第二章 勇者と巻き込まれ
第六話 静かな幕開け
ウィルビット王立学園魔法学校に入って早くも一年が経過し、二年生に進級した。
ええ、できました。進級。
足りなかった出席日数は課題を熟し、それでも進級できるか怪しかったが、体育大会の功績によって特別処置ということで進級。
代わりに、特待生を示すローブは没収となった。妥当だよね。
(目立ちたくなかったし、よかった。)
進級して初めての休みの日、私はいつものように午前は出された課題を熟し、午後はギルドに赴いて依頼を受けていた。
そんな中、感じた違和感。
昨年より魔物の魔力が高まっているのと、数が増えている。
何が影響しているのか分からないけれど、魔力が増えるというのはいずれ暴走を起こしかねないことだ。
それを止めるためにも殺さなければならないのはこちらとしてもキツイものがある。
私はあまり、殺しというものが好きではない。
こんなことをしていて何を今更、と思うかもしれない。
でもそれは、言い訳をするのであれば、世界の均衡を保つためだと私は言う。
食物連鎖。それは魔物に留まらず、人間にも言えること。
生きていくためには致し方なく殺さねばならないことだってある。
だからこそ、食す時には命に感謝して「いただきます。」というのだ。
むやみやたらな殺生は、いずれ身を滅ぼす。
何事も程々がいい。
だが今の状況は、話が違う。
魔力の増えすぎた魔物は凶暴化しやすい。
というのも、今は何が原因でこうなってしまったのか分からない以上、何も言えることではないけれど、一つだけ言えるのは、魔物が自ら姿を現し、攻撃してくる理由は苦しくて辛くて、楽になりたいと思っているから。
魔物は知能がない。たまに、知能がある魔物もいるが、それは本当に稀だ。
こんな低級の、ましてや争いを好まない魔物が魔法を使えるのかといわれるとそうじゃない。
生きるために必要なエネルギーとしてあるだけの魔力にすぎないのだ。
それがいきなり増えてしまえば苦しくて辛いのは当たり前だ。
(発散する方法を教えてあげたいけど、この子たちに人間の言葉は通じない。)
扱い方もわからないのに、発散できるわけもない。
手に拳を握る。
(できることなら、苦しまずに死ねるように。)
「♪~♪~」
歌を口ずさみながら、その声に魔力を乗せる。
子守歌のように、安心できるように。
「♪~~♪~~~」
グルルルル………………
歌が進むにつれて、魔物たちの唸り声が収まっていく。
フラフラとよろめいたかと思うとコテリと倒れ、静かに目を閉じる。
近づいて確かめてみると、息はしておらず、寝顔を見ただけで、ああ、安らかに逝けたのだなと確信した。
亡くなった全ての魔物の遺体を地面に埋めて、王国に戻った。
受けた依頼は完了したことを告げ、現物を渡し、学生寮に戻る。
戻っている最中、気になる話を聞いた。
近年の、魔物の活発化に伴う処置として、勇者の召喚を行うという噂。
どの国も魔物には手を拱(こまね)いているからか、世界を代表してウィルビット王国がそれを担うという。
そういえばこの一年、ルーランが姿を見せていない。
いつもならひょっこり現れてはしばらく共に行動して、気づいたら帰っていることが多かったのに。
ああでも、手紙が置いてあることはあったな。
きちんと食べているのか、今はどんなことをしているのか、暇ができたら会いに行くだとか。
それからはパッタリと音沙汰はなくなっていた。
「ルーラン・リアトリス」
そういえば私は、彼が何の神様であるのか調べたことがなかった。
リアトリス皇国の初代王で、少年のような神様であることは知っているのに、それだけしか知らない。
彼が、自分の事を話したことがあっただろうか。
否、彼は私の事を優先していた。
彼が現れるときはいつだって、私がただ呼んだときか、危険な目にあっているときだけだった。
そのことを自覚してしまえば、何だか嫌な予感がした。
私は急いで学生寮に戻り、学生服に着替え、学校の図書室に向かった。
リアトリス皇国に関する書籍を全て集め、ルーラン・リアトリスについての記述があるか調べた。
そうこうしている内に日が沈み、真っ暗になった図書室。
それでも灯りの魔法を使い、手元を照らし、書籍を読んでいく。
そして見つけた、ルーランに関する記述に目を通した。
そこで知ったルーランの正体について、私は頭を金槌で撃たれたような衝撃を受け、その場にへたり込んでしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
所変わって、暗い大地に建てられた大きな黒い城。
謁見室のような部屋には玉座が一つだけあり、そこに座っているのは白い身なりをした顔の整った男、ルーラン・リアトリス。
イーユエといた時とは違う、酷く冷めた顔で目の前にある傀儡(くぐつ)に魔力を宿す。
「この世界の安寧、そして、イーユエの望む世界の実現のために。」
冷めた声音に、ガクガクと動き出した傀儡。
傀儡から本物の人間のように姿を変え、ルーランの目の前に跪く。
「創造主様の御心のままに。」
そう言って顔を上げた傀儡の容貌は、どこかイーユエに似ており、ルーランは舌打ちしてその場から姿を消した。
◇ ◇ ◇ ◇
朝、目を覚ました私は、信じられない光景を目の当たりにした。
「ルー、ラン…?」
少し冷たい体温に、掛布団の温もり。
どこか不安そうな顔をしたルーランに、寝ぼける暇のない私。
久しぶりに見たルーランは、こんなに大人っぽかっただろうか。
どうしてこんなに大人びてしまったのか。
容赦なくルーランの顔をペタペタ触っていると、ルーランから手を握られた。
「だめだよ、そんなことしちゃ。」
フワリと笑うルーランのその艶っぽさに顔が熱くなる。
(ルーランってこんな感じだったっけ?)
