第31話 side深月
「深月これは? 濃いめの青でグラデーションなの綺麗じゃない?」
目の前で朱莉が、私の水着を楽しそうに選んでいる。さっきまで落ち込んでいたのに、表情をコロコロと忙しなく変えながら、水着を次々と手に取っていく。
「うん、綺麗だと思う」
「だよね! あっ、このワンピースのやつも可愛くない? でもこっちもいいなー」
――はぁ、可愛いなぁ⋯⋯。
「ねぇ、これ。深月聞いてる?」
「えっ? あぁ、うん。可愛いね」
楽しそうな朱莉に見とれて、ほとんど聞いてなかったなんて言えない。
「やっぱりこれも可愛いよね。んー、悩むな」
「うん、凄く可愛い」
私は、水着ではなく朱莉に対して気持ちを伝える。どうせ気づかないだろうとわかりつつ、それでも伝えたい想いが言葉に変わって口をついた。
「こういう感じの好き? 色は青っぽいのがいいと思うんだよねー」
「うん⋯⋯」
やっぱり気づくわけないか。
朱莉の鈍さは想像以上で、気持ちを伝えてもその言葉が朱莉に届かない。それに焦れたりする気持ちも正直あるけど、さっきのように鈍さが役に立つことを見せられると複雑だ。
っていうか、さっき落ち込んでたのってやきもちだったり、する? ⋯⋯そんなわけないよね。力になれないって言ってたし。
⋯⋯でも、麻里ちゃんのことも気にしてるみたいだったな。
いやいや、落ち着け。これはきっと、そうであってほしいって思う私の願望だ。
仮にやきもちだったとしても、私にじゃなくて幼なじみの麻里ちゃんに対してかもしれないし。むしろその方が可能性あるなぁ⋯⋯。
私は自分で出した結論に、自分でダメージを食らって勝手に落ち込む。こんな自己回収したくない。
「深月どうしたの?」
「えっ?」
「ぼーっとしてる。疲れちゃった?」
「ううん、そんなことないよ。ありがとう」
否定したあとも、朱莉は心配そうに私の様子を伺う。いつだって朱莉は私を気にしてくれる。本当に優しい。
朱莉の心配そうな様子に、悪いと思う反面嬉しく思ってしまう自分もいて。なんだか少しだけくすぐったい。
「大丈夫だよ。水着選ぼう」
「本当? 疲れたら無理しないでちゃんと言ってね?」
「うん。わかった」
水着選びを再開させた朱莉を目で追う。にこにこしながら水着を見比べていて、色とりどりの水着に囲まれて楽しそうで。そんな朱莉を見ていると胸が苦しくなる。
あぁ、だめだ。そわそわしてドキドキして、なんだかぎゅーってする。本当にどうしたらいいんだろう、この気持ち。
朱莉といるだけで嬉しくて幸せで、でもそれだけじゃもう足りなくて。
私のことだけ見てほしい。私のこと、好きになってほしい⋯⋯。
自分の気持ちを自覚した今となっては、よく気づかないでいれたなと思う。だってもうこんなの無理だ。
朱莉が可愛い。抱きしめたい。
「深月、なんか顔赤いけど大丈夫? 暑い?」
「朱莉が可愛過ぎて」
「えっ? わたし?」
「あっ、違う。いや、違くないけど」
思わず口をついて出た言葉に自分で動揺する。
「本当に大丈夫?」
心配した朱莉が私の腕にふれてくる。そんなこといつも通りだし、特別なことじゃない。けど今は。
「朱莉ごめん、今はさわらないで。なんかもう溢れて爆発しちゃいそう」
「えぇ!? どういうこと!?」
そんなの私のセリフなんだけど。朱莉にふれられたところが、熱を持ったように熱い。
自覚する前は朱莉に無防備にふれていた自分が信じられない。自分のはずなのに、別の人なんじゃないかとすら思えてくる。
「もしかして熱ある? さっきより顔赤いよ」
そう言いながら朱莉が私のおでこに手を当てる。
「⋯⋯っ!?」
「んー、ちょっと熱いかな」
おでこに当てていた朱莉の手が、そのまま下がって頬を撫でる。
「いや、朱莉ちょっと待って」
「深月? もう帰る?」
私にふれたまま、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「顔、近い⋯⋯」
なにこれ、私試されてるの?
理性が焼き切れそうなんだけど⋯⋯。
無自覚なまま、朱莉が私の身体に次々と熱を灯していく。
「おーい、ふたりとも水着いいのあったー?」
ひとり離れて水着を見ていた麻里ちゃんが、呑気に私と朱莉の元にやってくる。
「麻里ちゃん⋯⋯」
「えっ、なにどうしたの。みっきー顔真っ赤なんだけど」
「なんか深月熱あるっぽいんだよね。今日はもう帰ろう?」
「それはもちろんかまわないけど⋯⋯。みっきー大丈夫?」
全然、大丈夫じゃない。この幼なじみ、なんとかしてほしい。
「天然がこわい。無自覚の暴力」
「あー⋯⋯」
「えっ? 深月?」
朱莉がよくわからないと言わんばかりに、きょとんとしている。
そんな表情すらも可愛いと思ってしまうあたり、本当にどうしようもない。
「麻里ちゃん幼なじみでしょ。責任とって」
「そうしたいのは山々なんですが、いかんせん相手がこれじゃ、ねぇ?」
それは⋯⋯、わかるけど。
そんな簡単に直せないのはわかってるけど、このままじゃこっちの身が持たない。
「もー、本当に理性切れそうなんだけど」
「なにがあったかしらないけど、いっそのこと切っちゃえば? それくらいしないと進まなそうだし」
麻里ちゃんがいつものニヤニヤした表情で、無責任な誘惑をしてくる。
いや、さすがにダメでしょ。
「ねぇ、わけわかんないこと言ってないで早く帰ろうよ」
痺れを切らした朱莉が私の腕を取り、首筋にふれてくる。
「ほら、さっきより熱い」
もしそうなら、それは朱莉のせいだ。
「あぁ、そういうこと。なるほどね」
「麻里ちゃん⋯⋯、納得してないでなんとかして」
「んー、やっぱりそのまま理性切っちゃえば?」
「えぇ⋯⋯」
そうして私は、心配そうな朱莉と楽しそうに笑う麻里ちゃんに囲まれしばらくの間、無自覚の暴力と必死に戦う羽目になった。
はぁ⋯⋯。このままじゃ、本当に気持ちが伝わる前に理性切れちゃいそうなんだけど⋯⋯。
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