第3話 初の陣

 『蟹型怪獣タラバン』の巨大ハサミがコンクリートの海岸に勢い良く突き刺さる。上陸するようだ。


 六枚の羽根で離陸した『ニ・モ』はそれを捉えている。



「あった。」


 機内の平太郎は、おしりの下に手を潜らせ、説明書を引き抜く。


 説明書を開きながら、右側にあるつまみを捻る。


「うわっ!」


 前面のモニターいっぱいに蟹怪獣のグロテスクな口が表示された。


「どうした!?」


「何でもない。」


 源三にそう返事をして、つまみを反対方向に捻る。


 今度は座席の下からレバーを目の前まで引き上げた。どうやらこのレバーで照準を合わせるようだ。


「そろそろ射撃を開始してくれ!タラバンが居住区まで行っちまうぞ。」


 源三にせかされ、照準を真っ赤な鎧のような背中に合わせる。


 画面を見ながら、レバーに付いている引き金状のボタンを引く。


「これでもくらえ!」


 『ニ・モ』から放たれた三発の弾は見事、タラバンの背中に命中。


 背中から蒸気を上げてはいるが、歩みは止まらない。


「あれ?」


「Bの弾に変えて、関節を狙うんだ!」


 前の席からそう聞えたので、左側にあるボタンで弾丸の種類を変更。


「関節なんてピンポイントに狙えるのか?」


 不安ながらに蟹怪獣の後ろ脚に狙いを定める。


「当たってくれよ!」


 緊張して動く手を、もう片方の手で固定しつつ撃つ。


 弾丸は、真っ直ぐな直線を描き一番後ろの左脚に直撃。


 見事。狙った脚はもう動かない。 


 

 足を引きずる『タラバン』は進行を止め、その巨体ごと目線を上げて『ニ・モ』を凝視する。


 モニター越しに目が合いゾッとする。


 「なんかまずそうだよ。じいちゃん!」


 『タラバン』は平太郎達を目がけて濁った泡を一気に放出した。


「ちょっとばかし揺れるぞ!」


 モーター音が機内に鳴り響く。


 源三はフルパワーで稼働させて泡の隙間を縫うように動き回る。


 逃げ惑う機体を、次から次へと無数の泡が追った。



 逃げているだけでは埒が明かないと思った平太郎。後ろ向きに射撃する。


「ん?」 

 

 なんと、弾が貫通した泡はその場で爆発した。


「もしかすると...!」


 彼の中で一つの攻略法が浮かんだ。


 確証はないけれど、勇気を出して聞いてみる。


「...ねえ。あいつの目の前までいける?」


「ああ。行けるとも!」


 二つ返事の答えが聞こえて、自信が湧いた。覚悟を決める。 


 『ニ・モ』は急降下して泡の出どころである口元に向かう。


 それに気が付いた『タラバン』は巨大ハサミでメカを振り払う動作を見せた。


「させるか!」


 ハサミの生え際に狙いを定め、出来るだけ沢山の弾丸を放つ。


 蜂の巣状態になった前脚の関節は蒸気を上げている。


 集中砲火を受けた前脚は千切れ、地面に落下した。


「今だ!」


 源三が合図を送る。


 その巨体はハサミを失った衝撃で怯み、口元には髭のように黒い泡がしたたっていた。


 すかさず、そこに一発。



 

 爆風が二人を乗せた『ニ・モ』を上空に吹き飛ばす。


 多段爆破に飲み込まれた『タラバン』は、真っ黒に焦げて顔面を失っていた。




「倒したの?」


「多分な。」


 空に押し出された二人には地上の様子がわからない。


 だが、平太郎の心はスッと爽快な気分で満たされている。


 初めて何かを達成したこと、成果をだしたことが途轍もなく嬉しいのだ。


 その気持ちを大空の中でひたすらに嚙みしめている。


「本当に倒したんだよね?!」


「そうだよ。お前が倒したんだ。」


 二人だけの空で平太郎は、何度も何度も聞き返した。



「お疲れさん。見事だったよ。」


「初めてだとは思えなかったよ!」


 地上で待つ源三の職場の二人が『ニ・モ』から降りた平太郎に声を掛ける。


 褒められている本人よりも後ろの源三の方が嬉しそうな顔を浮かべていた。


「ねえ社長?」


 若い女性の職員が提案をした。


「この後、みんなで打ち上げに行きません?」


「そうだね。あんなに大きいのを倒したら、大金が入ってくるもんね。」


「もう!社長はいつも現金なんだから。」



 平太郎歓迎会は日が沈み、街の光が消えるまで行われていた。

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