第三話 ウィルビット王国
あれからすぐにリアトリス皇国を出て、様々な国を旅した。
冬になると猛烈に寒い北の国、新鮮な物で溢れる南の国、武術に優れた人たちがいる東の国、宗教で栄えた西の国。
それぞれの国の特色、歴史、伝統に触れ、体験し、実感した。
それぞれ違うのに、統一して同じだったのは、争いを嫌っていること。
同じ歴史を繰り返さないことだった。
だけど、時として人はそれらを忘れてしまう生き物で、同じ過ちを繰り返してしまう。そして起こった戦争は不要な犠牲を生むばかりだった。
教訓があるのに、なぜ生かせないのか。
総じて思うのは、身に起こらないと実感しないし、怖さもわからない。
現代にいた頃の平和ボケした私みたいに。
だから、誰かが伝えていかなければならないと思うようになった。
誰でもいい。いろんな世界を、いろんな国の歴史を知ってもらえたなら。
そう思って私は、旅をする中で、小銭稼ぎ程度に芸を売るようになった。
歌を歌い、習った踊りを踊ったり、楽器を弾いたりと様々なことをした。
そうするうちに旅する芸人と通り名を付けられたけれど、特に気にすることなく十二年の時が経って、私は二十二歳になった。
あっという間の十二年間。しかし、退屈ではなく、充実した色濃い時間。
大変なこともあったけど、今こうして地に足をつけていられるのは、行った先々でよくしてくれた人たちのおかげだ。
「知らないことは悪いことじゃない。知ろうとしないことが愚かなんだ」と、旅した先で出会ったお婆さんの言葉だ。
幼い頃は知らないことが多い。
それでも、成長するにつれて知っていくこと、学ぶことが多くある。
それでも知らないものがあるのなら、知っていけばいいとそのお婆さんは言った。
次に会いに行った時には、痕跡もなく消えていたけれど。
だから私はやっと意を決して、行くことを躊躇っていた国に足を踏み入れた。
……のがつい数時間前。
今いる所はウィルビット王国の中心部、ウィルフィーレ中央区。
でかい噴水が目印なこの街は商業区でもあり、多くの人で賑わっていた。
私はおしゃれでおいしいと噂の店に来ていて、お腹が空いていたこともありランチセットを食べていた。
「おいひぃ………」
疲れた体に染み渡る久しぶりのちゃんとしたご飯。
移動中はどうしても魔物を捕まえて捌いて食べなきゃいけなかったから国に入っての食事は、楽しみの一つでもあった。
そうしてのんびり昼食を摂っていると、何やら外が騒がしくなった。
窓際に座っていた私は、窓から外を覗いた。
どうやら厳つい人たちの喧嘩のようだ。
気にしたら負け、と改めて食事に手を付けようとしたとき。
ドォン‼
大きな音が鳴り、ガラガラ…とレンガ造りであった壁が壊れた。
もちろん食事は壁に巻き込まれ机と共にオジャン。
せっかく楽しみに取っておいた魚のムニエルが台無しになり、食べられなかった恨みが一気に押し寄せてきた。
叩く机もなく立ち上がり未だに喧嘩をしている男たちのもとへ歩み寄る。
「ちょいとお兄さん方。」
威圧感を込めて喧嘩している男二人の腕に手をそっと添える。
「あ?なんだこのガキ‼」
「邪魔だ!引っ込んでろ‼」
でも効果はなく、手は難なく振り払われる。
野次馬的存在の人たちはどよめきながらもハラハラと成り行きを見守っているだけで、誰も警備隊を呼ぼうとはしない。
(私の食事の邪魔をしただけでなくガキ呼ばわりとは……。)
二人の世界に入って、周りの迷惑も考えない頭の足りない図体のでかい脳筋頭の子どものような大人にはお仕置きが必要だよね?
