第26話


「ドリンク3点とフード温めお待ちのお客様。お待たせしました。カフェラテはお熱くなってるので気をつけてお持ちくださいね」

「えっ? 熱いんですか?」

 ようやく出来上がったドリンクとホットサンドを受け取りながら、夏には到底似つかわしくないセリフを言われ、思わず聞き返してしまう。

 

「えぇ、こちらエクストラホットでご注文いただいてましたよね?」

「あっ、そうです。あってました、ありがとうございます」

 読み上げた呪文ちゅうもんを思い返し、すぐさま店員からドリンクとホットサンドの乗ったトレーを受け取る。

 

 エクストラホットって熱いってことなんだ⋯⋯。熱めでって注文じゃだめなんだろうか。

 っていうか、けっこう時間かかっちゃった。ふたり大丈夫かな。また喧嘩してないといいけど。


 思ったより時間がかかってしまったことに焦りを覚えつつ、ふたりが待つテーブルに戻る。


  

「おまたせ 。はい、これ麻里の。あとホットサンドね」

 テーブルに置いたトレーから、ドリンクとお皿を麻里の前に置く。

  

「ありがとー。ちゃんと注文できた?」

「携帯メモ読み上げただけだから多分? 店員さんにも聞き返されて、2回読んだから大丈夫だと思うよ。っていうか、注文するのちょっと恥ずかしかったんだからね」

「あはは、ちょっとそういう注文する必要があったからさ。ごめん、許して?」

 

 呪文みたいな注文にする必要があったってこと? なにそれ、どういうこと?

 相変わらず麻里のすることはよくわからない。

 

「まぁ、いいけど。はい深月のラテ」

「ありがとう朱莉」 

「エクストラホットって熱めなんだね。夏にそんな熱いドリンクで大丈夫?」

「うん、空調効いてるから」

「あー確かに。逆にぬるめにすれば良かったかな。ごめんね長谷川さん」

 深月のドリンクを注文した麻里が顔をしかめる。

 

「気にしなくて大丈夫だよ。ありがとう」

「あたしのドリンク飲む? 交換しようか?」

「えっ、悪いからいいよ」

「じゃあひと口だけ。冷たくて美味しいよ?」

「んー、じゃあひと口だけもらう」

「はい、どうぞー」

 麻里が差し出したドリンクを、深月は受け取ることなくそのまま口にする。

 

「ん、ありがとう。美味しいね」

「うわぁ⋯⋯、まさか素直にあたしの手から飲むとは。ひとんちの猫が懐いた気分。これは感動だわ」

「麻里、なに言ってるの?」

「いやぁ、警戒心の強い美少女が、自分の手から無防備にそのまま飲むなんて。背徳的でありつつ甘美でもあり⋯⋯」

「はぁ、なるほど⋯⋯? えっ、ごめんなに?」

 どうしよう、わたしの幼なじみが何言ってるのか理解できない。麻里も十分美少女だと思うけど。

 

「深月、わたしのも飲む? 抹茶の冷たいやつ」

「えっ? あっ、えっと⋯⋯」

「どうかした? 深月、抹茶飲めたよね?」

「うん、抹茶は、飲める⋯⋯。じゃあ、ひと口だけもらおうかな」

「遠慮しなくていいよ? はい」

 深月の前に抹茶のドリンクを差し出す。深月はわたしとドリンクを見比べるように何度か視線を往復させたかと思うと、おずおずと遠慮がちにストローを口に含んだ。

 

 なんか、深月顔赤くない? 空調効いてるとはいえ、やっぱり熱いんじゃないの?

 

「⋯⋯ありがとう。美味しかった、です」

「深月、顔赤いけど大丈夫? やっぱりドリンク交換しようか? 麻里のやつより甘くないし」

「いや、本当に大丈夫。たぶんそういうんじゃないから⋯⋯」

「そういうって? ――なに麻里、ニヤニヤして」

 ふと麻里のほうを見ると、なぜかニヤニヤした麻里と目が合う。


「いやー? 可愛いなぁって思って。朱莉も長谷川さんのこと可愛いなって思わない?」 

 頬杖をついてニヤニヤした麻里に、突拍子のないことを聞かれる。

 いや、本当になんの話し?

