第七話 編入生

教室につくと、クラスの中で騒いでいるクラスメイト達。

耳を傾けてみると、勇者が召喚されたという話と、その勇者とやらがこのクラスに入ってくるという噂話で持ちきりだった。

対して興味のない私は自分の席に座り、今朝のルーランのことについて考えていた。


(様子、おかしかったよな…。)


どこか影があるというような、何か思い詰めているような感じであって、それを隠すためにワザと明るく振舞っていたように感じた。

それと、今まで感じなかった、何か黒い魔力。


書籍に記されていたルーランの内容は、彼が魔族だとか、邪神とかなんとか……。

今までやってきたことは他国に対しては極悪非道で、国民に対しては慈悲深かった、とそう記されていた。

その他にもいろいろ書かれていたけれど、どれもが信憑性に欠けるものばかりで到底信じられることではなかった。

それに、著者はウィルビット王国の人間。

敵であるこの国の人々はルェイリーとグローリス以外は信用できない。

ましてや、こんな子どもたちのことなんて信じる気にもなれない。

関わるだけストレスが溜まる。

だから、話しかけられても無難に答えていたけど、それもやめてしまおうか…。


天気の良い青空を机に突っ伏しながら見上げ、小さく息を吐く。

ルーランが好きなのは、こんな空じゃない。

満天の星空、明るい夜。澄んだ空気に、遠くに聞こえる賑わう声を聴くのが、ルーランの好きな世界。


子どもっぽい彼が、彼らしくあれるような世界を、私は望む。

元は違う世界の魂である私がそんなことを思うのは迷惑だろうけれど、どうしても彼を自由にしてあげたい。

何に悩んで、何に苦しんでいるのか。


「教えてほしかったなぁ…。」


そんなに私は頼りなかったのだろうか。

それとも、私のせいで言えなかったのだろうか。

どちらにしろ、私がルーランの枷であるのなら、私はルーランから離れないといけない。


キーンコーンカーンコーン………


チャイムが鳴り、面倒くさくも上体を起こす。

その時丁度グローリスも入ってきてバチリと目が合った。

目が合ったと思ったら何か驚いた顔をされて、その後に眉間に皺を寄せて怖い顔をした。

教室の所々からは「なんか先生、今日怖くね?」「不機嫌だね。」という会話が聞こえてきていたがそんなのお構いなしにグローリスはホームルームを進めていく。

私はというと、教卓から顔をそらし、再び空を見上げた。


それから数分したころ。


「じゃあ、編入生を紹介する。入れ。」


グローリスのその声に、私は何となく出入り口の扉の方に視線を向けた。

ガラガラ……と開いて入ってくる二人の生徒。

一人は恥ずかしそうに、もう一人はどこか面倒くさそうに。

そんな対照的な二人だが、どちらも男で。

ただ、後者の纏う雰囲気がどこか自分と似ていて、それだけに留まらず、図らずもガタン、と席を立ってしまった。



「なんだ?イーユエ。」

「……」

「イーユエ?………イーユエ・ヴァレンタイン!」

「っ…なんでも、ないです。」


グローリスの声が、しばらく耳に入らなかった。

それほど驚いて、何故か教室から出たくなった。

体の震えが止まらない。冷汗が背中を流れる。


(どうして、ルーランの魔力の気配がするの…?)


後者の方を注視し、机の中で拳を握る。


「ユウキ・ササハラです。勇者として召喚されました。どうぞよろしく!」

「レイヤ・クロセ。」


空気を読んでなのかそうでないのか、ササハラの方は、元気よく自己紹介をし、クロセの方は淡泊に自己紹介をした。

クラスの女子は私以外黄色い声を上げ、次々に質問を、主にササハラにぶつけていく。

律儀に質問全部に答えていくササハラに対して、クロセは勝手に空いている席へと座り、その様子を眺めている。


なんか、完全にクラスに溶け込んでる。

ずっと前からクラスの一員的な……。


徐々に収まってきた震えに、余裕を取り戻し始めた思考で今の状況を整理する。


万人受けする優しいイケメンの笹原 優希(ささはら ゆうき)。

爽やかで皆のアイドル!って感じの男の子。

正義感の強そうな、根が真面目な所は、確かに勇者向き。そして女子に人気なのは言わずもがな。

それに対して、冷めた態度の前髪で目元が隠れている男子……というより男性?に近い人。

何も言ってなかったから勇者ではないはず。

チラッと見えた目は切れ長の赤い瞳で、顔全体で言うと整っている方だと思う。

でもどうしてかルーランの魔力の気配がして、何もかもが違うのに、色の違うルーランを見ているような気になる。


(ドッペルゲンガーではないし、名前だって違う。)


それなのに重ねてしまうのは、今朝のルーランの態度のせいか。

頭を使いすぎて嫌になる。

また机に突っ伏してしまおうかと思ったとき、グローリスが傍まで来ていたのに気が付かなかった。


「イーユエ。」


声を掛けられてビクリと肩を揺らす。


「なに。」

「後でいつもの所に来るように。」


それだけ伝えて教卓に戻っていくグローリス。

いつもより幾分か低い声音にため息をつきたくなる。


(今日は厄日か何か?)


