北の国へと2023初夏 《後編》

「お客さんですか?」


 まさしく姿のその四字熟語がしっくり来る、顔立ちの整った青年がひょっこりと姿を現す。

 彼こそが『樹々』の主人、木全正人きまたまさとである。


 モアはカウンターの上に並べられたサンプルを触りつつ、美葉を質問攻めにしていた。

 木の材質にこだわる家具作りは、モアにとっては未知の領域。


 できることなら一生使えるものとしたいので、選ぶ側としてもどうしても熱が入ってしまうもの。

 地球ではない『ものすごく遠い星』出身のモアには、全てが刺激的で学びである。


 美葉はモアに見えないようにそっと胸を撫で下ろした。

 正人の登場により一旦小休止が取れる。


 熱心に聞いてくれるモアの態度は、聞き流されるよりはありがたく思う反面、自らが誤った知識を伝えてはいないかとプレッシャーにもなってしまう。

 斜め上の、想像していなかった角度からの質問まで飛んでくるのだ。


 しかし美葉は豪胆さも兼ね備えているので、モアに提供しようとして阻まれたコーヒーを啜りながら「これもまたいい経験ね」とも思った。


 今後海外のお客様を相手取ることもあるだろう。

 過去に(『樹々』のデザイナーとしてではないが)中国人と商談することもあった。

 日本語で十二分にコミュニケーションが取れて、日本で日常生活を送っているモアは、比較的楽な相手、とも言えるかもしれない。


 特にヒノキが気に入ったらしい。


「我こそは宇宙の果てよりやってきた侵略者、アンゴルモアだぞ! 気軽にモアと呼ぶといい!」

「僕はここで家具職人をしている木全正人といいます。挨拶が遅れて申し訳ございません」


 正人は作業に集中すると周りの音が聞こえなくなってしまう。

 モアの来訪には気付けずにいた。

 こうして作業にひと段落ついてからようやく、話し声がすることを訝しんで、こちらまでやってきたのである。


 メリットとしては作業効率の高さが挙げられるだろう。

 一つ一つの作業に情熱をかけて打ち込む――職人として正しい姿とも言える。


 デメリットとしてはあまりにも集中しすぎてしまい、日常生活すらおそろかになってしまうことだろうか。

 正人はアラームをセットし、そのアラーム通りの生活をしていた頃もある。

 その頃はイレギュラーな出来事が起こると錯乱してしまうほどに、自分を律していた。


 丁寧に頭を下げられたモアは「我も連絡なく来てしまったからな。大きな買い物なのだから、計画的にすればよかったと反省しているぞ」と視線を落とす。

 実際に美葉の解説を聞いていて、身の引き締まる思いがしたのだ。

 不意にやってきてどうのこうのという問題ではなかった。


 木が育つのには時間がかかる。

 一朝一夕で材料として使用できるような姿になるわけではない。


「ああ、失礼しました! 私は谷口美葉たにぐちみよと申します」


 二人のやりとりを傍目で見ていて、どうも言い忘れていることがあるぞと思い至った美葉である。

 木材の名前と特徴をスラスラと語っておきながら自分の名前を名乗らないとは、自分もまた反省しなくてはなるまい。


「キマタと、タニグチ……二人は夫婦ではないのか?」


 モアが疑問を投げかけると、二人が揃って頬を赤らめた。

 どちらが先に話すべきか、目線で譲り合っている。


「ふむ」


 なんとなく空気を読んだモアは「では、ベッドの予算についてだが」と話を切り替えた。

 貯金箱をこじ開け、カウンターの上に五百円玉を撒き散らす。


「わあ、すごいですね!」


 正人が褒めてくれるので、モアは機嫌よくふんふんと鼻を鳴らした。

 とはいえ「これで足りるだろうか……?」と不安にはなる。


「えっと、何枚あるかな?」

「数えてないぞ!」


 数えていないのである。

 これで足りないとなると、非常に気まずい。


「ええと……」


 美葉がざっと見た感じでは、足りていない。


 ヒノキは非常に高価な材木であり、さらにキングサイズとなると長さも必要となってくる。

 手付金としては、まあ、申し分ないけども、これを完成させるとなると――


「難しいのだな」


 美葉が口篭っているのを見て、察する力の強いモアは、カウンターに広げた五百円玉を貯金箱に押し戻す。

 それから「邪魔をした。はちみつレモン、美味しかった。失礼するぞ!」と言い放って『樹々』を後にした。


 そして前編の体育座りat ひまわり畑の前、に繋がる。


 モアの『ものすごく遠い星』には貨幣が存在しない。

 経済は物物交換で成り立っていた。


 美葉の思考に「足りていない」の文字を読み取った時、イコール、購入は何が何でも無理、とモアは解釈したのである。


「すみませーん!」


 やはり人類は滅亡させるべきではと思うモアの元に、足音が近づいてくる。

 走って追いかけてきた美葉だった。


「あの、モアさんのお話を聞かせてもらえませんか?」

「我の?」

「ええ。私たちの『樹々』では、お客様に寄り添って、家具を作っていきたいので……」


 先ほどは、木材の話しかしていなかった。


 人には人の生活があり、その人の生き方、人生を支えていきたい。

 個人経営の『樹々』を順調に続けていくためには、人と人とのつながりも大事にしていかなくてはならない。


 もし、いま手持ちがなくとも、……ここは販路を広げるという意味で、経営戦略として、宣伝の一つとして、宇宙人に売るのもありではなかろうか?


「いいぞ! 我とタクミの出会いから、全てお話ししよう!」

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