第17話


 放課後、今日から一週間みっちり勉強漬けだ。

 わたしたちは、約束通り深月のマンションで試験勉強をするべく今まさにマンション前に着いたとこだった。

  

「うわー、でっかいマンション。長谷川さんこんな凄いとこでひとり暮らししてんの?」


 おぉ、さすが麻里。遠慮なく切り込むじゃん。

 たしかにこのマンションは凄いよね。わたしも初めて来た時は動揺したもん。麻里は動揺してる訳じゃなさそうだけど。


「えっ、凄い? そうかな?」

「長谷川さんって天然? 普通こんなでっかいマンションで高校生がひとり暮らししてないよー」


 ケラケラ笑いながら麻里が言い切る。その意見にはわたしも同感だ。

 深月がひとり暮らしの理由は、いまだ聞けていなかったりする。なんとなく事情があるのはもちろん察していて、余計尻込みしちゃうっていうか。

 麻里のストレートな話し方に、深月の事情が少しでもわかるんじゃないかって、期待してしまう自分がいた。

 ⋯⋯ズルいなぁ。


「元々は家族で暮らしてたからね」

「あっ、そうなんだ? そこでそのままひとり暮らししてるってわけね」

「うん、そんな感じ。あっ、うちお菓子とかないんだけどコンビニ寄ってく?」

「んー、なにか欲しくなったら買いに行けば良くない? 今の気分と変わるかもしれないし。朱莉もいいでしょ?」


 えっ、ひとり暮らしの話おわり? 友達の家族がどうしてるとか、気にしてるわたしがおかしいの?

 いや、もちろん自分で聞けばいいのはわかってるんだけど。気にならないものなのかなぁ。

 えぇ⋯⋯?


「朱莉? 渡辺さんは後でって言ってるけど、なんかいるならコンビニ寄るよ?」

「えっ? あぁ、わたしも後でいいかな」

「いいの?」

「うん、ありがとう」

「よし! じゃあ長谷川さん、お部屋いってもいいかな?」

「うん、こっち」

 深月が先導してくれて、わたしと麻里は後に続く。


「わぁ、ひとり暮らしなのにちゃんと綺麗にしてるねー。長谷川さん本当にえらいね」

「そうかな? あんまり物とか置かないからかも」

「たしかにシンプル! それでもちゃんと掃除してるの凄いよ?」

「そっか。うん、ありがとう」

「勉強どこでする? リビング?」

「私の部屋の方が参考書とかあるからいいと思う。先に行ってて。お茶用意するから」

「おっけー。長谷川さんの部屋どこ?」

 

 わたしと麻里は教えてもらった深月の部屋に先に向かう。深月の部屋は高級マンションらしく広い部屋で、そこに机とテーブルと本棚、ベッドがあるシンプルな部屋だった。ベッドの上には誕生日にプレゼントしたうさぎのぬいぐるみ。

 

 ――深月、一緒に寝てくれてるんだ。


 思わずうさぎのぬいぐるみを抱きしめてしまう。 

「朱莉なんか大人しくない? あたしと長谷川さんしかしゃべってないんなけど、どうかした?」

 すでに座っていた麻里が、テーブルに筆記用具を出しながら聞いてくる。

「んー、考え事してた」

 うさぎをベッドに寝かせ、麻里の隣に座り自分も筆記用具を出していく。

 

「なになに? なんかあった?」

「いや、なにもないよ。なにもないから踏み込んでいいのかわからないなって」

「ふーん? なにか理由がないとダメなの?」

「えっ、理由?」

「朱莉が言ってるなにもないって、それもう言い訳じゃない? 踏み込むってのがなんのことかわかんないけど、長谷川さんに対してなんでしょ? 踏み込んでみてからじゃないとわからないかもだし、長谷川さんが嫌がったら謝れば良くない?」

 麻里がめずらしく真剣な顔で、痛いところをついてくる。


「⋯⋯そう、かも」

「まぁ、なにも知らないから言えるのもあるんだけどさ。でも、自分が動かないと相手からリアクションなんて返ってこないよ」

「はぁ、そうだね。ありがとう。麻里のそういうとこ昔から好きだわ」

「おっ? 奥さん浮気ですか?」

「わたし深月の嫁じゃないからね!?」

「ってか、前から思ってて謝りたかったことがあるんだけど⋯⋯」

「えっ、なに深刻な話?」

「嫁は長谷川さんの方かもしれない。ごめん」

「そういうことでもないからね!?」


 ふたりで取るに足らない話をしていると、お茶を持って深月が部屋に入ってくる。

「お待たせ。アイスティーなんだけど大丈夫だった?」

「もちろんだよ。ありがとう長谷川さん」

「わたしも大丈夫。わざわざありがとう深月」

「うん、なにから始める?」

「わたしは数学やりたいかな」

「じゃあ、あたしも数学からでいいよー」

「わかった。じゃあこの参考書がいいかな。範囲がここまでだから――」


 それからは休憩を挟みつつ、帰る時間まで真面目に勉強をした。


 踏み込めない言い訳か。はぁ⋯⋯。

 横目にうさぎのぬいぐるみを意識しながら、思わずため息を漏らしてしまった。




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