すいかゲーム 《後編》
「すずよ、どちらがダイスを握るのじゃ?」
どうやら『すいかゲーム』はサイコロを使用するらしい。通常のすいか割りにはない要素だ。
ぼくはさっちゃんと目を合わせて相談する。さっちゃんが「わたしがすいかを叩きます」と前へ出て、アイから目隠しを受け取った。あちらはタクミさんが目隠しを手に握っている。
今回、ぼくたちは負けなくてはならない。すいか割りは力のある男がプレイヤーとなったほうが、割れるまでの回数を減らせる。女子供では力一杯叩いたとしても、そのバットはすいかの表面に弾かれるだけで割れないことだってあるぐらいだ。一見簡単なようでいて、実は割るのにコツがいる。すいか割りというゲームは奥深い。
「順番にサイコロを振り、出た目の数だけ相方に指示を出せるぞ!」
モアさんから渡されたのは、ごく一般的なサイコロだ。1の裏側に6があり、2の逆側には5、3の反対には4と、足せば7になる組み合わせで作られている。耳を近づけて振ってみたり、転がしてみたりしたが、正しくサイコロの動作をした。砂浜ではうまく転がらないので、バーで見るような丸テーブルがいつのまにか出現している。
ギャンブルを、というよりは、イカサマを極めた人間ならば、サイコロの出る目をコントロールできるものらしいけど、ぼくにはできない。そのような足掻きはギャンブルを愚弄しているようなものだとも思う。
「バットを振り下ろせる回数は3回まで。お互いに3回を使い切ってしまっても割れなければ、サイコロで出た目を足した数の多いほうが勝ちだぞ!」
そのルールなら、サイコロを一度も振らずに、ゲームスタート開始の段階でこの場でさっちゃんに3回バットを振らせればぼくたちの負けになる。が、それはアイが許さないだろう。アイの機嫌を損ねるのはよくない。少なくとも、一回は振ってからがいい。
「ルール説明はこれでいいか?」
ぼくは念の為、タクミさんの持つバットを「ちょっと借ります」と確認してみる。ルールからして、双方ともにランダム性があり、モアさんとタクミさん側が不利とは思えない。けれども、三日間負け続けている。
とすると、勝利条件にある『すいかを割る』という行為ができなくなっているのではないか。タクミさんが持たされているバットが見かけ倒しで、たとえばやわらかい素材でできているとすれば、どれだけ強く叩いてもすいかは割れないだろう。
しかし、タクミさんから借りたバットはさっちゃんに渡されたものと同じだった。成人男性が3回振り下ろせば、すいかなんて割れるに違いない。
「すずは賢い子だから、今のですべてわかったじゃろ」
アイが急かす。ぼくはタクミさんにバットを返し、目隠しする前のさっちゃんに「必ず見破るよ」と伝えて、所定の位置、丸テーブルまで戻った。
「それでは『すいかゲーム』を始めるとするかのう」
「我から振るぞ!」
えいっ、と放られたサイコロ。
出た目は1。
「タクミ! その場で1回ジャンプしろ」
「えぇ?」
「指示だぞ!」
モアさんに従い、目隠ししたままピョンと跳ねるタクミさん。無論、一歩も進んでいない。
「……移動の指示では?」
「準備運動は必要だぞ!」
なるほど。指示って、それでもいいのか。
「では、すずの番じゃな」
「よし」
1より小さな数字はない。ならば、1を狙えばいい。ぼくはぎゅっとサイコロをおにぎりのように握ってから、放る。
出た目は3。……まあ、多くもなく少なくもなく。
「さっちゃん、3回スクワットして」
ぼくの指示に「異議ありだぞ!」とモアさんが手を挙げる。
「すいかを割らなければならないのだぞ?」
「準備運動は必要、ですよね」
「……ふむ」
ちょっと意地悪だっただろうか。モアさんは口をへの字にする。その間、さっちゃんは難なくスクワットをこなした。
「面白くなってきたのう!」
見届け人のアイは手を叩いてはしゃいでいる。モアさんは「2投目だぞ!」とサイコロを乱暴に丸テーブルへ投げた。
出た目は、1。
「三点倒立しろ!」
「ええっ!?」
「1回でいいぞ!」
二度目の1。……まあ、そういうこともあるだろう。バットを砂浜に倒し、三点倒立するタクミさん。さっちゃんは目隠ししているので、その様子を見ているのはぼくとアイとモアさんの3人+たまにくる野次馬。
「いきます」
ぼくのサイコロは、無慈悲にも6を空に向けた。勝たなくてはならないのなら大きい目が出たら喜ばなければならないが、今回は負けるが勝ち。
「6だぞ?」
モアさんがニヤつく。ここまでの合計数はモアさんが2でぼくが9。ぼくのほうが多いから、このままではぼくが勝ってしまう。なんとか少ない数字を出して、モアさんが大きな数字を出すのを祈るしかない。
「さっちゃん、6歩前に進んで」
まったく動かないのも怪しまれる。ぼくはさっちゃんに前進の指示をした。さっちゃんはペンギンの歩幅で進む。すいかまでの距離はまだある。
「我の番だぞ!」
進んだのを見て、モアさんがサイコロを転がした。
三度目も1。
「今度は何してもらおうかな……」
イタズラっぽい笑みを浮かべている。
6面ダイスで3回も1が続くか?
正しく作られているサイコロであれば、こうはならない。あるいはモアさんが特殊な投げ方をしている――ようには見えなかった。ぼくはモアさんのサイコロを凝視する。
(全部1だ……!)
気付いてしまった。6面ともに・がひとつしかない。そんなイカサマダイスが……もしや、モアさんは、最初から『すいかゲーム』に勝利する気がない……?
「前転しろ」
「砂浜で?」
「そうだぞ!」
勝つ気がない相手に負ける方法。普段と、逆。逆転の発想をしなくちゃ。
このままではぼくの数字は増え続け、モアさんは1ずつしか増えない。
イカサマダイス……1より少ない数字……。
イカ……?
「そうか!」
閃いた。
相手が1しか出さないのならば。
1より少ない数字、0を出せばいい。
「アイ、サインペンを出して」
「ほう?」
「サイコロに細工してはいけない、ってルールはないよね?」
「まあ、そうじゃな?」
相手がやっているのだから、ぼくがやってはいけないはずがない。アイがどこかから取り出したサインペンで、ぼくはサイコロのすべての面を塗りつぶした。
ただの黒い立方体の完成である。
「これでぼくのさっちゃんは、何ターン経過しようともその場に停滞し続ける。ぼくたちの負けですよ、モアさん!」
ここまで堂々と敗北宣言するのも、なかなかできない経験だと思う。
「ふむ」
モアさんは、勝ったというのに「アイの力で、タクミとエンドレスなエイトを楽しみたかったのだがな……ここでおしまいか……」と残念そうにしている。やっぱり勝とうとしていなかった。エンドレスなエイト、無限すいか編終了。
「信じてたよ、すずくん」
6歩進んでいたさっちゃんが、目隠しを外して戻ってくる。タクミさんは「やっと帰れる……!」と喜んで、その場に倒れ込んだ。
「なるほど。見事な負けっぷりじゃな。正直、こやつらのいちゃつきを見ているのも飽きていたところだ。助かった」
「それはよかった」
アイも付き合わされていたのか。本心を白状されて「そうだったのか!?」とモアさんだけが仰天している。
ゲームには負けたけど、勝負には勝ったので、よしとしよう。
コラボマッチ 『すいかゲーム』
勝者・安藤モア&参宮拓三
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