第25話 side深月


「はぁ⋯⋯、ふたりとも睨み合ってないで仲良くしてよ」

「仲良くしてるよー? だよね? 長谷川さん」

「してない」


 人のことさんざん挑発していたくせに。

 よく言うよ。


「あはは、振られちゃった」

「麻里、あんまり深月をからかわないで」

「だってただの優等生かと思ってたら、長谷川さんって面白いんだもん」

 渡辺さんはチラリと横目で私を見ながら、笑顔で朱莉の手を握る。

 あからさまな挑発に苛々がいっそう募っていく。


「別に優等生じゃない」

「そうかなぁ? 成績もトップクラスに良くて生活態度も良かったら、立派な優等生のいい子ちゃんじゃない?」

「いい子なんかじゃないから。それより朱莉の手離して」

「えー? どうしよっかなぁ。っていうか、そもそも長谷川さんにそんなこと言う資格なくない?」

「朱莉は友達だから」

「あたしも朱莉の友達だけど。しかも長谷川さんより前からね?」

「それは⋯⋯そう、だけど」

 

 ふたりが過ごした時間という、どうにもならないことを持ち出されてはなにも言えない。気持ちが沈んでいくのが、自分でも手を取るようにわかった。

 

「麻里、ちょっと言い過ぎ。あと、手離して」

「えっ、言い過ぎた? まじか、ごめん」

「わたしに謝っても意味無いでしょ」

「長谷川さんごめんね?」

「⋯⋯」

 なんだかうまく言葉が紡げなくて、ふたりの視線から逃げ出してしまう。

 

「深月も麻里がからかってるだけなのわかってるでしょ? そんなムキにならないでよ」

「だって⋯⋯」

「朱莉のことだから、余計ムキになっちゃうんだよねー?」


 別にムキになってるつもりはないけど⋯⋯、なってるのかな。朱莉も迷惑そうだし、なんか泣きたくなってきた⋯⋯。


「あららー。落ち込んじゃった?」

「麻里が深月のことからかうからでしょ」

「んー、あたしのせいではあるんだけど、それだけじゃないって言うか。そもそもじゃん?」

「そもそもって?」

 そもそも、渡辺さんが朱莉にキスするから。


「ねぇ、朱莉」

「ん? なに深月」

「私も朱莉とキスする」

「友達とすることじゃないからね!?」

 渡辺さんとはしたのに? 幼なじみだから?

 そんなの、私にはどうすることも出来ないじゃん⋯⋯。


「うわぁ、鈍いのもここまで来ると罪だね」

「えっ? どういうこと?」

「いやー、説明してたら明日になるから」

「日が暮れるだけじゃ収まらなくなった!?」

「朱莉、おつかいお願いしてもいい? 新しい飲み物ほしいな」

「なに急に。別にいいけど」

 渡辺さんがバッグから財布を取り出しながら、朱莉におつかいを頼む。


「ありがとう。じゃあさっきと同じドリンクにエスプレッソとチョコチップ追加でアーモンドミルクに変更。あと、ホイップも多くしてもらって、チョコソースも多めで。お腹すいたからハムとチーズのサンドも。あっ、ちゃんとあっためてもらってね? それと、お店も忙しそうだから店員さんに運んでもらわないで朱莉が持ってきてくれる? ゆっくりで全然いいからさ」

「えっ、ちょっ、ちょっと待って! メモるからもう1回言って!」

「だからぁ――」

 渡辺さんが呪文のような注文をサラサラと繰り返し、朱莉が携帯にメモをとる。


「――おっけ、たぶん大丈夫。深月はなんにする?」

「私は、カフェラテにしようかな。ひとりで運ぶの大変じゃない? 一緒について行こうか?」

「いいのいいの。朱莉に行ってもらうから。朱莉、長谷川さんのラテにもエスプレッソ追加でサイズもアップして。長谷川さん、牛乳もアーモンドミルクに変更して、おすすめのシロップ追加していい?」

