第3章

第27話


「朱莉、なんで? ちゃんと私のこと見てよ」


 今わたしは額を伝う冷や汗を拭うことなく、気まずい気持ちで視線をさまよわせていた。

 なぜなら、どうやらわたしが深月を怒らせてしまったみたいだからだ⋯⋯。

 更に悪いことに、わたしは目の前にいる深月がなぜ怒っているのか理解できずにいた。


 夏休みに入り、深月はわたしに課題を教えるついでに泊まりに来ていた。ご飯食べてお風呂を済ませて、さっきまで部屋で楽しくおしゃべりしてた、はずなのに。

 

 なぜだろう。いつの間に? どこでバッドエンドルートに入った? お風呂あがりのアイスは、イチゴじゃなくてチョコを選ぶべきだったのだろうか。それともアイテムをどこかで取り忘れた⋯⋯?


 あぁ、もう。現実逃避してる場合じゃないぃぃ。


「えーと、見てるつもりなんだけど⋯⋯。足りてませんでしたでしょうか?」

「全然足りてない」

「うぐっ⋯⋯。深月、ヒントください!」

 顔の前で手を合わせ懇願する。

 これ以上考えても答えはわからなそうなので、すぐさま白旗をあげる。無駄にあがくよりさっさと答えを出して深月に謝りたい。


「ヒント出して本当にわかるの?」

「うぅ、既に信用を失っていらっしゃる⋯⋯」

「⋯⋯はぁ」


 ため息混じりに深月が呆れたような視線を向けてくる。あっ、そういう顔も可愛いですね。余計に怒りそうだから言えないけど。⋯⋯やっぱり言ったら怒る、よね?


「朱莉、なに?」

「えっ? なにが?」

「じーっと見てくるから。なにか言いたいことあるのかなって思ったんだけど違うの?」

「あぁ、ごめん。怒ってても深月って可愛いなぁって思ってつい見ちゃった」


 あっ、しまった。言っちゃった。

 

「っ⋯⋯⋯⋯はぁぁぁぁぁ。もう、本当にそういうとこ」

「めちゃくちゃ深いため息吐くじゃん」

「朱莉のせいでしょ」

「うっ、ごめんなさい⋯⋯。深月さまぁ、お願いだから、どうかヒントくださいぃぃ!」

 

 もうなりふり構っていられず、正座に座り直し、土下座しそうな勢いでお願いする。もとよりプライドなんて持ち合わせていない。

 勢いよく頭を下げるわたしを、深月が慌てて止めに入る。

 しまった、余計に気を使わせてしまった。


「もー⋯⋯。ヒントってどうすればいいの?」

「そもそも、なんで怒ってるか教えていただくというのはいかがでしょう?」

「⋯⋯それ、もう答えだから。少しは考えてよ」

「うぅ、だってぇ」

 そもそも普通のヒントでわかるなら、こんなことになってないはずだし⋯⋯。


「もういい。ここまで来たら絶対教えない」

「えぇ!? そんなぁ!」

 嘆くわたしを余所に、深月はそっぽ向いて取り合ってくれなかった。


 あぁ、もう! 余計怒らせちゃったじゃん!

 どうしよう、わたし本当に深月になにしちゃったの? ――っていうか、そもそもどうしてこうなった⋯⋯?




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