第2章 狙われた魔女
第6話
王都アルトバートの市街地、その奥の方に建てられた一軒の店ーーー『何でも屋レステ・ソルシエール』。
魔女専門の依頼を受け付けるという特異な何でも屋で、ひっきりなしに仕事をしているかと思いきや、今日も今日とて店内は閑古鳥が鳴いていた。
「暇だなぁ」
「暇ねぇ」
店のカウンターで頬杖を突きながら、ぼそりと呟く男がいた。
そんな彼の名はオクタヴィオ・イエロ・モンテシーノス。
そしてオクタヴィオに便乗して呟いた女性の名ははユイエ・フィーニス。
2人でこの何でも屋の創始者にして、魔女専門の依頼を受ける何でも屋である。
彼らはここ数日の間、仕事らしい仕事を全くしていない状況だった。
理由は簡単で、全くと言って良いほど依頼が来ないからである。
別に客がいない訳じゃないのだが、依頼を持ってくるような人間は滅多にいないのだ。
何せここは魔女専門の何でも屋なのだから。
普通の人間が利用する事はまず無いし、そもそも普通の人間には縁が無い場所だろう。
それでもこの店を開けているのは、偏に魔女とお金の為である。
金がなければ生活出来ない。
故に生きる為に営業を続けるしかない。
しかし悲しいかな、客が来ないのだからどうしようもないのだ。
だからこうして、机に突っ伏してだらけているのである。
「あー……何か面白い事ないかなぁ……」
「そんな道端に楽しい事がたくさん転がってたら、この世界どうなるのかしらね?」
「まぁそうなんだけどさ」
気怠そうに返事するオクタヴィオに対し、ユイエは呆れたような表情で肩を竦めた。
「まったく、少しはシャキッとしたらどうなの? 折角の良い顔が台無しよ?」
「へいへい、そうですかい」
投げやりな返事をするオクタヴィオに対して、やれやれといった様子で首を振るユイエだったが、不意に何かを感じ立ったようで入り口を見つめている。
その様子に気付いたオクタヴィオもつられて視線を向けると、そこには1人の女性が佇んでいた。
年は二十代前半といったところだろうか。
長く艶やかな黒髪に切れ長の瞳、整った顔立ちをしており、スレンダーな体型をしている。
服装は黒のノースリーブワンピースの上に白のロングカーディガンを羽織っており、足には編み上げのサンダルを履いている。
手には革製の指ぬきグローブをはめていて、腰にはポーチのようなものが取り付けられていた。
そ女性は、オクタヴィオ達の姿を見つけると店内へと入ってきたのだった。
「あの……すみません、こちらで何でも屋さんをやっていると聞いたのですが……」
恐る恐るといった感じで話しかけてくる女性に、ユイエが応対する。
「ええ、そうよ」
「良かったぁ! あ、私、ベルナデッタと言います!」
安堵したのかほっと胸を撫で下ろすベルナデッタと名乗った女性の様子に、ユイエは小さく微笑むと彼女を席へ案内した。
そしてユイエもベルナデッタの向かいに座ると、改めて質問を投げかけた。
「それで、どのようなご用件かしら?」
「実はですね、私の護衛を依頼したくて来たんです」
そう言ってベルナデッタは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
それは契約書のようで、内容を確認するとどうやら彼女の護衛を依頼する旨が記されているようだ。
だが問題はその依頼内容と報酬だった。
「ちょっと待ってくれ、これ本気なのか?」
思わず聞き返してしまったオクタヴィオだったが、それも無理のないことだろう。
何しろ書かれていた内容があまりにも非常識だったからだ。
「はい、私は本気です」
きっぱりと言い切る彼女に嘘を吐いている様子はない。
ならば本当に彼女はこの条件で問題ないと思っているのだろう。
確かに報酬額はかなりのものだし、何より待遇が破格すぎる。
正直ここまで好条件の仕事はそうないだろう。
オクタヴィオは思わず頭を抱えたくなったが、一応確認だけはしておくことにした。
「えーと、念のためにもう一度確認するけど、依頼内容は君の護衛で間違いないんだよな?」
「はい、間違いありません」
「じゃあ、契約期間はいつまでだ?」
「そうですね、出来れば永久的にお願いしたいです」
「え、永久的!?」
まさかの回答に驚くオクタヴィオ。
「はい、だって私が生きている間は貴方達は私を守ってくれるのでしょう? なら死ぬまで一緒じゃないですか」
さも当然とばかりに答える彼女を見て、オクタヴィオは頭痛を覚えた。
「いや、あのさ、俺達はあくまで雇われであって、君を守れと言われたら守るけどさ、それってつまりずっとここで働けって事だよね?」
「その通りです」
「いやいやいや、勘弁してくれ。 そんなの無理だよ」
「どうしてですか?」
「どうしても何も、俺達はあくまで何でも屋であって、何でも屋っていうのはそりゃあ何でもやるんだけど、流石にそれは専門外過ぎるっていうか、何ていうかさ」
「何でもやってくれるんですよね? それなら大丈夫じゃないですか」
「いやいや、いくら何でも限度があるでしょ。それに俺達がここにいる限り、この店はずっと開店休業状態だぞ?」
「大丈夫です、問題ありません」
「どこがだよ!? どう考えても大問題だろうが!!」
オクタヴィオがツッコミを入れると、ユイエが宥めるように口を挟んだ。
「まあまあ、落ち着きなさいオクタヴィオ」
「落ち着けって言われてもなぁ……」
「取り敢えず、話を聞いてみましょう」
「はぁ、仕方ないか」
オクタヴィオは溜息を吐くと、目の前の女性に向き直った。
「えっと、とりあえず話を聞かせてくれるか?」
「分かりました」
それからベルナデッタは自身が魔女であること、そして魔女協会の追っ手から逃げていることなどを話し始めた。
「なるほど、話は分かった」
一通り話を聞き終えたところで、オクタヴィオが口を開く。
「でも、何でわざわざうちの店に来たんだ? 他にもいくらでもあっただろ?」
その問いに、ベルナデッタは少し考える素振りを見せてから答えた。
「うーん、そうですねぇ……強いて言うなら、勘でしょうか?」
「勘?」
予想していなかった答えに思わず突っ込むオクタヴィオだったが、そんな彼女の反応などお構いなしといった様子でベルナデッタは続ける。
「ええ、何となくですけど、ここが一番面白そうだと思ったので」
「お、面白いってお前なぁ……」
呆れ顔のオクタヴィオに対して、ユイエがフォローを入れる。
「面白いかどうかはさておき、オクタヴィオといると退屈しないわね」
「おい、ユイエさんや、何言ってくれてんの?」
「事実でしょう?」
「そう言われちゃ言い返せないって」
不満そうに唇を尖らせるオクタヴィオに対し、ユイエはくすりと笑みを零すと言葉を続けた。
「大丈夫よ、この子にはちゃんと伝わってるから。 そうでしょう?」
「ええ、勿論ですとも」
即答するベルナデッタに、オクタヴィオはますます複雑な表情になるのだった。
そんな簡単に人の事がわかったら、人の意思疎通は苦労しないのである。
「……そうかよ」
「ふふっ、拗ねないの」
「別に拗ねてない」
そっぽを向いていじけるオクタヴィオの頭をよしよしと撫でるユイエ。
まるで子供扱いされているようで釈然としない気持ちではあったが、不思議と悪い気はしなかったため黙って受け入れることにするのだった。
(まったく、調子狂うぜ)
そんなことを考えつつも、気難しそうな表情を浮かべるオクタヴィオであった。
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