第7話


「さてと、それじゃあそろそろ本題に入りましょうか?」


 頃合いを見計らってユイエが切り出すと、ベルナデッタもこくりと頷いて応える。


「はい、お願いします」


「ええと、まずは依頼内容の再確認ね。 貴女の護衛をする、ということでいいわね?」


「その通りです」


「次に報酬についてだけど、貴女が提示した金額に不都合はないかしら?」


「問題ありません」


「そう、良かったわ。 最後に期限についてなのだけれども、こちらの都合で悪いけど最大1ヶ月までとさせてもらうわ」


「構いません」


「あら、いいのかしら?」


 意外な返答に目を丸くするユイエだったが、すぐに気を取り直して話を続ける。


「じゃあ、これで契約成立ということね。これからよろしくお願いするわ」


「こちらこそよろしくお願いします、ユイエさん、オクタヴィオ君」


 こうしてオクタヴィオ達の新たな仕事が始まったのである。


 ベルナデッタは、ユイエとオクタヴィオに連れられて店の奥へと通された。

 そこは居住スペースになっており、リビングにはテーブルとソファーが置かれていて、壁際には本棚が置かれていた。

 この部屋は書斎も兼ねている。

 またキッチンやトイレなども完備されており、生活するには困らないようになっている。


「へぇー、意外と広いんですね」


 感心したように呟くベルナデッタに、ユイエが説明する。


「ここは元々空き家だったのだけれど、改装して私達の家として使っているのよ」


「そうだったんですか。 よくここまで改装しましたね……」


 納得した様子のベルナデッタであったが、そこでふと疑問を抱いたらしく首を傾げながら問い掛けてきた。


「そういえば、オクタヴィオ君とユイエさんは恋人同士なのですか?」


 その言葉に二人は顔を見合わせると、揃って手を振り出した。


「ふふふ、違うわよ」


 笑いながら否定するユイエに対し、オクタヴィオも頷いて同意する。


「そうそう、俺とこいつは単なる腐れ縁ってやつだよ」


 二人の反応を見たベルナデッタは一瞬ぽかんとしていたが、すぐに我に帰ると慌てて謝罪してきた。


「あっ、す、すみません……! 失礼なことを聞いてしまいました……!」


 ぺこぺこと頭を下げる彼女を落ち着かせるように、オクタヴィオは優しく声を掛ける。


「いいよ、気にしてないから」


 そう言って笑いかけてやると、彼女もほっとしたような表情を見せた。


「ありがとうございます、オクタヴィオ君」


「どういたしまして。 それよりさ、早速聞きたい事があるんだけどいいか?」


 そう言うと、オクタヴィオは真剣な表情になって尋ねた。


「はい、構わないですけど、何が聞きたいんですか?」


「さっき自分が魔女だって言ってただろ? どんな力なんだ?」


 すると彼女は少し困ったような表情を浮かべた後、申し訳なさそうに答えた。


「ごめんなさい、実は自分でもよく分かってないんです」


 予想外の答えに驚く2人だったが、詳しく聞いてみることにする事にした。


「どういう事だ? 自分の力なのに分からないのか?」


 首を傾げるオクタヴィオに対して彼女は頷くと説明を始めた。


「はい、確かに私は魔女なんですけど、私自身その力の本質を自覚していないというかなんというか……」


 いまいち要領を得ない回答だったが、要するに彼女自身にもよく分からないという事なのだろう。

 だがそうなると益々謎が深まるばかりだ。一体どういうことなのだろうと考えているうちにユイエが口を開いた。


「つまりこういうことかしら? 貴女は自分の力を把握できていないけど、何らかの理由で発動しているのはわかっているってことよね?」


 ユイエの言葉に頷くベルナデッタを見て、オクタヴィオはある提案をした。


「それなら一度試してみたらどうだ?」


 それを聞いた瞬間、ベルナデッタの表情がぱっと明るくなったように見えた。


