第28話
ホームルームで配られた、期末試験結果を記した小さな紙切れ。夏休みを目前に控えた、学生の浮ついた心に水を差す為の悪意を感じる。
まぁ? わたしは大丈夫ですけど?
しっかり勉強した甲斐があった。中間よりずいぶん良くなった結果に、内心ガッツポーズだ。
「あっ、どうだったー? 見せて見せて」
麻里が自分の成績表を握りしめ、わたしの席に近づいてくる。
「ふふん、どうだ!」
「おー! はい、あたしの方が順位うーえー!」
「えー、麻里より早く勉強始めたのに負けた。なんでぇ?」
「いやいや、あたしも部活終わってから毎日勉強してるからね? 試験期間のときみたいに長く時間は取れないけどさ」
なるほど。つまり、日常的に勉強してるということか⋯⋯。
「深月はどうだった?」
わたしは後ろを振り返り深月に声をかける。
「えっ、あぁ。普通かな」
深月が渡してくれた成績表を受け取り、わたしは麻里とふたりで、その普通の成績表に目を通す。
そうか、この世界の普通は一桁順位なのか。しかも一桁前半。これ、なんて無理ゲーだろう。どこかに攻略本落ちてないかなぁ。
深月との次元の違いに、思わず現実逃避してしまう。
「うわぁ、さすが。長谷川さん、2年のクラス編成で特進クラスの選択、余裕なんじゃない?」
「別に私は普通クラスでいいかなぁ。朱莉と離れたくないし」
「えっ、わたしもう普通クラスで進級が確定してるの? 確かにわたしには、特進クラスなんて無理だろうけどさ」
「気にしてほしいのはそこじゃないし、そういう話じゃないんだけどな⋯⋯」
「まぁまぁ。朱莉相手にして、この程度でめげてたら話にならんよ?」
なぜか肩を落とす深月を、麻里がなぐさめている。
えっ? 今の会話のどこにそんな要素があった? むしろなぐさめられるの、わたしじゃない?
「渡辺さん、数打てば当たるみたいなやり方のほうがいいのかな?」
「いやー⋯⋯、量より質?」
「さっきのも結構ストレートに言ってるつもりなんだけど、まだ足りたいってこと?」
「そう言われるとなぁ。量も質も必要なのかな」
「はぁ⋯⋯。我ながら本当に難しい相手選んじゃったなぁ」
ふたりはさっきからなんの話してるんだろう。
「ねぇ、なんの話? ゲームかなんか?」
「あー⋯⋯、そうだね。難易度MAXの恋愛ゲームかな」
「渡辺さん、私真剣なんだけど」
「わかってるよ、そんな嫌そうな顔しないでよ」
麻里が苦笑いしながら深月に謝っている。相変わらずなんの話なのかわからない。
っていうか。
「深月、いつの間にか麻里相手にもずいぶん表情見せるようになったね?」
「えっ、そうかな?」
深月が首を傾げながら、自分の頬をむにむにしてる。うん、可愛い。
「あたし相手には嫌な顔しかしないけどね」
「えっ!? そっ、そんなことない⋯⋯、よね?」
「今みたいな焦った顔も見せてくれるかな」
「渡辺さんが意地悪するからじゃん⋯⋯」
麻里が笑いながら深月をからかう。深月は拗ねた様子を見せるが、カフェのときみたいな殺伐とした雰囲気はなかった。
「長谷川さんがあたしにも表情見せるようになったの気になっちゃう?」
「ん? んー、そうだね。気になる」
「えっ、それってどういう意味?」
深月が急に食いついてきた。
どういう意味?
「仲良くなったな、って?」
「朱莉はさ、長谷川さんとあたしが仲良くしても妬いたりしないの? 長谷川さんの笑顔、独り占めしたくない?」
「⋯⋯? なんで妬く必要があるの? 友達同士が仲良くなったら嬉しいしかないじゃん」
「あー⋯⋯ね。長谷川さん、数打つとその分こちらもカウンター食らってダメージ受けます」
「うぅ⋯⋯、身をもって体験しました⋯⋯」
「難易度MAX、諦める?」
「諦めない」
「即答か。いいね、頑張れ。応援するよ」
「うん、ありがとう」
麻里が嬉しそうに笑い、深月もそれに応えるように笑顔だ。
わたしはそんなふたりを見て⋯⋯、謎を深める。
えっ、本当になんの話? わたしの親友と幼なじみがなにを話しているのかわからない。
「ねぇ、麻里ぃ。なんの話してるのー」
「そのうちわかるだろうから、今は大人しく待ちなさい。なにより朱莉に理解させるなんて、めんどくさくてやりたくないわ」
「急に見捨てた!?」
「そんなことよりさ?」
「そんなこと扱いされた⋯⋯。なに?」
「3人でプール行かない?」
突然別の話をしだした麻里の手には、いつの間にか3枚のチケットが握られていた。
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