怒りが頂点に達した私は、二人から少し距離を取り、助走をつけて走った。
そして二人の近くまで来ると飛び上がり、二人まとめて回し蹴りして吹っ飛ばした。
二人は人垣を超えて噴水に激突。
噴水は一部が壊れ、二人は気を失った。
そりゃそうだろう、噴水はコンクリートでできているし、私の蹴りだって手加減はしたが結構強かったはずだ。
じゃないと噴水まで飛んでいかない。
まあ、二人は体格もいいし、気を失っただけでケガもない。
これで私は心置きなくおいしいご飯を食べられるし、騒がしいのもなくなってお店も周りの人も気にしないで済むだろう。
でも、なんか視線が痛いような……?
崩れた壁から店の中に戻り、噴水のほうを振り返ると、野次馬たちは怯えて蜘蛛の子を散らすように去って行った。
(なにかしたかな?)
首をコテンと傾げながら店内に向き直ると、男の子の店員さんが青ざめながら立っていて。
「何か?」
問いかけると、男の子は肩をビクつかせ、青ざめた顔で叫ぶように言った。
「退店をお願いいたします!!」
「あ、はい。」
そうして店を追い出された私は、せっかくのご馳走を満喫できずに出店が立ち並ぶ屋台街へと知らずのうちに来ていた。
因みに、きちんと料金はお支払いいたしました。
今考えるとなんで追い出されたのか分からないが、きっとあんな物を見せられて怖くなったんだろうな、と思うことにしている。
この国は平和だ。
あんな争いごとが起きても冷やかしに来るだけの余裕がある。
それに比べて、見て見ぬ振りをされている浮浪児。
盗みやスリ、そんなことをしなければ生きていけない子どもや大人がいる。
平和になっても現状がよろしくなければ意味がない。
これは、どの国にも共通して言えることで、どの世界でも同じことが起こるのだなと改めて認識したことだった。
(生まれた環境を恨むのか、国を恨むのか…。どちらにせよ、酷なことには変わりない。)
私は善人でもなければ悪人でもないから、助けを請われたら助けるし、そうでないのなら無視をする。
どっちつかずの最低な人間であるのは仕方がない。
そんな風にして今まで生きてきたが多いだけの話。
私も例外なく。
「すいません、リンゴ一つ。」
「あいよ!」
目についた美味しそうなものをいくつか買い、他の店を物色しながら食べ歩く。
特にこれと言ってめぼしいものもなかったので屋台街を後にして、泊まる宿を探した。
◇ ◇ ◇ ◇
宿をとった後、私はお金を稼ぐために王国の近くにある雑木林に来ていた。
というのも、立ち寄ったギルドで報酬がそれなりに高かったのが魔物退治であり、私のランクでも行けれるものがこれしかなかった。
ギルドというのは現代風に言うと手軽に稼げる日雇いのようなものなのだが、現代で違うことと言えば、死と隣り合わせだということ。
魔物というのは魔力を持った生き物で、この世界では人間に危害を加える厄介な存在だといえる。
……今更だと思うけど、この世界のものは人間から魔物、すべてにおいて魔力というものを持って生まれる。
私も例外ではなく、ルーランから創られた存在だからか、他の人たちより遥かに魔力が多い。
だからこそ、器が耐えられないほどの魔力を有していると魔力暴走が起こる。
それで亡くなる人もいるから器が耐えきれなくなる前に、発散することが大事だとルーランは言った。
かくいう私も、一度魔力暴走を起こしそうになってルーランに助けてもらったけど、あんな苦しみはもう二度と味わいたくない。
話を戻そう。
魔物は基本、攻撃をされなければ襲ってはこない。
けれど、最近は魔物による被害が拡大しているため、何が原因か突き止める必要があるということ。
よって、出された依頼内容が、捕獲と、ある程度の駆除。
生態系を崩さないためにも、そこの配慮はされているらしい。
と言っても、だいたいの原因は把握してある。
いろんな国を歩いて旅をしていれば、大体の自然環境を知ることができる。
この雑木林に入って思ったのは、淀んだ空気、何度も人間が入ったせいで崩された生態系。
浄化するのに必要だった存在が、この雑木林を見捨てている。
だからこそ溜まった淀みが魔物に影響して人間が住む町に被害が出る。
国の中にいるからこそ、気づけないこと。
きっと、近い内にこの国は危険にさらされるだろう。
