第五話 あっという間の一年
入学が認められた私は、改めて試験を受け、ウィルビット王立学園魔法学校に入学した。
渡された制服にはローブがつており、ルェイリー・ユーフィアに着方を教えてもらい、髪も整えてもらった。
あ、そうそう。王国に入って取っていた宿はルェイリーによってチェックアウトされていて、お金も払ってくれたそうな。
かかった金額を返そうとしたら受け取ってもらえず、代わりに他国で見繕って買っていた高価な装飾品をあげた。値段を言うと返されそうだったから言っていないけど。
初登校となった日は朝から緊張しっぱなしで、元々無愛想だった顔がもっと無愛想になった。
おかげで友達はできず、ずっと教科書を読んでいた。
クラスはジャック・グローリスが担任の1-S。
頭がいいか、魔法に優れた人しか入れない特進クラスだと聞いている。
その中でもローブを身に着けている人は特別で将来有望なんだそうだ。
私、そんな説明受けてない。
後からグローリスに文句を言いに職員室に押し掛けたけれど、既に教員寮に戻ったと聞いて、ルェイリーに代わりに文句を言ってもらうように頼んだ。
そして、授業を受ける中で気づいたのは、私が使っていた魔法が、教科書とは違う古代語というもので、現在使われている魔法は、現代で習った数学の数式だった。
(私が魔法を使うようになって教えてくれたのはルーランだった。)
『他の術式もあるけど、あっちは時間がかかりすぎる。加えて詠唱までしないといけないから殺る前に殺られてしまう。』
要はイメージが大事なんだとルーランは言っていたけど、発動時に必要であるのなら私は惜しみなく使う。
まあ、時と場合にもよるけど。
歴史に関しては、現地で直接聞いた話とはやっぱりズレがあり、ノートには見解や事実を付け加えて書いた。
そして、受け入れ難かったのは、リアトリス皇国についての記載だ。
ありもしないことをあたかも事実のように書いて、それが当たり前のように教える。
教科書を破りたい衝動に駆られたけれど、何とか理性で押し留めた。
今思ったって起きてしまった過去をどうすることもできない。
なんなら、私だって関わっている出来事だ。
『歴史は捏造されてなんぼだよ。』
今になってその言葉を思い出すなんて。
分かっていたはずだ。この国に来ると決めた時、自国がどんな評価をされているかなんて。
それをわかっていて私はこの国に来たはずだ。
滅んだ私の国とは違う、勝利を治めた更なる発展を迎えた平和な国。
人々は生き生きとし、脅威がなくなったからこそ、手にできた自由。
「争いを生むのは、憎しみを抱く心………。」
「そうかもな。」
「グローリス。」
「先生をつけろ、先生を。」
食堂の一番端の席に座っていると、いつの間にか目の前の席にグローリスが座って食事を摂っていた。
「教師も食堂使えるんだ。」
「使えなかったらどこで食えっていうんだ?」
「うーん…職員室の待合室?」
「お前…」
うん、わかってるからそんな白い目で見ないでほしい。
最近サボってるからって見逃してくれているのは知ってるから変に関わってこないで…。
これでも今の現実を受け止めるのに必死なんだよ。
「…何を悩んでんのか知らねえけど、お前は考えすぎなんだよ。もっと簡単に考えてもいいんじゃねえの?」
「……そうだね。でも、そう言ってられないのが現状だよ。」
知ってしまったら今まで抑えてきたものが爆発しそうで怖い。
知ってしまったからこそ、グローリスも、ルェイリーも私とは違う人間なんだってそう思ってしまう。
傷つけたくない。
知ってほしくない。
私の故郷も、容姿も、本当の名前も。
「はぁ…。午後の授業には出ろよ?俺が相手してやるから。」
気遣ってそう言ってくれたグローリスにこの時ばかりは感謝した。
◇ ◇ ◇ ◇
一年生の実習は武器の扱いに慣れること。
たとえ、実戦を経験していたとしても、いざという時に武器が扱えなければ意味がない。
それは体術に関してもそうで、主に魔法を使うこの世界の人たちにとって、魔法以外で来られると対処ができない。
故に、それらを身に着けるには学生の内に教えておかなければならない。
そう提言したのは意外にもルェイリーだったらしい。
いついかなる時においても対処が出来なければ足手纏いになる。
それは、まだ何も知らなかった私に、大和国の強い人が教えてくれたことだった。
