砂状の楼閣 《後編》

 大会の日になった。

 モアに半ば引きずられるようにして、辰巳国際水泳場に到着する。


 男の水着姿は興味ねェし見たかないけど、女子の部もあるだろうしプラマイゼロってことで。一緒に暮らしていればなんというか、思い入れ? みたいなものができるんじゃあないかって初日の夜は思ってたんだけどさ。


 全然そんなことなかったな。


 どんどんモアと仲良くなりやがる。第一印象めちゃくちゃ悪かったくせに。こうして自ら進んで「現地まで応援しに行くぞ!」と言い出すぐらいには親密度が上がっていた。二人きりのプールは避けられたからいいか。いやよくねェわ。風呂上がりのモアをバッチリ目で追ってたの、知ってるからな。モアに気付かれて「あんた、化粧そのままなんだな」なんて言ってたけど。モアはモデルとして活動している十文字零さんの姿を丸々コピーしたから、化粧オフっていう概念ないからさ。すっぴん状態の画像を知らないから、風呂入る前も上がった後もキメキメのメイク後のままになる。まあびっくりはするよな。


 俺やモアは酒を飲まないけど、安堂くんは酒を飲む。おばあさまが「あらー、久しぶりに呑んじゃおうかしら」と付き合っていた。おばあさまは大好きな映画の話を語り、安堂くんがそれに対してなんやかんやと話していたからどっちかっていうとおばあさま安堂くんがのほうが正しいかもしれないな。


 という感じで、家の女さんたちと上手いことやっていくもんだから、俺としては「もうさっさと帰ってくれ」と念じ続けていた。ほんっとーに面白くない。マイル先輩のところのゲーミングハウスに泊めてもらえないかと頼んだら「チームの部外者はちょっと……」とやんわり断られた。大学院の研究室の後輩っていう立場では弱すぎるらしい。練習生になるつもりもないし。


「ふむ?」

「どうしたの?」


 モアは立ち止まる。迷ったわけじゃあない。メインプールの上の階にある応援スペースまで辿り着けている。あとはテキトーに空いている席を選んで座ればいいだけの話。

 俺がモアの視線の先を見やれば、クソでかい横断幕を掲げている集団がいる。そこに書いてある名前が〝安堂明人〟とあるから、あの辺の人たちはみんな安堂くんを応援しているんだろう。


「我らもアキトを応援する友人として、あの集団の仲間に入れてもらおう!」

「えー……」


 俺は友人となった覚えはない。たまたまおばあさまの知り合いのネットワークに安堂くんが引っかかっていただけの話。一時的な同居人だし。モアは安堂くんのことを友人だと思ってんのかもしれねェけど。俺は別に。


「タクミはもっと、交友関係を広げる努力をするべきではないか?」


 なんか宇宙人に諭されている。それはそうかもしれないけど、友人になる相手を選ぶ権利はあるじゃん。あんな、男の俺に手を出そうとしてくるようなやばい奴とは仲良くなりたくないよ。そいつを応援しているような人たちってどんな人たちなんだろ。……あ。


「よし、行こう」


 前言撤回。


「?」

「その努力をするんだよ」

「おお!」


 疑問符から感嘆符へと変わったモアを従えて、安堂くん応援団のうちの一人と思しき黒髪赤目でややきつめな顔つきのポニーテールの美女へ「隣に座ってもいいですか?」と話しかける。こっちを向いた瞬間にいい匂いがする気がした。美女、ハイブランドの香水を使いがちだよな。


「いやよ」

「はい?」


 断られた。

 なんで?


「二人分は空いてないもの。他の席に行ってもらえるかしら?」


 どうやら俺にくっついてきているモアにも配慮してくれているようだ。なんて優しいんだ。言い方はきついけど。まあ、モアは安堂くんが見えればいいだろうからどこでもいいでしょ。


「タクミ」

「何?」


 振り向かずに返事だけした。見なくてもわかる。モアはきっと口をへの字に曲げているだろう。


 だから俺は目の前の美女を見ていた。鳥取は砂丘もあって日差しも強いだろうに、綺麗な肌をしている。鳥取の人なのかな。安堂くんを応援している集団の一人だとして、安堂くんとはどういったご関係なんだろう。顔立ちは似てないから兄妹ではなさそうだし。彼女――だったら、まずいか。まずくはないか? 安堂くんもモアを落としにかかってたし。そういうことをしてくるってことはおそらく彼女じゃあないってことでいいかな。


「……我のボーイフレンドが失礼した。我は安藤モア! アキトは我らの住まう四方谷家で預かっていた!」


 あっ、こいつ全部言いやがった!

 我らの住まうって我が城みたいな言い方するじゃん。

 お前は居候の身だろ。


「あら、そうだったんですか!」


 目の前の美女ではなく、その美女に瓜二つの――こちらは穏やかな目つきをしていて、雰囲気がほんわかしている。こっちのほうがタイプかもしれない――女の子がこちらに気付いた。双子の美女かな。いいなァ。二人と仲良くしたい。ここじゃあなくて、別の場所に移動してさ。


「タクミ?」

「痛い痛いたい」


 二の腕をつままないでくれ。二人とも「「?」」ってなってるじゃん。やめろ。俺なんも言ってないのに。急に彼女から暴力を受けてる変な人になっちゃう。


「うむ! 皆もアキトを応援しているのか?」

「そうです。君たちが四方谷さんのご家族と。アキトが世話になりました」


 可愛い女の子とだけお話ししたいのに男が登場した。こわ。ボディーガードかな?

 世話になりましたと言って頭を下げてくる。安堂くんよりは対話できそうだ。ポニーテールが垂れ下がる。そう言われても、俺たちが何をしたってわけじゃあないから「いえいえ」と言うしかない。


「何か、面倒ごとは起こしてませんよね? もう……ホテル暮らしにしようって言ったんですよ!」


 その集団の中では一番年上に見えるおじさんが口を挟んできた。

 俺もそうしてほしかったな。


「アキトからいろんなおはなしが聞けて、我は楽しかったぞ!」

「それなら、よかったのですが」

「こうしてプール部の晴れ舞台を見られるのだからな。アキトが泊まらなければ、この場所に来ることもなかったぞ!」

「プール部?」


 会場内にアナウンスの音声が流れ始めた。

 そろそろ大会の開会式が始まるらしい。


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