アワアワと慌てだす私にルーランはクスリと笑うと握った手に口づけを落とす。
あまりの事に頭がついていかない私はショート寸前になり、目を大きく見開くしかなく、ただただ今されたことを理解するのに必死だった。
「初心なのは変わってなくて良かったよ。」
そう言っては手を離し、抱きしめてくる。
うん、いい感じ。なんて耳元で囁かれてしまえば落ちないわけはなく。
「ルーランのバカァ‼」
涙目になってそう言えば、ルーランは一瞬驚いた顔をしつつも、どこか嬉しそうに笑った。
それからしばらくして、私たちは朝食を作るためにベッドから出た。
ルーランはコーヒーを淹れるためにどこからかドリップ式のメーカーを取り出し、カップもそれに見合った物を並べた。
本格的なそれに突っ込むかどうか迷ったものの、朝からあんな攻防をした私としてはそんな元気もなく、簡単なモーニングを作り、テーブルに置いた。
「食パンにスクランブルエッグ、ベーコンにサラダか。」
「コーヒーにするならこれでしょ?」
「キミ、ほんと現代のクセが抜けないね。」
そこも可愛いからいいけど。
なんて甘い言葉を言われたらまた顔に熱が集まり、茹蛸になってしまう。
「そんなことはいいから!早く食べるよ!」
テレを隠すためにそう投げやりに言うと、ルーランはにっこりと笑った。
「はいはい、僕の可愛いお姫様。」
パコーンッ!とスリッパがルーランの頭に直撃する。
痛いなぁ~なんて言いながら顔の緩んでいるルーランに呆れながら、朝食に手を付ける。
(ちょっと塩辛かったかな。)
なんて思いながら食べていると、ルーランは食べずにこちらを眺めるばかり。
まあ、いつもの事かと思いながら私は朝食を平らげ、食器を片付けにキッチンへ行った。
自分の食器を片づけ終えるとリビングに戻り、やっと食べ始めたルーランがこちらを見た。
「何?」
「何でもないよ。」
フフッと笑ったルーランは、また朝食を食べ始め、合間に優雅にコーヒーを飲みながら食べ進めていく。
イケメンは何してもイケメン、なんて誰が言ったのか。
全くその通り過ぎて言葉も出ない。
はぁ…とため息をつくと、私は寝室へと戻った。
壁にかけてある制服に着替え、髪の色が変わる錠剤タイプの魔法薬を飲む。
これはルーランが開発したもので、目立つ容姿を隠すためのもの。
ずっと使っていたから予備もなく、ベッドから出る前に今ある分をもらい、作り方も教わった。
対価はまぁ、高かったけど。
身支度が済んで寝室から出るとルーランは後片付けもしたらしく、テーブルの上は綺麗になっていた。
「ルーラン、ありがとう。」
「どういたしまして。それより、もう行くの?」
「うん。」
「そっか。」
「ルーラン?」
どこか寂しそうな顔をするルーラン。
珍しく思っていると、肩に頭を預けてきて、またギュウッと抱きしめられた。
「ルーラン?」
「行ってらっしゃい、イーユエ。」
パッと顔を上げたルーランはいつも通りになっていて、さっきのが嘘かと思うくらい、普通に笑顔で見送ってくれた。
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