第八話 レイヤ・クロセ
開いた扉の先のいたのは、黒髪で目元が隠れた学生服を着た男、レイヤ・クロセ。
前髪からたまに覗く赤色の瞳はどこかゾッとするほど冷たく、その視線は私の方に向けられていた。
「ここは教員以外立入禁止だ。」
厳しめに言ったグローリスに、クロセは一瞥するだけで私から視線を離そうとはしない。
それが癪に障ったのか、グローリスは舌打ちをすると立ち上がり、クロセの前に立ちはだかった。
「教室に戻れ、レイヤ・クロセ。」
「俺を追い出すなら、教員じゃないソイツも追い出すべきだろ?」
グローリスの言葉に、どこか余裕ぶった物言いをするクロセ。
その声音はルーランと似ていて、でも違うのは、そこに優しさなんてないということ。
さすがに不利だと思ったのかグローリスはまた、舌打ちをするとソファにドカリと座った。
「イーユエ?」
拳を握り、何も言葉を発さない私を心配してか、ルェイリーが声をかけてきたみたいだけど、気が付かず、ただクロセを見つめるばかり。
どうしようもなくモヤモヤが渦巻いているのに、それを吐き出すことができないのは、今朝のルーランがチラつくから。
「アイツが言っていた魔力で分かるって本当だったんだな。」
「……」
「イーユエ・ヴァレンタイン。本名は________。」
ダァアアンッ!!!!
魔力の塊が、レイヤ・クロセに向かって勢いよく飛んでいく。
発生源は言うまでもなく私だ。
だが、クロセは難なく避けて傷一つなく、待合室の壁が吹っ飛んだ。
「オー怖い怖い。」
ワザとおどけて見せるその態度に、もう一発放とうとしたが、それを察知したルェイリーによって止められた。
本名だけは知られてはならない。
知られてしまえば、今のこの生活がなくなるから。
意外と気に入ってるんだ。それなのに、たった一人の、しかも知らない男から壊されるのは我慢ならない。
「何をそんなに怒ってるんだよ。アイツからもらった大切な名前だろ?」
「それでも、知られてはならない事情がある。」
「アイツに言われたか?隠せって。」
「言われたよ。時が来るまで、誰にも言うなって。」
約束を違えるわけにはいかない。
神様との約束を違えるとどうなるのか、分からないわけじゃない。
それ以前に、私の故郷はもうない。
リアトリス皇国は滅んだんだ。
私が、私だけが、リアトリスを名乗るのはできない。
しばらくの間、重たい沈黙が続き、先にその空気を壊したのは他でもない、クロセだった。
「……チッ。面白くねえの。大体、俺にこんなことやらせんなよ。」
「は?」
後ろ頭をガシガシとかき、さっきまでの雰囲気が嘘のように、クロセは大きく息を吐いた。
「悪いな、アイツに頼まれたことだったんだ。なんか、確認のため?らしいけど。」
そう言って不器用に笑うその顔に、どこか見覚えがあったが、どこで見たのかも思い出せず、私は入っていた肩の力を抜いた。
確認のためって…。なんで会った時に言わないかなぁっ‼
しかも人まで使うなんて……。
「次に会った時に思いっきし殴る。」
そう決意をしてソファに寝そべった。
けれど、黙って成り行きを見守っていた二人から説明を求められ、渋々ソファから起き上がり、壊れた壁を元通りにして説明した。
まず、ルーラン・リアトリスが何者であるのかということ。
そして、どうして私がルーランを知っているのか、少し噓を交えながら話し、レイヤ・クロセと私の魔力が似ていることも話した。
それから、レイヤ・クロセがこの世界に送られた理由。
それは本人から話してもらい、私もグローリスもルェイリーも驚き、頭を抱えた。
◇ ◇ ◇ ◇
黒瀬 黎夜(くろせ れいや)は、現代では俳優として活躍していたらしい。
その中で、歌手活動もしていたらしく、いろんなジャンルの歌も聞きまくったという。
今の見た目は普段している格好で、顔が隠れていれば面倒ごとには巻き込まれないと思ってし始めた格好らしく、一旦前髪を上げてもらって見た顔は、整っているだけでは済まされない、それ以上の美男の顔で。
「あ、これ無理だ。」
そう呟くと同時に、私は机に頭をぶつけて気を失った。
いやね、ルェイリーの時とかもそうだけど、私、美男美女に弱いらしいのよ。
すぐに顔は茹蛸になるし、あまりにも近すぎる距離だったらすぐにキャパ超えるし。
え?グローリスの時はそうじゃなかったでしょって?
うん、確かにグローリスの場合はなんて言うか、うーん…好みの問題?
整ってる顔してるけど、なんだろ……うん、多分好みの問題なんだと思う。
それに、ルェイリーの恋人?っぽいし、他人のものに興味を無くすことってない?
え?私だけ?
まあ、自信ある子とかは略奪しようって思うだろうけど、相手を見ない行動は破滅を招くから私は絶対しない。
それに、今まで恋なんてしたことないから、その気持ちもわからない。
現実世界ってなんか萎えない?
