白い袈裟の男
俺は助けを乞うように、スマホを持っているほうの腕を坂の上のほうに伸ばすが、当然救ってくれるものはなく、俺はこれから自分の身に起こる運命を覚悟し、ぐっと目を閉じた。
そのとき、シャリンときれいな金音が鳴り、俺が伸ばした手を何者かがつかむと、同時に左足が解放され、俺の身体はそれ以上引きずり込まれることなく、坂の途中で静止した。
俺はぐっと閉じた目をゆっくりと開き、掴まれた腕の先を見ると、白い袈裟を着て、白い布で顔を覆い隠した人がいた。俺の腕を掴む手はがっしりとしているため、男だろうか。ただ、男の手の温度は冷たく、この世のものではない、そんな気がした。
男は、俺の身体を支えて立たせると、そのまま何も言わずに一人で坂を下り始めた。
ふと周りの明るさに気づくと、スマホのライトが正常に戻っていて、青白い手は辺りから消え失せていた。俺は、きっとあの男が助けてくれたのだろうと、男の背中に向けて礼を言った。
「父さん、ありがとう」
俺は、なぜか独りでに父さんと口にしていた。
男は、一瞬だけ歩みを止めると、再び坂を下り始めた。少しだけ反応はあったが、本当に父さんかどうかはわからない。しばらく男の背中を見ていると、闇の中に消えていった。
俺は男を見送り終わると、彼女の身体を担ぎ、坂の上を歩き始めた。
男がなぜあんな恰好をしていて、こんな場所にいるのかわからないが、腕を握られたとき、どことなく懐かしく感じて、これが父さんだったら、と思ったのだった。
坂を登り、電話ボックスがある道まできたが、電話ボックスの明かりはチカチカと明滅して、次第に光が弱くなり、俺が電話ボックスの横を通り過ぎるころには、すっかりと真っ暗になっていた。
気づけば、このあたりに流れていた不気味な雰囲気は薄れていて、母さんの言葉を借りるなら、この世に近づいている気がした。
さらに歩みを進め、六四峠の入り口まで戻ってきたとき、背後に気配を感じた。俺が立ち止まると、「おいで」と背後から女の声がした。
その声を聞いて、俺は振り向きかけたが、行って来た道を戻るときは振り向いてはだめ、という言いつけを思い出し、そのまま先に進むと、背後の気配も薄れていった。
今思えば、六四峠の噂の原因は、あの世とこの世のはざまで虎視眈々と獲物を狙うあの女のせいなのだろう。あの女が人に害をなす存在であることはわかったが、俺にできるのはこれ以上深入りしないことだけだった。
仁士山を下って三十分くらいしたころ、俺はチラチラと赤い光が辺りを照らしていることに気づいた。
赤い光の出どころに目をやると、そこは仁士山の入り口だった。
彼女を担いで山を下りてきた俺は、すでに満身創痍で足の感覚がほとんどなく、すり足で歩いているほどだったが、最後の気力を振り絞り、必死に歩みを進めた。
仁士山を出ると、赤い光の正体がパトカーであることに気づいた。パトカーのランプの逆光で良く見えないが、警官の人影があり、向こうもこちらに気づいたようで、駆け寄ってきた。そこで、俺は緊張の糸がプツリと切れ、その場で倒れこんだ。薄れゆく意識の中で、警官が呼びかける声が聞こえたが、俺は深い闇に身をゆだねた。
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