「私には知ったこっちゃない話だけど。」
雑木林の中心地まで来るとさっきまで感じなかった気配を感じた。
それは人とは違う、感じ慣れた魔物の気配。
(なるべく苦しまないように、数には気を付けて…)
取り出した長い杖をクルクルと回し、木々の間から見える空を凝視する。
晴れ渡った青い空が、どんよりとした黒い雲に覆われる。
今にも雨が降り出しそうな空へと変わったのを確認して、私は空に向かって魔法を放った。
すると、そう経たない内にいくつもの雷(いかづち)が落ちてきた。
魔物の数と合うその雷は、何もわからない魔物めがけて落ちる。
所々でキャイーン!と鳴く声が聞こえたものの気にせず、次の攻撃に移った。
雷が当たらなかった魔物が突進してくるのを見計らって杖を突きだす。
すると、杖を突きだされた魔物は鉄格子のようなものに囲われ、その場から動くことができなくなった。
暴れに暴れて、檻に何度も何度も体を打ち付ける。
しかし、打ち付けるごとに電気が走るように細工していたから、やがて魔物はしびれて動けなくなった。
その内に残りの魔物を駆除していき、終わった頃には暗雲は綺麗さっぱりなくなっていた。
魔物の回収をするときに、「ごめんね」と一言声をかけて異空間の収納に入れる。
駆除した魔物の死体は土に埋めた。
淀んだ空気は晴れることはなかったが、依頼完了ということで、私は王国に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
王国に戻って、魔物の引き渡しをし、原因を少なからず捏造して伝えた。
受付の人は慌てながら上層部に報告すると言っていたからまあ何とかなるだろう。
それより、達成報酬が限りなく多く見えたのは気のせいではないはずだ。
受付の人に言ってみても捕獲した魔物に対しては損傷がそれほど見られないことから金額は記載された額より少し多いのだとか。
さすが王国、潤っている。
そんなこんな思いながらギルドから出て宿に戻ろうとした時、すれ違った人から腕を掴まれた。
何事かと思い振り返ると、そこにはお胸の大きな背の高い女性。
キリリとした紫の瞳が印象的で、つい魅入ってしまった。
(こんな美人、初めて見たかも。)
思わず顔に熱が集まってしまってそれを見られないように俯く。
「な、何か…?」
「貴女…学生?」
「は?」
質問に質問で返され驚きその一。
まさかの言葉に驚きその二。
身長は確かにそこまで伸びなかったけど、まさか学生に間違われるなんて何事?
初めて言われたからかポカーンとしてしまい、集まっていた熱も一気に醒め、女性を凝視する。
(いや、美しいな‼)
羨ましさ半分、情けなさ半分。
やるせない気持ちってこういう時に使うのか…?
にしてもだよ?どうしてこの人は私に話しかけてきたの?
恰好はあの、あれ…昔の火消しがするような服装にぼろいマントを羽織っているし、髪だって目立たないように茶髪なんだけど?
しかもなんか、絶対に話さないっていうような雰囲気なんだけど。え、こわっ…。
腕を振りほどこうとしてもがっちり掴まれていて離せないし、なんかどんどん力が強くなっているしで……。
「あの…離して…」
「却下です。とりあえず、ついてきてください。」
そう言われて強引に連行されてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
連行された場所は大きな建物の中。
門みたいな所には“ウィルビット王立学園魔法学校”と書かれていて、この建物が学校であると理解した途端、逃げようとした。
が、相手の方が力が強く、なんとも残念な結果となり、こうして学校内にいる。
「貴女、名前は?」
「い、イーユエ・ヴァレンタイン…です…。」
「そう。待ってて頂戴。」
名前だけ聞いて他の先生の方へ行ってしまった女性を見送り今の内に逃げようかなと思ったが、座った椅子があまりにも心地よくて動くのがもったいなく感じた。
そのままジッとしていると、日頃の疲れが出たのかウトウトしだして必死に目を開けていたが、気が付けば深い眠りについてしまっていた。
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