ドキドキは欲しいけど、面倒くさいのは嫌だ。
あ、こんなこと思ってるから恋ができないのか。
まあ、それは置いておいて。
気絶から立ち直ると、変わらない天井と、変わらないソファ、それから何故か固い感触がして恐る恐るそちらを向くと_________。
あらぁ、なんて素敵な笑顔をした編入生なんでしょう。
……じゃないんだよ!
何でそこにいるのよ!
驚いて猫みたいに飛びのいてルェイリーの後ろまで行ってしまったじゃないか‼
イケメンドアップダメ絶対!
フー!!!!と威嚇にも似た行動をしていると、近くから控えめな笑い声が聞こえてきてそちらに視線を向けると、ルェイリーが口元に手を当て笑っていた。
「私の時と似たような反応っ…。」
笑いを堪えられていないルェイリーの声は震えている。
だがしかし、その言葉に違和感を持たないわけはなく。
「ルェイリー、もしかしてあの時、起きてた?」
「あら。うふふ。」
笑って誤魔化そうとした所で誤魔化し切れていないし、なんならそれはもう、肯定しているのと同じだ。
私は恥ずかしくなり、ついには呆れかえるグローリスに飛びつき、その胸に顔を埋めた。
その時香った森林のような香りに落ち着きを取り戻し、下からグローリスを見上げる。
「グローリス。」
「先生、な。なんだ?」
「柔軟剤、何使ってる?」
「さぁ?俺のはルェイリーに洗ってもらってるからルェイリーに聞け。」
グローリスの答えにルェイリーを見るとポカーンと口を開けていて、その顔は時間をおいてみるみる赤くなっていった。
あ、やっぱ付き合ってんだ。
いそいそとグローリスの上から降りて、さっきまで寝ていた位置に戻り、真向いから二人を観察する。
初めて会った時から思っていたけど、いつもニコイチだったのは恋人だからだったのか。
あれ?それにしては森林の香りがしたのはグローリスだけだったような?
ルェイリーの香りは、さっぱりしたレモンのような香りだし、別に洗ってるのか、はたまた個人の体臭か。
うーん…と首を傾げ、うんうん悩んでいるとポンポンと肩を叩かれ振り返ると、頬をプスッとさされた。
「うにゅ…」
さした相手は言わずもがな、レイヤ・クロセ。
睨みを利かせても物ともせず、ツンツンと私の頬で遊び始め、やめれと腕を上げてみてもやめてはくれない。
どうして遊ばれているのか分からないが私は今思考を動かすので精一杯なんだ、邪魔をするな。
と思いつつ、目に留まったある書類を拾い上げた。
“魔物の凶暴化に関して”と書かれた書類には、私がたびたびお世話になっているギルドの押印があり、その内容は私が話した内容が記載され、注意喚起を促すものとされていた。
どうしてこんなものがここに……。
そう思いマジマジと見ているとヒョイッと向かいから取られてしまった。
「お前は気にすんな。それより、そろそろ教室に戻れ。午後の授業も始まるしな。」
そう言ったグローリスに私は時計を確認して、これはもういつも通りだと思い、クロセを連れて待合室を出た。
◇ ◇ ◇ ◇
教室に戻っている最中、私はふと、歩みを止めた。
前を歩くクロセの背中をただ見つめて、ポツリと、言葉をこぼした。
「どうして、ルーランの条件を飲んだの。」
ピタリと、クロセも歩みを止めて、こちらを振り返り、コテリと首を傾げた。
「ルーランに殺されて、ルーランが出した条件を、どうして飲んだの。」
同じ質問を繰り返すと、クロセはクスリ…と笑った。
「好きな歌い手に、もう一度会うためだ。」
もう叶ったけどな、と続けたクロセの、前髪からうっすら見える赤い瞳は、まっすぐこちらを見つめてきて、心臓がドクリ…と脈打った。
初めて感じるその鼓動に、胸に手を当てて首を傾げる。
自分の手を見ても何もなく、でも、クロセを見るとまた脈打つ鼓動。
ついにこの体もバグったか…と思ったが、そんなことはないらしく、魔力は正常に巡っており、違和感なんかもない。
じゃあ何で?
分からないこの感覚に戸惑い始めそうになった時、クロセが手を引いて歩き出した。
一歩一歩進んでいくにつれて、さっきの事が嘘のように冷静になれて、いつもの自分に戻っていく気がした。
教室近くまで来ると、クロセは手を離し、我先にと教室の中へと入っていく。
それから少し時間が経ったとき教室の中に入ると、さっきまで騒がしかった教室は静まり、かといってヒソヒソと話す声もなく、いつもと変わらず私は自分の席に座った。
座ったと同時に、「そこれからよろしくな。」と、隣から聞きなれた声が聞こえ、私はマジかよ…と机に突っ伏した。
神様に殺されて異世界転生させられました 蓮華 @yukisakura03
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