果応報よな」
結局、解決策などあるはずもなく、失敗した際のリスクを最低限に抑えることに注力するしかないと判断したのだった。
♢ ♢ ♢
こうして、2人に直接命令が下り、その後、王国の主立った貴族に召集がかけられ、クライスの大森林開拓に向けた会議が始まった。
最初に、軍務卿であるラッドヴィン侯爵が、国王からの命令の内容、ロップス王子の提案の内容を説明すると、途端に会議は紛糾した。
まあ、実際、開拓のための進軍の決定は覆らないだろう。
もともとこの提案をしたと思われるレンロー侯爵の派閥は、大賛成の合唱だし、派閥は違えども、クライスの大森林の恐ろしさを正確に理解していない貴族は、クライスの大森林に眠る資源を目当てに、目の色を変えている。
今、反対 —といってもせめて規模を抑えて、被害を最小限にしようと— しているのは、ラッドヴィン侯爵、カーラ侯爵、そしてクライスの大森林の恐ろしさを誰よりも知っている、バイズ辺境伯の3名と、その近い貴族だけであった。
この3名は、王国貴族の中でも有力者達であり、最初はその意見に同意する者も多かったが、レンロー侯爵は、王命と、ロップス殿下が先頭に立つこと、クライスの大森林の資源を手に入れられること、塩の輸出が落ち込みこのままでは国の存続に関わることを声高に主張し、いつしか会議の方向性は決まっていた。
結局、レンロー侯爵直属の領軍3000名を本隊とした、開拓軍5000名の派兵が決定した。
総司令官は、ラシアール王国第二王子ロップス、副司令官に軍務卿ラッドヴィン侯爵が就任した。
そして先遣隊として、バイズ辺境伯領の領軍500名が、クライスの大森林の手前までの魔獣や魔物の掃討を行い、クライスの大森林直前の場所に、本隊の拠点を設ける手はずとなった。
♢ ♢ ♢
会議の終了後、ラッドヴィン侯爵、カーラ侯爵、バイズ辺境伯の3名が集まり、今後のことについて話し合っていた。
「私は直ちに領都に戻り、先遣隊の編制を行い、出陣します。ですがそれでは兵力が足りないので、領都の冒険者に依頼を出して、いくつかの地点を冒険者に任せたいと思います。ですので、カーラ侯爵、冒険者に支払う報酬の用意をお願いしたいのですが・・・」
「・・・分かりました。集まらなくても困りますし、こうなった以上、多少の出費に文句を言っても仕方がないので、金額はお任せします」
「ありがとうございます」
「・・・して、バイズ辺境伯よ。此度の作戦、成功率はどの程度と考える?」
「・・・・・・・・・・・・よくて、3割。例の魔道具が予定通りの効果を発揮したとして、5000もの大群で森に入れば、効果の漏れも生じる。それに、最近の森は変なのだ」
「変だと?」
「・・・マーシャグ子爵家の残された子らが送られた村が滅んだように、森の魔獣や魔物が森から出てきたとの報告が多いのだ。これまでも出てきたことはあったが、頻度が増しているし、これまでは少ししたら森に戻っていたのが、長く森の外で活動をしておるのだ」
「・・・・・・・・・つくづく、今回は貧乏くじだな。レンロー侯爵が、功績を独り占めしたいが為に、自分のところの軍を中心としてくれたのは、僥倖であったか。私も仕事は基本的には、殿下の側で、助言をすることのみであるしな」
翌日、バイズ辺境伯は領都へ戻った。
その2日後、王都にいる開拓軍をまとめ、ロップス王子と、ラッドヴィン侯爵、レンロー侯爵が出陣し、道中のレンロー侯爵の領地にて、本隊と合流の後、レンロー侯爵領の周辺の貴族の領地で、それぞれ魔除けの魔道具を回収し、バイズ辺境伯領へと向かった。
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