第一章 始まり

第一話:夜空の下で

一人で行動するようになったのは、いつからだっただろう。

よく外で遊んでいたのに、外に出るのが億劫になったのは何でだったのかな。

外の世界に興味を無くして、いつからか本の世界に興味を持った。

本を読んでいると想像するのが楽しくて、知らないことも知れて楽しくなった。

だけど、周りからは根暗だとか、気味が悪いとかキモイとか…。

別に気にしてはいなかったけど、一人で居ることのほうが楽だと気づいてからは人と関わるのが苦手になった気がする。

ああでも、もう一つ好きなことがあった。

それは歌うこと。

幼い頃から歌には触れていたと思う。

アニメの歌が多かったけど、いい歌が多いし、何よりアニメの面白さを知った。

オタク…なんて言われてはいたけど、だから何って思ってたっけ?

でも…。

いつも、地に足がつかないような気がしていた。

気が付くといつも、馴染めていなかった。

私に原因があるのかと思って、馴染めるように色々やった。

だけど、私は空気で、その場に馴染むことができなかった。

馬鹿らしく思えた。

自分らしく生きれないのならもういっそ…。

何度そう思っただろう。

楽しくない人生。何も感じない人生。人に合わせて生きる人生。

灰色の世界に染まったのは、生きる意味を見出せなかった私のせい。

それなのに、最後に見た空が、あんなに綺麗だと思ったのはどうしてかな?

死にたくないって思ったのはどうして?


「それはね、人の手によって殺されたからだよ。」


パンッ、と弾かれた様に目が開く。

目が開いて最初に視界に入ってきたのは、星が散りばめられた夜空。

そして、白い布を身に纏った、白銀の髪と赤い瞳を持つ顔の整った男。


「おはよう、元気?」


目が合うとニコリと笑う。

その顔はどこか幼さがあって、無邪気。

聞いたことのある声を発し、けれど、あの時みたいな不気味さはない。


「綺麗でしょ?僕のお気に入りなんだ。」


空を見上げ、嬉しそうに話す白い男。

子供みたいなのに、下から見上げる彼の姿は、どこか神々しい。


「ねえ、今の現状に何か思うことはないの?」


空を見上げたまま問う男に、私は起き上がって辺りを見渡した。

周りには瓦礫、足元は柔らかい絨毯、私を取り囲むようにして倒れている男性一人と女性二人。

触れてみるとその体はどれも冷たくて、今ある現状を理解して一瞬にして血の気が引いた。


「この国に何が起こったと思う?」


降ってきた優しい声に、顔を上げる。


「っ!」


出そうとした声は出なくて、ただ息だけが漏れた。

彼は、ただ真顔だった。

声とは裏腹な彼に、恐怖を感じた。

平和な世界に生まれ、当たり前だと思っていた退屈な日々が、どれだけ得難いものだったのか、この国に起きた現実を彼は言葉だけで済まそうとは思っていないのだろう。

でないと、ついて来いと言わんばかりに歩き出したりしない。

よろめく足を叱咤して彼の後をついていく。

倒れた兵士の死体、鉄錆びた血の匂いに、焼け焦げた匂い。

戦いで瓦礫となり、廃墟となった家々。

しばらく行った先に大きなクレーターが見えて足を止める。


「これ、は…」

「すごいよね。たった十年しか生きていない人間が作り出したものだよ。」

「じゅう、ねん…」

(こんな大きなクレーターをどうやって…)


呆然と見つめることしかできない私に、彼は更に追い打ちをかける。


「キミが起こした魔力暴走でできたんだ。」


彼は私の目線に合わせてしゃがみこみ、両頬に手を添えて優しく撫でながら言う。

その言葉は悪魔が言うような言葉で、なのに、その顔はどこか慈愛に満ちた顔。


「今に思い出すよ。この国で、何が起きたのか。」

「っ‼」


その瞬間、激しい痛みが頭を襲う。

あまりの痛さに涙が零れて、立っている気力もなく倒れた。



◇       ◇       ◇       ◇



夢を見た。

幸せな夢だった。

優しい母に、大好きな姉。

いつも忙しそうだけれど、空いた時間にはいつも会いに来てくれていた父。

夢の中の私はとても幸せそうに笑っていて、家族のことが本当に大好きだったのだなとわかる夢だった。

だけど、そんな幸せな夢はすぐに終わる。


幸せな時間を奪ったのは、隣国。

兼ねてよりリアトリス皇国が気に入らなかった隣国が、何かと理由をつけて皇国を攻めてきた。

それに応戦した皇国だったが、私という人質が捕られて敢え無く負けを認めた。

けれど人質は返してもらえず、隣国に捕らわれたままだった。

そんな中、またしても戦争が起こる。

隣国は負けを認めた皇国に更なる追い打ちをかけるため、人質に取った私を兵器として送り込んだ。

物心つく前に人質に取られ、大好きだった家族の顔も、声も覚えていなかった私は、支持された場所に迷わず進んだ。

進んだ先に見えたのは、立派に立つ皇城。

それを見てしまえばダメだった。

ひどい吐き気に襲われて、息をするのが苦しくなった。

訳が分からずに藻掻いていると、ふと、何かを誰かに言われた気がした。

そんな時、一瞬だけ体が軽くなり、次の瞬間には内側にある魔力が一気に外に放出された。

人為的に起こされた、魔力暴走。

それは人を、建物を、国を巻き込み、魔力が尽きるまでありとあらゆるものを破壊していった。

収まった頃には、温かい腕に抱かれて、温かくも冷たい雨に打たれながら、深い眠りについた。



◇       ◇       ◇       ◇



ヒタリ…と額に冷たい感触がして目を覚ます。


「どうだった?」


隣には、膝に頬杖ついて優しく微笑んだ白いイケメンな男が座っていた。


「どうして…」


発することができたのは、掠れた言葉のみ。

あまりの情報量とその残酷さから、次々に流れ出てくる涙を止められない。

あの夢は、夢ではなく現実で、それはこの体という名の器の記憶。

想像もし得ない記憶は、小さい体ではあまりにも酷で、こうして生き返れたのはきっと、起きた時に傍にいたあの三人のおかげだ。

この男が言った十年しか生きていない人間というのは、この体の持ち主だった魂。

私が生きてきた二十年より遥かに濃厚で濃い、十年。

幸せだった時間を奪われて、この子どもは何を思っただろう。

流れ込んできた感情は、苦しみ、悲しみ、後悔の感情が強かった。

こんな小さな少女が背負うには、あまりにも重い。


「生きるというのは、とても大変なことだね。どう足掻いたって、決められた宿命(さだめ)からは逃れられない。」

「……私も、そうだった?」


問いかけると、彼は優しく笑った。


「まさか。これはキミが望んだことだよ。」


ピシッと空気が張り詰めた。

言われた言葉を理解できず、彼を凝視する。

そんな中でも彼はなおも言葉を紡ぐ。


「僕は、ただキミの手助けをしたに過ぎない。」

「どういう…」


ズイッと顔を近づけられて目を見開く。

彼はどこか楽しそうに笑って。


「僕はね、キミの魂を創った、謂わば神様だよ。」


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