おメカし
株と飯
おメカし
「っ、いらっしゃーい!」
「……」
無言で店内をズンズン歩く女性に声を掛ける。危ない危ない。コツを駆使しなかったら、同性のわたしでも見惚れる所だった。
「……あの」
「はーい、お掛けになって少々お待ちくださいねー」
明るく努めて応答し、直視しないよう気を付ける。
「本日はどういったご要け──「あの!」、はい?」
「き、く、今日は、えと、目尻のラインをもう少し上げてもらいたいのと、あと」
ゆっくり言葉選んで喋っていいのに。めっちゃ生き急ぐじゃん?
「あと、膝下をあと2センチ延ばしてください! ……今日、デートでして」
「はい、かしこまりました。」
「か、彼は……、その、わたしと似たような人でして、へへ」
正直知ったこっちゃないが、これでお金もらってるんだから仕方ない。
「そ、それに、好きなゲームジャンルとか、推しカプが似通っててですね、あと、しかも──」
わたしは彼女の要望通り、バランスを見つつ目尻を約2ミリ上げ、この間わたしが入れたインプラントを調整して足の施術をした。時間にして十分弱、お金にして1000円の仕事だ。
「完了しましたよー」
「……///」
「足の長さ変えると歩き方とか慣れるまで時間掛かったりするので、ハイヒールとかは無しですよ?」
「……わかりました、ありがとうございます!」
お金を払うと、彼女はぎこちない足取りで店を後にした。
私見ではあるが、ガワを良くしたら中身も引っ張られて図太くなっていくのだが、あの陰気な娘はまだそうなっていない。
普通に考えてあの見た目になって日が浅いのだろう。
そのうち慣れてきてメンテの日とかには高圧的に接してくるかも、と思うと少々悲観的か。
「先輩、おはようございます」
「よ、後輩。おはようさん」
ジャラジャラと、動く度に鳴り響く大量のイヤリングは今日も絶好調みたいで何より。
「さっきの人、先輩の患者さんですか?」
「ああ」
「背筋矯正のインプラント、まだ慣れてなさそうで、キツそうじゃありませんでした?」
「あー、あれは本人の希望だ。曰く、自身と似た人に恋をしたとかなんとか」
「うわー、なにその詐欺一歩手前のラブ」
「ホントに一歩手前なんだろうさ。昔から絶えないだろ?」
より高度に、より繊細に、より綺麗に、より美しく。
古来よりお洒落は進化してきた。この『身体のいらないパーツを機械で完璧に作り替える』時代も、その進化の一幕である。
その人が元々どんな見た目であったかはもう気にしなくなり、生まれてきた子供たちですら、無機物漬けの成長を辿っている。
技術の発展に伴って施術の料金はリーズナブルになっていき、文字通り誰でも気ままに自分を作り替えることが出来るまでになった。
「その内人間と機械が結婚すんじゃない?」
「極まりすぎですよそれ」
「すんませーん」
「あ、はーい!」
お洒落とは詐欺だ。
「本日はどうされましたー?」
周りを騙し、自身を上から描く小癪な詐欺。
「記憶メモリ抽出ですね、わかりました。機材持ってくるんでちょっと待っててくださーい」
悪いものとは思っていない。信頼だって思い込みだし。
「はいはーい、本日はどうされました? ………身長を40センチ伸ばして? マジ? いえいえ、御安い御用ですよ! 先輩! 後お願いします!!」
衣服の着こなしとか、メイクとかコーデとかで周囲と一線を画す人もいるが、大抵おっかないのでみんな避ける。
わたしは一人思う。
お洒落とは、そういうものじゃなかったか?
一体いつから人体改造とかトンデモ技術に頼り出したのだろう。
「先輩、どうしましたー、先輩。心ここに非ずといった感じっすけど」
「現実逃避も金で買える時代って良い時代?」
元あったDNAという遺産。それを蔑ろにして良いほど、人間は成長していない。
「現実逃避は、すればするほど道に迷うでしょ? だから今は迷子の時代です」
「上手いこと言ったつもりかもしれないが、迷うのは文明の特権だよ」
趣旨ずれたな。今日の分の労働が何事もなく終わり、少しホッとしたのかもしれない。
恥ずかしながら、結論はまだ出せていない。神になりたいというのは結果論だと思っているから。
雑談を切り上げようとエプロンを畳んでバッグに入れる。すると、まだ終わってないとばかりに若者の口が開く。
「でも、やっぱ自分見失っちゃダメでは?」
「……だからこそ個性を出して魅せ合うんだろ?」
お洒落の答えは無い。移り変わりはするが、それも進化の最中であるのだから。
だから、答えは出さなくていいか。
おメカし 株と飯 @kabutomeshi
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