旅をしているのならこの世界では力を持っていなきゃいけない。
でないと、自分の無力を嘆きながら死ぬことになる。
進み始めた私にとって、それは避けなければならないものだった。
現代で死んで、この世界で抱えきれないほどの絶望を知った。
自分が経験していなくても、この体が覚えている。
辛いことも、悲しいことも、幸せな日々があったことも。
その幸せな日々を取り戻すためにも、知らなきゃいけない。
知るためには力を持たなきゃいけない。
自分を守るために、他人を助けるために。
一年生の時に習うのは護身術、武器の扱い、身の熟し。
基礎が出来たら、模擬戦を何回かやって、最後にはグローリスと手合わせする。
それが授業の評価、はたまたテスト評価に繋がるから手は抜けない。
「お前さぁ、さっきまであんだけ悩んでるように見えたのに、こういう時だけ正確に打ち込んでくるよな…。」
カンッ、カンッ!と木剣を打ち合う音が訓練場に響く。
その合間に、鍔迫り合いになれば話しかけてくるグローリスを無視しながら急所になる所へ打ち込んでいく。
いくつかは防がれ、いくつかは当たりそうになるも避けられる。
(やっぱり強いな…。)
どれだけ達人に教わっても、どれだけ稽古をしても、私には武器の才能がない。
それは主に魔法を使うからなのだが、知識として知っていても、知っているだけでモノにはできていない。
縦横無尽に、時には離れ、時には立ち止まり、打ち合う。
打ち合うたびに衝撃が腕を走る。
痛くはない。慣れているから。それでも______。
『体に覚えこませろ。目で見るな、空気または気配で感じろ。』
『魔法を扱う時にはできているから、いずれできるようになる。』
ねえ、師匠。
どれだけ頑張っても、どれだけ武器の特性を知っても、私には扱えない。
でも、諦めずに教えてくれたのは、私のためだって知ってる。
カンッ‼
一際大きな音が響き、木剣が吹き飛ばされる。
私の首元にあるグローリスの木剣の切っ先。
本物の刃のように感じるそれは、グローリスの強さの表れだ。
終わったと同時、グローリスの目は本気だった。
それが引き出せただけでも成長したと感じよう。
「参りました。」
木剣を拾い、生徒の中に戻る。
(もっと。もっと強くならねば。)
拳を握り締め、決意する。
そうして迎えた夏季休暇。
私は、休みの間に宿題をしつつ、ギルドの依頼を何度も熟した。
魔法を封印し、武器だけでどこまでやれるのか。
時には増えすぎた魔物相手にし、時には盗賊を相手に戦った。
武者修行だと思って、大和国にも行った。
師匠は歓迎してくれて、しばらく夜は宴会だった。
(大和国の人たちって、どうしてこうもお酒に強いのか。)
酒臭い師匠を部屋まで運び、布団に投げ込み、与えられた自分の部屋に戻る。
「充実、してるなぁ…。」
現代では感じ得なかった充実感。
悩むことは多いけれど、それが嫌だということはない。
楽しいのも、苦しいのも痛いのも。
自分が人間として成長しているのを感じる。
「冬は、久しぶりに北の国にでも行ってみるかな。」
きっとその時は、今より強くなっているはずだ。
未来の自分を思い浮かべながら、私は瞼を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
夏季休暇を終えて、いつも通りの日常に戻った。
クラスメイト達はそれぞれこんなことがあっただの、あんなことがあっただの、楽しく会話していて、私はというと、グローリスとルェイリーと三者面談をしていた。
「お前、この夏どこにいた?」
「何度か部屋を訪ねたけど、返事もないし、気配も感じられなかったし。」
「「一体、どこで何をしていたの?/んだ?」」
(えぇ……)
前者がグローリス、後者がルェイリー。
二人してハモリ、問い詰めてきた。
というか、来てたの?部屋に?
気配がないの知ってたなら諦めてよ…。
てか、え?二人って私の保護者?
私これでも二十二歳なんだけど?あれ?
どうしてここまで子ども扱いをされているのか。
「だいたい、グローリス先生がイーユエの予定を聞いてないからこんなことになってるんですよ!?」
「自分から声かけるとか言っておいてしてなかったのはルェイリーだろ!」
なんか本人そっちのけで喧嘩始まったし。
喧嘩するのはいいけど、私これ、ダシに使われてない?