「いいんですか!?」


「まあ、此処には魔法の専門家がいるからな」


 目を輝かせて詰め寄ってくる彼女に気圧されながらも何とか答えることに成功する。


「あ、でも部屋を壊す程に力を込めるなよ? 必ず加減はしてくれよ?」


 オクタヴィオが念を押すように言うと、ベルナデッタは元気よく返事を返してきた。


「はいっ! 分かりました!!」


 そして深呼吸をした後目を閉じると精神を集中させ始めたようだ。その様子を固唾を呑んで見守るオクタヴィオと淡々とそれを見るユイエ。

 やがて魔力が高まり始めるのを感じた次の瞬間──轟音と共に閃光が走ったかと思うと凄まじい衝撃波が発生した。


 咄嗟に結界を張ったユイエのお陰で事なきを得たものの、そうでなければどうなっていたか分からない程の衝撃だったことだろう。


 恐る恐る目を開けると部屋の半分近くが崩壊しかけていたのを見て愕然とするオクタヴィオだったが、当の本人は全く気にする様子もなくにこにことしていたのだった。


「凄いです!! 私こんなに上手く魔力を操れたの初めてですよ!」


 興奮した様子ではしゃぐベルナデッタの姿に呆気に取られてしまう2人だったが、いち早く我に返ったオクタヴィオが口を開く。


「ちょ、ちょっとぉ!? 今の何なんだ!?」


「え、えっと、多分ですけど私の固有魔法みたいなものだと思います……?」


 自信なさげに答える彼女だったが、その表情からは確かな手応えを感じていることが窺えた。


「……とりあえず、片付けましょうか」


 額に手を当てて溜息を吐くユイエの言葉に、オクタヴィオとベルナデッタは揃って頷いたのだった。

 その後、瓦礫を片付けた後オクタヴィオ達は改めてベルナデッタに話を聞くことにしたのだが……。


「それで結局さっきのは何だったんだ?」


 オクタヴィオが尋ねると、ベルナデッタは少し考えた後でこう答えた。


「うーん、何て言えばいいんでしょう? そうですね、簡単に言えば魔法を具現化させたって感じでしょうか」


 それを聞いて頭の上に疑問符が乱立するオクタヴィオだったが、ユイエは何か思い当たる節があったらしく、顎に手を当てて考え込んでいたがややあって口を開いた。


「なるほどね、確かに言われてみればそんな感じかもしれないわね」


 納得がいった様子で頷いている彼女に質問をぶつけてみる事にする。


「なぁ、俺にもわかるように説明してくれないか?」


 懇願するような眼差しを向けるオクタヴィオに苦笑しながらもユイエは説明を始める。


「そうね、例えば貴方が魔法を使えるとして火を起こす時を考えてみてちょうだい。 貴方はどうやって火を点けるのかしら?」


 そう言われて考える素振りを見せるオクタヴィオだったが、暫くしてハッとした表情になると手を叩いた。


「そりゃあこうやって指先に炎を灯してだな──」


 そこまで言って固まる彼の様子に苦笑するユイエだったが、構わず続きを促すことにする。


「それじゃあ次に彼女が使った魔法の再現をしてみましょうか」


 その言葉を聞いた途端表情を強張らせるオクタヴィオを横目に、ユイエは指先を立てるとそこに小さな光の球を作り出す。


「これをこうするの」


 そう呟いた直後、それ勢いよくオクタヴィオの目の前で弾けた。

 辺りに煙が立ち込める中、ユイエは小さく咳き込んだ後に再び話し始める。


「このように、さっきの現象は込めたイメージが曖昧だったから魔力が行き場を無くして爆発した、というのがさっきの顛末かしらね」


 自信満々といった表情で語るユイエとは対照的に唖然とした表情を浮かべるしかないオクタヴィオであった。


「……いや、それを目の前で爆発させられても困るんだが」


「あら、ごめんなさいね。 近くにいたからつい」


 悪びれもせずに言うユイエに呆れつつも、彼はもう一つ気になっていた事を尋ねてみる事にした。


「そういやさ、何であんな威力の魔法を使ったんだ?」


