第32話
夏休みに入り、私は朝から駅に来ていた。夏休みだから遊びに行く! というわけではなく、今日の目的は別にある。まさに今、その目的が改札を通り辺りを見回していた。
「深月、こっちこっち」
私は改札から出てきた深月に声をかける。久々に会う深月は、わたしを見つけると笑顔で駆け寄ってきた。
うん、今日も深月は抜群に可愛い。
今日は結構な量が出た夏休みの課題に、早めに取り掛かろうと深月がわたしの家に泊まりに来ることなっていた。正直ひとりだと色々と辛いので非常に助かる。
「朱莉おはよう」
「おはよう。ちょっと久しぶりだね」
「うん。学校がないのって、結構寂しいかも」
なるほど。これが優等生とわたしの差か。学校が休みで、嬉しいしかなかったんだけど。深月は学校好きなんだ。
いや、決してわたしも嫌いではないよ? 学校があれば友達にも会えるし。
けど! 夏休みなんて、どう考えてもワクワクしかなくないかなぁ!? お祭りとか花火とか!
あっ、プール行く水着もまた買いに行かなきゃならないんだった。
とにかく! イベント目白押しなんだよ!?
決して、わたしが不真面目なわけじゃない⋯⋯と思うんだよね!
それなのに。なんで学校は、そんな楽しい時間に課題なんかで水を差すかなぁ。そもそも量が多いんだ――
「朱莉? ぼーっとしてどうかした?」
「――えっ? あっ、いや?」
ちょっとこれから待ち構える課題に、現実逃避してただけですよ?
「深月は学校好きなんだね。これが勉強出来る人とわたしの差かぁって思っただけ」
「学校が好きなわけじゃないよ」
「そうなの?」
「学校があれば毎日朱莉に会えるから」
わたし? 夏休みに入ってからだって毎日連絡してたのに。深月は寂しがりだなぁ。ひとり暮らしだから余計かな?
「なんでにこにこしてるの⋯⋯。絶対ちゃんと伝わってない」
「そんなことないよ! つまり、深月が寂しがりってことでしょ?」
いつも鈍いって深月と麻里は言うけど、これくらいわたしにだってわかるんだからね!
「⋯⋯はぁ。暑いし、そろそろ行こうか」
「あれ?」
えっ、違った? そういうことじゃない?
深月さん、置いてかないでせめて答え教えてくれません?
得意げに胸を張っていた私をよそに、深月がスタスタとわたしの家の方に歩いていく。
「朱莉、今日はやっぱり麻里ちゃんこれないの?」
わたしの家に向かいながら、深月が麻里の予定を確認してくる。
「うん。部活あるから、今日は来ないって言ってたよ。そうだ、水着買いに行く日また決めたいから考えといてって」
「そっか、わかった」
「麻里来ないの寂しい? 部活終わったら来れないか聞こうか?」
麻里だって1日中部活なわけじゃないだろうし。
「ううん。本当は頼りたいけど、悪いしいいかな」
「⋯⋯? 麻里になんかお願いしたいことでもあったの? わたし代わりにそれやろうか?」
「朱莉に、か⋯⋯」
そう言った深月は歩く足を止め、わたしの顔をじーっと見つめながらなにかを考えているようだった。
なっ、なに? そんな難しいこと頼むつもりだったの?
っていうか、やっぱり麻里には頼むんだ⋯⋯。
そんなわたしって頼りないかなー。悩むってことは、ないんだろうな。わたしだってちゃんと説明してくれたら――
「ねぇ、朱莉」
「えっ? あっ、なに!?」
「私が自分の気持ち我慢してたら、朱莉はどう思う?」
我慢? なにか深月が我慢してるってこと?
真剣な表情の深月に真っ直ぐ見つめられ、なんて答えるべきか少しだけ緊張する。
「深月がその我慢が辛いならしてほしくはないかな。我慢しなきゃいけないことなの?」
「どうかな。麻里ちゃんには、しなくていいんじゃないって言われた」
「そうなんだ⋯⋯」
麻里がいいって言うなら、少なくとも危ないことじゃないよね?
「じゃあ一旦やめてみたら?」
「いいの? 本当に?」
「それでやっぱりだめだなって思ったら、我慢しなくていい方法一緒に探そう」
「しなくていい方法⋯⋯、そっか。うん」
少し考えて納得できたのか、深月の表情に笑顔が戻ってくる。
良かった。なんとか解決できたかな?