そんなことない?そんなわけあるでしょ。この二人よく一緒にいるもん。
きっと付き合ってるよ。
それより。
「授業そっちのけで話すことじゃないと思うけど。」
そう、ボソリと呟くと、二人の言い合いがピタリと止まった。
(お?解放される?)
そう思ったのも束の間。
「休み中に登校日があったのに来なかった子は誰かなぁ?」
「心配して部屋まで行ったのにいなかったのは誰かな?」
すっごい良い笑顔で凄んできた二人。
私はというと頭に?がいくつも飛び、そんな日あったんだ、と頓珍漢なことを言った。
それからはすごかった。
夏季休暇中、登校日に私が一切登校してこなかったことを他の先生に言われたり、理事長にグサグサ言われたり、仕舞いには私のせいで始末書を書かされたりと、いろいろあったことを永遠に話された。
まあ、何にせよ、謝るのが吉と思った私は謝った。
謝ったのに!!!!
しばらく監視という名目で、職員寮(ルェイリーの部屋)へと移動になった。
◇ ◇ ◇ ◇
季節は変わって秋になった頃、体育大会が催された。
体を動かすことが好きな子は競技に積極的に参加し、そうでない子はあまり体を動かさない競技に参加していた。
私はというと、応援合戦の前に前座として武芸、楽器、歌を披露させられた。
企画は他でもない、ルェイリー・ユーフィア。
うっかり彼女の前で歌ってしまったのが最後、何故か勝手にプログラムに組み込まれ、それを知ったのが体育大会の三日前。
ルェイリー曰く、
『こんな人材、隠している方がどうかしている。』
らしい。
たとえ夏季休暇の事を根に持たれ、それを引き合いに出され、了承させられたとしても、卒業までこれをやらされるとしたら溜まったものじゃない。
でも、溜まっていたストレスはそれで解消され、心晴れやかになったのは言うまでもない。
それからの日々は怒涛に過ぎていき、冬期休暇は白銀に染まる、北の国、ドラクーン国に来ていた。
ドラクーン国は、人間とドラゴンが共存している国で、王家はドラゴンの加護を授かっており、王家の人間は、半分ドラゴンの血が混じっている。
特徴としては、瞳孔が鋭いことと、寒さに強いこと。
なので、王家の人間は、年中変わらない恰好をしている。
ドラゴン自体は、中々姿を見せないけれど、生息しているところは知っている。
今回ドラクーン国に来たのは、ドラゴンに会うためだった。
「久しぶり、エルーシア。」
エメラルドの鱗に覆われた他のドラゴンより一回り小さい雌のドラゴン。
山の中腹より少し離れた場所で一匹で暮らしているこのドラゴンは、仲間から見捨てられたドラゴンでもある。
こうして会いに来たのには理由があったが、まんま無視を食らった。
「ごめんて。しばらく会いにこれなかったのにはちゃんと理由があるから。だから拗ねないでよ。」
何度か声をかけ、朝から晩まで、勝手に話し続けていたら、ブンッ!と尻尾で攻撃された。
攻撃をマトモに受けて、吹っ飛ばされたものの、飛ばされた先はエルーシアの顔の方で、蹲りながらエルーシアを見ると、意地悪な顔をして笑っていて、してやられたと思った。
「拗ねてないじゃん……。」
「誰が拗ねたといった?」
「誰も言ってないね。でも痛かったから謝って。」
「いつまでも会いに来なかったお前が悪いから謝らない。」
「やっぱ拗ねてるじゃん。」
捻くれた性格のエルーシアに呆れながらも、今まであったことを話した。
時折相槌を打ちながら、時には首を突っ込み、馬鹿な話をしたりとその日は眠らずに夜を明かした。
次の日には外に出て模擬戦をしたり、エルーシアが人の姿を取って街に出かけたりして会えなかった時間を埋めるように、精一杯遊びつくした。
「ねえ、エルーシア。」
「なんだ?」
「私と使い魔の契約をしない?」
「…断る。」
「今間があったじゃん。」
「お前のためだ。」
「じゃあ私はエルーシアのため。」
「……考えておく。」
「うん。また来年来るから、それまでには考えておいて。」
楽しかった時間はあっという間に過ぎて、帰る日になった時、エルーシアは空を飛んでいた。
「また来るから。」
聞こえているかわからないけれど、起きた時にいつの間に握らせていたのか、加工された鱗に一つ口づけを落として、帰路についた。
遠くからはドラゴンの咆哮が聞こえていた。
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