第33話 side深月


「えーと、見てるつもりなんだけど⋯⋯。足りてませんでしたでしょうか?」


 私が怒ってると思ったのか、朱莉がわかりやすく動揺している。あからさまに目が泳いでるし、うっすら汗もかいていて焦ってるようだ。

 そんな様子の朱莉を見て可愛いと思ってしまう自分もいて、我ながら大概だなと思う。

 

 別に怒ってるわけじゃないんだけど。

 でも⋯⋯。

 

「全然足りてない」


 納得してるわけでもない。

 

「うぐっ⋯⋯。深月、ヒントください!」

「ヒント出して本当にわかるの?」

「うぅ、既に信用を失っていらっしゃる⋯⋯」

「⋯⋯はぁ」


 ヒントっていうか、散々答えを言ってるのに。

 どうしたら伝わるのか、こっちが教えてほしいくらいだ。

 朱莉はなにか言いたいことがあるのか、気まずそうにしながらも私のことをうかがい見ている。


「朱莉、なに?」

「えっ? なにが?」

「じーっと見てくるから。なにか言いたいことあるのかなって思ったんだけど違うの?」

「あぁ、ごめん。怒ってても深月って可愛いなぁって思ってつい見ちゃった」 

「っ⋯⋯⋯⋯はぁぁぁぁ、もう本当にそういうとこ」


 もぅ、この無自覚天然⋯⋯、本当にタチ悪い。

 これもう我慢しなくて良くないかな? 理性切れても私のせいじゃないと思うんだけど。

 

「めちゃくちゃ深いため息吐くじゃん」

「朱莉のせいでしょ」

 さすがにジト目になるのは許してほしい。

 

「うっ、ごめんなさい⋯⋯。深月さま、お願いだからどうかヒントくださいぃぃ」

 叱られた子供のようにしょんぼりする朱莉を見て、ちょっぴり罪悪感が芽生えた次の瞬間、ベッドの上で寝転がっていた朱莉がいきなり土下座して懇願してくる。

 慌てて顔を上げさせて止めたものの、そこまでされたらもう私が折れるしかない。

 

「もー⋯⋯。ヒントってどうすればいいの?」

「そもそも、なんで怒ってるか教えていただくというのはいかがでしょう?」

「⋯⋯それもう答えだから。少しは考えてよ」

 朱莉が考えてわかるわけないのはわかってるし、なんならその点には期待してない。

 してはないんだけど、やっぱりちゃんと考えるくらいはしてほしいと思うのは⋯⋯、私のわがままだろうな。

  

「うぅ、だってぇ」

「もういい。ここまで来たら絶対教えない」

「えぇ!? そんなぁ!」

 わがままを言ってる自覚がある私は、少しだけ気まずい思いで、つい朱莉から目を逸らしてしまう。


「深月、ごめん。わたし、どうしたらいい?」

「⋯⋯」

 顔を逸らしてしまった私には、朱莉がどんな表情をしているのかわからない。それでも焦った朱莉の声が、私の罪悪感を刺激する。


 ⋯⋯はぁ。こんなのダメだよね。

 わかってる。朱莉はなにも悪くない。


「朱莉」

「なっ、なんでしょうか⋯⋯?」

「私もベッドいっていい?」

「えっ!?」

「⋯⋯ダメ?」

「もちろんダメじゃない! ごめん、ちょっとびっくしただけ。深月おいで」

 

 私がいきなり話を変えたせいか驚いた表情を浮かべた朱莉は、気まずそうにする私を笑顔で受け入れてくれる。私は差し出された朱莉の手を握り、朱莉と一緒にベッドに横になった。

 


「深月、もう怒ってないの?」

「元々怒ってない」

「えー⋯⋯? 怒ってないなら、どうしたの?」

「どうもしないよ。朱莉はなにも悪くないから気にしないで」

 わかってほしいって思うのは、私のわがままだから。それで朱莉を振りまわすのは、なんか違う。


「でも深月、怒って⋯⋯、ないのかもしれないけど機嫌悪かったじゃん」

「機嫌悪いわけでもないよ」

 気持ちを伝えても伝わらなくて、どうしたらいいかわからなくて、勝手にイラついて。ちょっぴり寂しかっただけ。


「じゃあなに?」

「⋯⋯朱莉しつこい」

「えっ!?」

「もういいんだってば」

「だってぇ、深月普通じゃなかったし。わたしのせいでああなったなら、わたしまた気づかずにしちゃうかもしれないし。やっぱり気になるよ」


 もういいのに。原因はたしかに朱莉だけど、そういう朱莉を好きになったのは私で、朱莉はなにも悪くない。

 私の気持ちを押し付けたくなってしまうのも、伝わらないことに少しだけイラつくのも、問題は私にあって悪いのは私だ。


「だから、深月がなんで怒ってたのかちゃんと知りたいし謝りたい」

 朱莉が私の左手を握りながら見つめてくる。困ったような表情で、眉毛はすっかり下がって落ち込んでるようだった。


 こんな顔、させたいわけじゃないのにな。


「じゃあキスしてくれたら話してあげる」

「ふぇっ!?」

 私はからかうように自分の唇に指をあて、にっこり微笑んだ。


「知りたいんでしょ?」

「えっ、あの、いや⋯⋯、えっ?」

「麻里ちゃんとはできて、私はダメなんだー?」

「いや、麻里とは、その、幼馴染だし。それに子どもの頃の話だし⋯⋯」

「この間カフェでしてた」

「うっ、あれは麻里が」

「はーやーくー」

 自分の唇にあてた指で、トントンと催促するようにたたく。それを見た朱莉は、少しずつ顔が赤くなっていった。


「うぅ、でも⋯⋯」

「あはは、朱莉顔真っ赤。冗談だよ」

 今回は動揺する朱莉が見れたし、もういいかな。これで少しは意識してくれるといいんだけど。


「えぇ、深月ぃ」

「ごめんごめん。本当に冗談だからさ。麻里ちゃんと私が違うのもわかってるから。意地悪言ってごめんね」

「⋯⋯話は?」

「まだ言ってる。もういいってば。そろそろ寝よ――」


 言いかけた私の言葉を朱莉が塞いだ。


 唇にあたる柔らかい感触。目の前に迫った朱莉の長いまつ毛。鼻腔をくすぐる甘い香り。

 目をつぶる暇もなく、自分になにが起きたのか気づいたときには、私は朱莉にキスをされていた。


 それはほんの一瞬の出来事で、離れていく朱莉の顔を呆然と見つめてしまう。


「⋯⋯」

「なんか、ちょっと恥ずかしいね」

「⋯⋯」

「深月?」

「うん。なに」

「キス、したんだけど?」

「わかってる」 


 そんなの、もちろんわかってる。かろうじて動き出した思考回路が必死に処理をしようとするが、あきらかに追いついていない。いまだ私の頭は限りなく真っ白だ。


「わたし、初めてだったんだけどなー」

「えっ?」

「キスしたの」

「麻里ちゃんとしてた」

 目の前でしてたわけだから、初めてなんてそんなわけはない。

 

「あれはほっぺたにだし」

「えっ?」

「ねぇ、なんで深月そんな普通なのー」

 朱莉はちょっぴり不満そうな様子で私のティーシャツを引っ張る。


「口にしたの、深月が初めてだよ」

「私が、初めて⋯⋯?」

「わたしのファーストキスの相手、深月だから」

 朱莉の照れたような表情に、私の心臓が爆発しそうになる。


 

 なにそれ。そんなの。もう、無理なんだけど。



 朱莉にキスされて、必死で動こうともがいていた私の思考回路が、完全に停止した。




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