「えっ? あぁ、うん。大丈夫」

「朱莉、さっきのにヘーゼルナッツシロップ追加して、アーモンドミルクに変更でエクストラホット。ミルクの泡はなしでお願いね」

「⋯⋯もう1回最初から言ってください」

 渡辺さんが私のおかわりの呪文を唱え、朱莉を送りだす。


「これでしばらく帰ってこないでしょ」

「⋯⋯」

「サイズアップとエスプレッソ追加は勝手にしちゃったけど、シロップとミルクでバランスとれると思うから。そんな甘くもなってないはずだよ」

「⋯⋯ありがとう」

「どういたしまして。さて、少し話そうか?」

 改めて言われ、思わず身構えてしまう。


「そんな警戒しないでよ」

 緊張する私に、渡辺さんは変わらず笑顔だ。

「⋯⋯話ってなに?」

「そろそろ自覚してもいい頃なんじゃないかなと思って」

「自覚? なにを?」

「自分の気持ち?」

 渡辺さんは頬杖をつきながら、私の胸を指さす。

 なに? どういうこと?


「長谷川さんはあたしのこと嫌い?」

「えっ? なんで、嫌いじゃないよ。むしろよく話しかけてくれるし好きな方だと思う」

「良かった、さすがに嫌われてたらへこむとこだった。じゃあさ、朱莉といるあたしは? あたしにはキスされても気にしてない朱莉や、手を繋ぐあたしと朱莉を見てどう思った?」

 さっきの出来事を思い出し、途端にモヤモヤした気持ちが溢れだす。


「んー、いい表情。聞くまでもないって感じだね」

「えっ? なに、表情?」

「長谷川さんって、普段はほぼ無表情なのに朱莉が関わると急にいろんな表情するよね。自分で気づいてない?」

「えっ⋯⋯それは、気づいてない、かも」

「うん、予想通り。ねぇ、あたしのことは好きだって言ってくれたよね。なのに朱莉といるあたしは嫌い? 朱莉といてもいなくても、あたしであることになにも変わらないのに、一体なにが違うんだろうね? 朱莉といるあたしのなにが嫌なの?」

 

 なにが、嫌⋯⋯?

 渡辺さんに違いがないなら、違うのは私?


「なんとなくわかってきたかなー?」

「なんだろこれ⋯⋯。朱莉のこと、ふれてほしくない」

「うんうん。やっぱり朱莉じゃなくて長谷川さんに話して正解だった。長谷川さんは朱莉を自分だけのものにしたい?」

「わかんないけど、渡辺さんと楽しそうに話してる朱莉を見るとモヤモヤする⋯⋯」

「んー、もうひと息。ってかそれがもう答えなんだけど。まぁいいか、及第点だよね。長谷川さんのそれってさ? やきもちじゃない?」

「えっ、やきもち?」

「そうそう。朱莉にふれてほしくないって、さっき自分で言ったじゃん」

「言った⋯⋯けど、そんなのおかしくない? 朱莉は友達なのになんでやきもちなんて」

「なんでだろうねぇ?」

 悩む私を余所に、渡辺さんはとても楽しそうだ。


「長谷川さん言ってたよね? 朱莉が好きだって」

「言ったね」

「そういうことだよ」

「えっ、どういうこと?」

「わかんない? 朱莉も好きであたしのことも好きなのに、朱莉にだけやきもち妬くんだよね?」

「そう⋯⋯だね」

「あたしともキスしたいって思うの? そんなことないよね?」

「えっ、ちょっと待って」

「朱莉だけを独り占めしたくて、誰にもふれてほしくなくて、キスしたいって思う。そういう特別な感じ、心当たりあるんじゃない?」

「いや、本当に待って」



 だって、それってまるで⋯⋯、朱莉のこと、友達じゃない好きってことじゃないの?



 そう気づいた瞬間、一気に顔が熱くなる。

「わぁ、そんな顔しちゃうんだ? 自覚した?」

「⋯⋯した」

「あはは、長谷川さん顔真っ赤。可愛い」

「うぅ、なにこれ。やばい、かも」

 ドキドキして胸が痛い。


「頑張った長谷川さんに、いいこと教えてあげる」

「⋯⋯なに?」

 もう結構、限界なんだけど。


「友達とはだめだけど、そういう意味で好きな人ならいいんだよ」

「なにが?」

「キス。朱莉が好きなら、してもいいんだよ?」

 そう言って、渡辺さんは今日一の笑顔を見せる。

 私はまんまと言葉を詰まらせ、渡辺さんに避難の視線を向けるも、渡辺さんはそんな私の反応すら楽しんでいる様子だ。



 あぁもう、本当に勘弁してほしい。

 さっきから全然ドキドキが止まらない。

 心臓、爆発しちゃいそう⋯⋯。




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