「さっ、もう行こう? いつまでもこんなとこいたら熱中症になっちゃう」
「うん。朱莉、手繋いでいい?」
あれ? そういえば、深月が手繋ぎたがるの本当に久しぶりじゃない? どうしたんだろう。
「もちろんいいよ」
そう言って手を差し出してやれば、深月がその手を嬉しそうに掴み指を絡ませてくる。
わたしと深月は久々に手を繋いで、止めていた足をわたしの家に向けて動かした。
◇◇◇
「深月チョコとイチゴどっちがいい?」
あれから真っ直ぐ家に帰ったわたしと深月は、夏休みの課題を進め⋯⋯。
しっかりみっちり、結構本気で進めた。
深月さん勉強のこととなると、なかなかスパルタでいらっしゃる。
それは置いといて、今は夕飯もお風呂も済ませてわたしの部屋でくつろぎのアイスタイムだ。
「私はどっちでもいいから、朱莉が好きな味選びなよ」
「えっ、いいの?」
「うん。どっちの味も好きだし」
「んー⋯⋯。じゃあイチゴにしようかな」
「じゃあ私はチョコもらうね」
ふたりでラグの上に並んで座り、それぞれのアイスを食べる。
深月イチゴも食べたいかな?
「深月? はい、あーん」
わたしはイチゴのアイスをスプーンに乗せ、深月に差しだす。
「ふぇ!? えっ、あの⋯⋯」
「イチゴ。食べるでしょ?」
「えぇ⋯⋯。いいの?」
えっ、わたしそんなアイスひとりじめにするように思われてる? ちゃんと分け合えるし。
「深月、早く。アイス溶けちゃう」
「⋯⋯いただきます」
深月が遠慮がちに、わたしの差しだしたスプーンを口に含む。
「美味しい?」
「⋯⋯たぶん。味よくわかんない」
あー、チョコの前にイチゴ食べてからじゃないとチョコの味濃すぎてよくわかんないか。失敗した。
「食べる順番違ったね。もうひとくち食べる?」
「いや、そういうことじゃないから大丈夫。ありがとう」
えっ? 順番のせいじゃないの?
思わず首を傾げるわたしを見て、なぜか深月はため息を吐いている。
アイスを食べ終わって、わたしはベッドに転がっていた。朝から勉強をして、疲れた体に冷感シーツが心地いい。
「深月もおいでよ。疲れたでしょ?」
「あー⋯⋯、大丈夫。それより今日も一緒のベッドで寝るの?」
「そのつもりだけど。一緒に寝るのやだ?」
もしかして前回、寝相悪かったりしたとか?
っていうか深月背中向けて顔合わせてくれないんだけど。なんで?
「いや、決してそういうことではない、です」
「なんで急に敬語」
「なんとなく」
これじゃ本当にわたしと寝るの嫌みたいじゃん。
⋯⋯えっ? もしかして本当に嫌なの?
「やならお母さんに布団借りてくるよ?」
「本当にいやじゃない、けど⋯⋯」
「なに? 話してよ」
わたしは、ベッドに寄りかかる深月の髪をとかすように撫でる。
「⋯⋯好きな人と一緒に寝て、冷静でいられる自信ない」
深月の声は緊張しているようで、だんだんと小さくなっていく。
「なんだそんなことかー」
「えっ?」
深月が勢いよく振り返る。その顔は不安と期待が入り交じったような表情で⋯⋯、大丈夫わかってますよ。
「お泊まりとかやっぱりテンションあがっちゃうよね。大丈夫、子供っぽいとか思わないし。眠くなるまで付き合うよ!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ、やっぱり」
「えっ? ため息吐いてどうしたの?」
深月の様子が急におかしい。
「私、朱莉のこと好きだって言ったんだけど」
「⋯⋯? わたしも深月好きだよ?」
「あぁ、もう。どうしたらいいの本当に」
あれ? なんか深月怒ってる?
「朱莉、なんで? ちゃんと私のこと見てよ」
えぇ⋯⋯? なんで怒ってるの?
深月のことは、ちゃんと見てるはずなんだけど。
わたし、どこでルート間違えた!?
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