 その問いにベルナデッタは申し訳なさそうな表情で答えた。


「ええと、実はまだ調整が難しくて、普通に発動するとああなっちゃうんです……」


 しゅんとした様子の彼女を見て、オクタヴィオは慌ててフォローを入れる。


「いやいや別に責めてるわけじゃないんだぞ? ただ単に気になっただけだから気にしないでくれ」


 それを聞いた彼女は安心したように胸を撫で下ろすと、ほっと息を吐いた。


「良かったぁ、てっきり怒らせちゃったのかと思っちゃいました」


 安堵した様子の彼女に苦笑しつつ、オクタヴィオは話を続けることにした。


「それはそれ、これはこれだからな?」


 念を押すように言うと、彼女は小さく首を縦に振った。


「はい、気をつけます……」


 その様子を確認して、オクタヴィオは満足そうに頷く。


「よろしい」


 それを見てユイエも笑みを浮かべると、ベルナデッタに向き直った。


「さて、話は変わるけれど貴女の能力について少し調べてみたいのだけれどいいかしら?」


「はい、いいですよ!」


 即答するベルナデッタに内心驚きつつ、オクタヴィオはユイエに声をかけた。


「それじゃあ、俺は少し外に出てくるとするかな」


「ええ、気をつけていってらっしゃい」


 仕事着のブレザーに袖を通し、ホルスターに銃が収まっている事を確認してオクタヴィオはのんびりと部屋を出ていった。


 ユイエに見送られる形で部屋を出たオクタヴィオは、そのまま家の外に出ると街の中心部へと向かって歩き始めた。


「それにしてもあの威力の魔法、1発でも食らったら一溜りもないよな……」


 そんな事を呟きながら歩いているうちに目的地へと到着したようである。

 

 そこは街の中央広場であり、多くの人達が憩いの場として利用している場所でもある。

 その季節によって花壇には花が植え替えられており、その時々によって目を楽しませてくれる。

 そんな場所にやって来た理由はただ一つ、ある人物に会う為だ。その人物とは──。


「──やあ、待っていたよ」


 そう言って出迎えてくれたのはこの外套を見に纏っている男性である。

 名前はアルテイン・フォンタジールといい、年齢は40代後半。短く刈り上げた髪に精悍な顔立ちをしており、一見すると軍人のような印象を受ける人物である。

 実際は情報屋として活動をしている。情報屋ではあるが実力に関しては折り紙付きである。

 そんな彼に対してオクタヴィオは軽い調子で挨拶を交わす。


「よう、久しぶりだな」


 それに対してアルテインもまた気軽に返事をするのだった。


「そうだな、最後に会ったのはもう半年以上前になるか」


 2人は顔見知りのようで親しげに言葉を交わしている様子が見られた。オクタヴィオの方も特に警戒している様子はないようだ。


「ところで、今日は何の用で来たんだ?」


「少し野暮用があってさ……調べて欲しい事がある」


 オクタヴィオはそう言うと懐から一枚の紙を取り出してアルテインに手渡した。

 先程歩いてくる途中で書いておいたリストである。

 それを見たアルテインの表情が険しくなるのを感じたが、それも一瞬の事だったようですぐにいつもの調子に戻ったようだった。


「……分かった、引き受けようじゃないか。 これくらいなら……そうだな、明日の昼までには調べておく」


 その返事に満足そうな表情を浮かべた後、オクタヴィオは続けてこう言った。


「助かるぜ、ありがとな」


「礼には及ばないよ、なんたってお得意様だからな」


 アルテインはそう言うと、メモ書きを手にその場を後にしたのだった。

 オクタヴィオもその後ろ姿を眺めつつ、見えなくなった所で歩き出した。

 今やるべき事は終わらせたから、後は帰るだけである。そう思いオクタヴィオは帰路につく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る