頭を抱えて今度こそ机に突っ伏した私は、クロセがこちらを観察していたことなんて知る由もなく、自分の思考の波に呑まれて目を閉じた。



◇       ◇       ◇       ◇



ホームルームが終わって、私は一限目を出ずに職員室の待合室に来ていた。

久しぶりの座り心地の良いソファに寝転び、天井を見上げる。

白い天井は、どこか病院を思わせるものの、香ってくるコーヒーの匂いのおかげでここが教員のいる部屋なのだと実感する。

それでも寝転ぶのをやめないのは、テーブルの上に広げられた書類、向かいに座るグローリスとルェイリー。

デジャヴを感じながら二人の方に顔を向けると、二人が二人、難しい顔をしていた。

仕方なしに起き上がり、テーブルに広げられた書類の一枚を手に取り、内容を読んでいく。


ユウキ・ササハラについて、身元保証人は王家が担う。巻き込まれて召喚されたレイヤ・クロセは身元保証人の必要はなく、かといって野放しにもしておけないので、学校送りとする。しばらくの間、レイヤ・クロセの監視をジャック・グローリス、ルェイリー・ユーフィアに担って頂きたい。ウィルビット王国第八国王 ロジック・ウィルビット。


(扱いの差が目に見えてわかる内容だ。)


そして、勝手もいい所。

自分たちで召喚しておいて、巻き込まれて召喚された方を邪険に扱うなんて。

これじゃあ、実力差もきっと分かっていないだろう。

それにしても、どうして二人が難しい顔をしているのか。

頭を悩ますのならまだわかるけれど、ここまで考え込んでいるのには何か訳があるんだろう。


(私が呼ばれた理由も気になるけど、それよりもまずは書類に目を通すことだ。)


黙々と読み込んでいく書類たち。

その中には入学試験の答案も入っており、ユウキ・ササハラの点はギリSクラスに入れるもの。それに比べてレイヤ・クロセの点数は満点。

召喚されたにしては出来が良すぎる。

それに、模擬戦闘試験の内容。

戦ったのはグローリス。

勝敗は、グローリスの負け。


(私でも勝てていないのに、どうしてクロセが勝てるの…)


「レイヤ・クロセ。二十八歳。仕事帰りに車?に跳ねられて死亡。気が付いたら召喚の間にいた、と言っていた。」


グローリスの言葉に、一度視線をグローリスに向ける。

どこか疲れた顔をしているのはわからないことが多すぎるからなのか、はたまた……


「お前、レイヤ・クロセとは会ったことあるのか?」

「何を馬鹿なことを。会ったことなんてないし、こっちに来て関わっているのはせいぜいグローリスたちだけだよ。」

「だがあいつは、お前の事を詳しく知っていた。」


ピクリ…と眉が跳ねる。

持っていた書類をテーブルに置き、グローリスを見据える。


「何が、言いたいの?」


私の問いに、グローリスは深く息を吐き、鋭い目で見返してきた。


「レイヤ・クロセとお前の魔力、どうしてここまで似通っている?」

「……」

「教室に行ってお前を見た時、いつものお前じゃないと思った。気配も、お前以外のものを感じた。」


グローリスの言葉に、息がし辛くなってくる。

別に、責められているわけじゃない。

ただ、圧力をかけて聞いているだけで、初めて会った時のことを繰り返しているだけ。

グローリスは面倒なことを嫌う。

それでも、心根は優しいから、相談に乗ろうとはしてくれる。

言わない方が、拗れなくて済む。

だけど___________。


「レイヤ・クロセの事は、本当に知らない。でも、魔力は知ってる。」


いずれハッキリしないといけない日が来るのなら、今言ってしまった方が賢明だ。


「……」

「なぜ私と彼の魔力が似通っているのか。これは憶測でしかないけど、レイヤ・クロセは、ルーラン・リアトリスにこの世界に送られたんだと思う。」


そう言葉にしたとき、バンッ!と待合室の扉が開いた。

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