 

「⋯⋯? そりゃ深月はいつも可愛いけど」

「だよねぇ。だってさ? 長谷川さん?」

「うぅ⋯⋯、渡辺さんって意地悪だよね」

「えー? 心外だなぁ。良かれと思ってなのに。嬉しくなかった?」

「⋯⋯嬉しい、です」

「あはは、可愛い」

 ますます顔を赤くする深月と、そんな深月を見ながら楽しそうに笑う麻里。

 なんの話だろ。ふたりの会話がよくわからない。


 っていうか⋯⋯。


「ふたりともいつの間にそんな仲良くなったの? さっきまでの殺伐とした雰囲気はどこいった?」

「えぇ? 朱莉なに言ってんの。あたし達、元々仲良しだよ?」

「いやいや、それは嘘じゃん。さっき振られてたくせに」

「ちょっとした意見のすれ違いかな? まぁ、友達ならたまにはそういうことも起きるでしょ。ねー、長谷川さん。あたしのこと好きだよねー?」

「えっ? あぁ、そうだね。好きだと思う」

「ほらね?」

 麻里がドヤ顔を向けてくる。

 

「うわ、その顔ムカつくー」

「まぁまぁ、長谷川さんがあたしに懐いたからって妬かないの。大丈夫、長谷川さんは朱莉のこと大好きだから。ねー? そうだよね、長谷川さん」

「ふぇ!? いや、その⋯⋯、うん」

 あれ? いつもの深月なら即答してそうなのに。

 

「深月、やっぱりふたりきりの時になんかあった? 麻里にいじめられたら言ってね?」

「はー? そんなことしてないしー」

「いやいや、麻里いじめっ子だから」

「いじめじゃないしー。愛情表現だからー。理解してくれないなんて悲しいなぁ。しくしく」

「その泣き真似うざーい」

 麻里との気安い関係から、ふたりで笑いながら罵り合うという器用な会話を繰り広げる。

 

「あっ、あの、さ。朱莉?」

 わたしと麻里の会話を大人しく聞いていた深月から、遠慮がちに声がかかる。その表情はどこか緊張しているようで⋯⋯。


「ん? なに、深月?」

「えっと、その⋯⋯」

 めずらしく言い淀む深月。俯きがちに視線がふせられる。

「頑張れー。にぶちんの朱莉には遠回しに言っても伝わらないぞー」


 麻里の声に後押しされたのか、顔をあげた深月は覚悟を決めたような表情で、真っ直ぐわたしの目を見つめてくる。

 

 なんか今、どさくさに紛れて失礼なことを言われた気がしないでもないけど⋯⋯、今は深月と向き合おう。後で覚えておけ。

 

「あの、今はまだ朱莉の1番になんて到底なれてないと思うけど、私は渡辺さんより仲良くなりたいと思ってるから! 朱莉のこと、本気で好きだから。友達じゃなくて、朱莉にキスしてもらえるような、そんな関係になりたいと、思ってます⋯⋯」


 深月の声は少し震えていて、だんだんと尻すぼみになっていく。

 真剣な眼差しで、顔を赤く染め、深月がわたしに思いを伝えてくれた。

 

「麻里より仲良く⋯⋯。あっ、親友ってことだね! ありがとう、深月。でいようね」

 

 高校で出会って4ヶ月くらいしか経ってないけど、もう親友って呼んでもおかしくないと思う。

 満ち足りた気持ちのわたしを余所に、深月は愕然とした表情を浮かべ、麻里はうんざりした表情をしていた。


 えっ? なんで?

 わたし達、今同じ話題で会話してたよね?

 なにこのリアクションの差。

 

「ずっと、友達⋯⋯」

「うわぁ⋯⋯、朱莉さすがにそれはあたしでも引くわ」

「えっ!? なっ、なんで!?」

「渡辺さぁん⋯⋯」

 深月が泣きそうな顔で麻里に縋りつく。


 えっ、なんで深月泣きそう? わたしなにか変なこと言った⋯⋯?


「あー、なんかごめんねぇ? 朱莉って昔からこうなんだよね。悪気がないのが余計タチ悪くってさ。教育が行き届いていなくて申し訳ないです」

「私が言えたことじゃないんだろうけど、思ったよりずっと酷かった。こんな感じなんだね」 

「いや、ふたりともちょっと待って!? どういうこと!?」

 深月と麻里の間では話が通じているらしい。

 なぜだ、わたしだけ違う世界線にいる?

 

「もういいよー、朱莉が理解するまで説明してたら夏休みになっちゃう」

「ついに数日がかりになってしまった⋯⋯」

「ってか、さっきの発言あたしのことも間接的にディスってるからね」

「えぇ⋯⋯? よくわからないまま更に罪が追加されていくんだけど」


 自分がなにをしたのか理解できないまま、気まずい気持ちで深月に目を向ける。

「あの⋯⋯、なんかよくわかんないんだけど、ごめんね?」


 深月は私からそっぽを向いて、目を合わせてくれない。

「私、朱莉のそういうとこ、ちょっとだけ嫌い」

「えぇ、そんなぁ⋯⋯」


 深月に初めて拒絶を食らったわたしは、打ちのめされたように肩を落とす。

 わたしはその後もよくわからないまま、深月と麻里の冷たい視線に晒されることとなったのだった。

 


 好感度メーターが突如、大暴落。

 そういうとこが嫌いって、一体どういうとこ? 

 あぁもう! 本当に、切実に! どこに深月のスイッチがあったのか、誰かわたしに教えてください!!

 



[第2章 完]

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