第14話


 試験を再来週に控えた週末、なんとなく浮ついた空気が漂う教室。ここは進学校で、本来なら1年といえ多少なりともピリついた空気になるはずで、今のこの空気感は、進学校の試験前にしては似つかわしくないと言える。


 その原因は⋯⋯。


「朱莉、帰ろ?」

 そう言って、で席を立つ深月だ。

 数日前から深月の表情筋は突然仕事を始めた。

 しかも――


「長谷川さん、バイバーイ」

「あっ、うん。渡辺さんバイバイ」

「あはは、めっちゃ無表情なんだけど」

 仕事時間はとてつもなく限定的だ。

 お願いだから、フルタイムで働いてくれないだろうか⋯⋯。


 麻里は無表情の深月が面白いらしく、よく話しかけるようになっていた。クラスメイトはわたしに対して笑顔の深月と、麻里に対して無表情の深月の差を、きゃあきゃあ言いながら楽しんでいる。

 更に、そんな深月をひと目見ようと他クラスからも人が集まる始末。

 結果、試験前にも関わらず浮ついた空気が漂っていた。


「朱莉、聞いてる? 帰らないの?」

 深月はわたしの上の空な雰囲気に、ちょっぴり拗ねたような表情をしながら手を握ってくる。


 うん。表情筋がお仕事中の深月って、めちゃくちゃ可愛いんだよね。普段の無表情なぶん、いろんな表情をしているのがよくわかる。

 深月を見に来る視線は当然わたしにも向けられていて、正直げんなりしている。けど、これはたしかに見たくなる気持ちもわからないでもない。


 ないんだけど⋯⋯、

「帰るけど、手握らないでほしいかなぁ?」

「やだよ、なんで?」

「否定から入るのおかしくない!?」

 本当に手、離してくれないしね! そういうのが余計に視線集めるんだけどなぁ!?


「あっ、そうだ朱莉。イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、来週から一緒に勉強しない? 試験期間で部活も休みになるからさ」

「イチャイチャはしてないからね!? もう、勉強ね。わかった、深月も一緒だけどいいよね?」

「もちろん歓迎。ってかむしろ、勉強教えてほしいし」

 それはわたしもだ。切実に!

「深月もいいよね?」

「うん、いいよ」

 

「じゃあ、来週からね? 今日はまだ部活?」

「そうなんだよねー。そんなわけで、そろそろ行かなきゃだ。じゃあね、ふたりともバイバーイ」

「はーい。いってらっしゃい、頑張ってね」

 麻里が手を振りながら教室を出ていく。隣で深月も手を振って送り出していた。


「さて、深月。帰ろっか」

「うん」


 笑顔の深月に手を握られたまま、わたし達は大人しく学校を後にした。




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