第23話


 深月がお母さんを殺したって、深月のせいで育児ノイローゼになってお母さんが自殺したからってこと?

 そんなの、深月にどうにかできることじゃなくない?


 ――っていうか⋯⋯。


「それ、誰が言ったの? 深月のお母さんが育児ノイローゼだったって。なんで? そんなこと深月にわざわざ言う必要ないよね?」

「お母さんの三回忌の時に、祖母が教えてくれた。お母さん⋯⋯、娘が死んだのは貴女のせいだって。まだ小さかったから、言っても意味がわからないと思ったのかも。実際、当時は意味わからなかったしね。それ以来祖母には会ってないけど、あの時はお父さんが凄く怒ってて、そのせいかよく覚えてる」


 なに、それ⋯⋯。


「なんで、深月はなにも悪くないでしょ」

「違うよ。私がいい子だったらお母さんは死なずにすんだ」

「だって無理じゃん! 深月は赤ちゃんだったんじゃないの⋯⋯?」

「そうだね。それでも私が原因なことに変わりはない」


 違う、そんなの⋯⋯、絶対に違うじゃん⋯⋯。


「⋯⋯お父さんは? お母さんがいないのわかったけど、深月が今ひとり暮らしをしてる理由になってない」

「お父さんはね、仕事が忙しくてずっと帰ってこないよ。それこそお母さんがいなくなってからずっとね」

「ずっと? どういうこと?」

「そのままだよ。私のことはシッターに預けて、ずっと帰ってこなかった。会えたのは年に数回かな」


 なんで。どうしてよ⋯⋯。

 じゃあ、誰も、深月のそばにいなかったの?

 

「誕生日の時に言ってたいつもひとりって、ずっとひとりだったってこと?」

「うん。お父さんね、お母さんのこと大好きだったんだって。だから、私とどうやって関わればいいのかわからなかったって。成長したらしたで、お母さんに似てきたみたいで、それで私のこと見るの辛いって。高校に入る前にそう言って、お父さんもあのマンションからいなくなっちゃった。今は別の場所で暮らしてるよ」

  

 なんでよ。父親でしょ?

 深月のこと、ちゃんと見てあげてよ⋯⋯。 


「朱莉の家族と一緒にご飯食べてね? 私がお父さんからこういう当たり前の幸せを奪っちゃったんだなって思った。本当に私って悪い子だなぁって」

 深月はどこか他人事のように話し続ける。


「深月、なんでそんな平然としてられるの? 怒ったり悲しくなったりしないの?」

「えっと、どこに怒れば、いいかな」

「わかんないけど! わかんない、けど⋯⋯、なんか、苦しい⋯⋯」


 苦しくて、なんて言えばいいのかわからないよ⋯⋯。


「朱莉、ごめんね? 泣かないで」

 そう言われて、初めて自分が泣いてることに気がついた。

 深月が困った顔をして涙を拭ってくれる。


「やっぱり話さなければ良かったね。ごめん」

「ちがっ⋯⋯そうじゃなくて。⋯⋯なんで? どうして深月ばっかり」

「仕方ないよ。みんなお母さんのことが好きなだけだから」

「深月は、なにも悪くないのに」

「⋯⋯うん、ありがとう朱莉」

「ごめん。わたし、自分で聞いたくせに、深月になにもしてあげられない。無責任だ、本当に最低」

「そんなことないよ。朱莉、抱きしめてもいい?」

「なに? いつもそんなこと聞かないくせに」

「なんとなく。ねぇ、いい?」

「⋯⋯うん」


 深月が本当に嬉しそうに笑ってわたしのことを抱きしめるものだから、涙が余計に止まらなくなる。


「深月、なんでそんな嬉しそうなの?」

「嬉しそうなんじゃなくて、嬉しいの」

「⋯⋯なにが?」

「朱莉が私のために泣いてくれたから。私の代わりに怒ってくれるから」

「⋯⋯っ! そんなこと言われたら、余計泣くんだけど!?」

「うん、朱莉は泣いてても可愛いね」

「それは絶対に嘘。今ブサイクな自信ある」

「そう? 可愛いけどなぁ」


 深月は抱きしめていたわたしから離れ、泣いてるわたしの顔を覗き込んでくる。

 なんだか急に恥ずかしくなって、わたしは深月から視線を逸らしてしまう。

 

「朱莉? なにもできないなんて言わないでよ。今、私のそばにいてくれたのは朱莉だよ。私の代わりに泣いてくれて、私は悪くないって言ってくれて、それなのに最低なんてことあるわけないでしょ?」

「でも⋯⋯、そんなことくらいしかできない」

「そんなことじゃないよ。誰かが隣にいてくれるだけで、私には奇跡みたいなことなんだから」

 

 それでも、やっぱりわたしにはそんなことだよ。そんなことで嬉しいって笑う深月が、今までどれだけ傷ついて諦めてきたのか、わたしには想像できなくて、話を聞いて後悔はしてないけど、なにもできない自分が悔しい。


「わたし、深月の傍にいるから」

「うん、嬉しい」

「負担なんかじゃないからね」

「うん、ありがとう」

「深月、なにかしてほしいことある?」

「ううん、朱莉が傍にいてくれるだけでいいよ」

「深月は欲がないなぁ」

「そうかな? 朱莉に傍にいてほしいって、十分欲張りだと思うけど」

「足りないよ。他になんかないの?」

「んー、そうだなぁ。⋯⋯じゃあ朱莉にもぎゅってしてほしいな」

「うぇ!? ⋯⋯そういうお願い?」

「だめ?」

「だめじゃ、ない、けど」


 そういう物理的なお願いが来るとは⋯⋯。

 油断してた。

「はい。朱莉、ぎゅって」

 深月が両手を広げてわたしを待つ。


 わたしはおずおずと手を伸ばし、深月の背中に腕を回す。

「なんか、恥ずかしいんですけど」

「私は幸せですよ?」

「ならいいけど⋯⋯」

「朱莉、耳赤い」

「そういうの言わなくていいから!」

「はーい」

 くすくす笑いながら、深月は私の背中に回した腕に力を込める。


 うぅ⋯⋯、やばいドキドキしてしまう。

 まぁいいや。深月が幸せって言ってるし。私の心臓には頑張ってもら⋯⋯あっ、ちょっとまってください、擦り寄ってくるのには対応してないです。

 あぁ、もう! 耳元で好きとか囁かないで!

 本当に心臓、爆発しちゃうから!

  



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