第二話 ルーランという神様

「僕はね、キミの魂を創った、謂わば神様だよ。」


夜空に散りばめられた星を背景に、白い布を纏った、白銀の髪を風に靡かせ、ルビーのように赤い目は細めて無邪気にそう言った男に息を吞んだ。

だって、あまりにも神らしくない振舞いに、ただのイカレた変質者かと思ったくらいだったのに。

こんな自信満々に言えるのは正真正銘神しかいない。

それに、この男はこの世界の事や私がいた世界の事を知っている。

なら、認めるしかない。

この男が神であるということを。


「キミさ、あまりしゃべらないのに理解力はいいよね。」


高評価だよ、と次は意地悪な顔で笑い、離れていく。

表情豊かすぎないか?とちょっと思うも何も言わず、やっと落ち着いた目元を拭って起き上がった。


「神様は、なんで私の手伝いなんかしたの?」


私の問いに男はう~んっと考えて空を見ながら言った。


「ずっと探してたんだ。」

「何を…?」

「キミを。」

「え…」


衝撃的な発言が続いて理解が追いつけなくなってきた。

そんな私を他所に男は続ける。


「どんなモノであれ、自分が創ったものを取り上げられて、剰(あまつさ)え、違う世界に落とされるなんて腹立たしいと思わない?」


ああ、怒っているな…とわかるのは、笑顔なのに額に青筋が浮いていて、言葉の端にはトゲがあったから。

まあ確かに、わからんでもない。

ただ、気になるのは_________。


「どうして探していたの?」


またピシッと空気が凍り付いた。

でもすぐにそれはなくなり、男は深い溜息を吐いた。


「キミ、今の自分の容姿がどういうものか知ってる?」


男の問いかけに首を横に振る。

すると、どこからともなく縦長の大きな鏡を取り出して私の前に置いた。

鏡の中に映る今の私は、汚れでくすんでいるものの、白銀だとわかる髪で、瞳の色は赤紫。

顔はお人形のように可愛いのに不愛想で、でもどこか神である男に似ている。


「キミの今の容姿は僕に似せて創ってある。魂もちょうどいいくらいに馴染んでいるし、前に比べたら体調も崩さないはず。魂にも適した器がないとすぐにダメになるからね。」


生前のように、と男は鏡を仕舞い、地面に寝そべった。


「キミさ、僕の名前聞かないの?」

「え?」

(聞いていいの?)


普通神様なら聞いちゃダメとかあったくない?

あ、逆?

人間が名乗っちゃいけなかったんだっけ?あれ?


「考えてる所悪いんだけど、僕キミの名前知ってるし、神の名前を知ったくらいじゃ何も起きないから安心して。」

「あ、じゃあ、名前聞いても?」

「素直に聞いときなよ。…僕の名前はルーラン・リアトリス。この国の初代王でもある。あ、ルーランでいいよ♪」


開いた口が塞がらないとはこのことか、と実感している今日この頃。

何で神様が初代王なんかになってんの?

ていうか、名前聞いただけで、記憶が流れ込んできたんだけど!?

色々すごいことやってのけているのはやっぱり神だからなのか、築いてきた経歴があまりにも異様だし、そりゃ隣国の恨みも買うでしょうよ…。

まあ、きちんと話し合って、受け入れていたらこんな大事には至らなかったんだろうけど……。


「人間は短命だからね。キミがいた世界でも歴史が捏造されていることなんてよくあったことだろう?」


確かに、わからないことはもちろんあった。

知られていない真実を解明するためにどれだけの研究者がいて、紐解いてきたことか。

それでもまだ、わかっていないことのほうが多い。


「本当の歴史というのは隠されてなんぼのものだよ。特に、権力者にとっては都合が悪い歴史も多く存在するからね。」

「ルーランは、全部知ってる?本当も、嘘も。」

「さあ、どうだろうね。」


ニコリと笑ったルーランは、それっきり話さなくなった。

夜が明けだした空は、どこか悲しく、でも始まりというには清々しい青色に満ちていった。



◇       ◇       ◇       ◇



昼下がりの青空の下、私たちは皇城にあった三人の遺体を埋葬した。

三人ともどこか安心した表情をしていて、収まっていたはずの涙がまた静かに零れた。


「これからどうしたらいい?」

「キミが思うまま生きてみたら?縛りも柵(しがらみ)もない、ただの旅人として。」

「それも、いいかもね。」


オレンジに染まり始めた空を眺めながら、これからについて話していると、唐突に頭を撫でられる。


「華夜(かや)、キミに、新しい名前をあげる。」

「え?いや、いいよ。今の名前でも十分…」

「僕が、直々につけたいの。」


いいでしょ?と自分の容姿を生かしたおねだりに、私は空を仰ぐ。

イケメンのおねだりって、こんなにも破壊力あるの?

えぇ…これは断れないっ…。


「ど、どうぞ…」

「ありがとう」


今までとは違う、どこか甘いような声に鳥肌が立つ。

おまけに顔には熱が集まってきて、きっと今の私の顔は茹蛸だ。

ちらりと視線をやると、声とは違う意地悪な顔をしたルーランがいて、恥ずかしくなってポカポカとルーランを叩いた。

本人には効果はなかったが、私の熱も冷めてくると、ルーランは徐に言った。


「イーユエ」

「?」

「キミの新しい名前。イーユエ・リアトリス・ヴァレンタイン。」

「イーユエ・リアトリス・ヴァレンタイン…」

「そう。夜に浮かぶ月の事なんだけど、綺麗だと思わない?」


自信満々に言うルーランにプッと噴き出す。

自分の好きなものを名前にするなんて、どれだけ自分勝手で、どれだけ自分に正直なんだろう。

だけど、一日しか一緒にいなかったけど、ルーランの事をたくさん知った気がする。

神様で、初代王様で自分勝手で、子どもっぽいところはあるけれど、意地悪な自分に正直な神様。


「大切にするよ。ありがとうルーラン。」

「どういたしまして。」


緩やかな風が吹く廃国となったリアトリス皇国。

この時の私はまだ知らなかった。

ルーランが私につけた名前が執着の表れであったこと、この国が魔力暴走を起こした故に最悪な復活を遂げることを_________。

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