第5話
屋敷の入り口まで戻ってくると、玄関の中でウロウロする人影がオクタヴィオの視界に飛び込んでくる。
「奴さん達か!?」
身体を玄関に滑り込ませるようにして入っていき、人影へと手を伸ばす。
そしてその人物の腕を掴むことに成功する。
「きゃぁっ!?」
すると、相手は驚いたように悲鳴を上げた。
その声に聞き覚えのあったオクタヴィオは、まさかと思いながら掴んでいた手を離した。
そこにいたのはリゼットだったのである。
「君は……リゼット! 何で此処に!?」
リゼットは驚いたような表情を浮かべると同時に、顔を真っ赤に染め上げて叫んだ。
「な、ななな、何をするんですかオクタヴィオさんっ!? 」
「ごふっ!?」
リゼットの捻りを加えたとてつもなく良い拳が腹部に入り、オクタヴィオは悶絶しながら崩れ落ちていく。
その様子を見ていたリゼットは慌てて駆け寄りながら声を掛けた。
「あ、あの、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃなくて……」
オロオロとした様子で謝罪の言葉を口にするリゼットであったが、オクタヴィオは腹を押さえたまま動けずにいた。
「な、ナイスパンチ……っ!」
そんな状態のまま数十秒が経過した頃だろうか。
ようやく痛みが治まってきたため、ゆっくりと立ち上がったオクタヴィオは、心配そうな表情でこちらを見つめているリゼットに向かって微笑みかけながら言った。
「いや、いいんだ……それよりどうしてこんな所にいるんだい?」
オクタヴィオの言葉にリゼットは少し躊躇った様子を見せたが、やがて意を決したように話し始めた。
「実はルミアが、いなくなってしまったんです。 ……それで、ここまで探しに来たら知らない2人組が家の中に入っていくのが見えて……」
なるほどそういうことだったのかと納得するオクタヴィオだったが、同時に疑問が浮かんだのでそれについて尋ねてみることにした。
「ルミアちゃんがいないってどういうことだ?」
そう聞くと、リゼットの表情が曇っていくのが分かった。
どうやらあまり良くないことが起こっているのかもしれないと思い至り、真剣な眼差しを向けることで先を促すことにした。
すると、少し迷った様子ではあったが話してくれたのだった。
「えっと、私はルミアと一緒にいたんですけど、少し眠たくなってしまって一眠りしたんです。 次に目が覚めたら、ルミアがいなくて……辺りを探しても何処にもいなくて……」
不安げな表情を浮かべて話す彼女を見て、オクタヴィオは自分の迂闊さを呪っていた。
(くそっ、何やってんだ俺は……! 護衛の1つでも付けとけばこんなことにはならなかっただろ!)
後悔しても遅いことは分かっているが、それでも悔やまずにはいられなかったのである。
そんなことを考えている間にも話は進んでいく。
「それからずっと探してるんですが見つからなくて……もしかしたらと思ってここに来たんですが、やっぱりいなかったです」
しょんぼりした様子の彼女を見て胸が締め付けられるような思いに駆られるが、今は落ち込んでいる場合ではないと思い直す。
「そうか……だけどこっちも結構緊急事態だ。 リゼットちゃん、悪いけど俺と一緒に来てくれ」
そう言ってオクタヴィオが手を差し伸べると、彼女は戸惑いながらもその手を取ったのだった。
2人は急いで2階に駆け上がると、ユイエの元へ向かうために走り出した。
途中でリゼットを横抱きにしながらながらオクタヴィオは全速力で駆け抜けていく。
「きゃっ! あ、あのっ! お、降ろしてくださいっ!」
突然の出来事に驚きつつも抗議の声を上げるリゼットだったが、それどころではない状況のため、オクタヴィオは無視することにした。
今は一刻も早くユイエとイリスの元へ行かなくてはならないのだから当然の判断だろう。
それに何より、あのまま放置していたら間違いなく危険な目にあっていたに違いないからだ。
「ごめんな、少しだけ我慢しててくれ!」
そう言いながら更に速度を上げるとあっという間に目的地に到着した。
勢いよく扉を開けて中に入ると、そこには予想通りと言うかなんというか、案の定大変なことになっていたようだ。
床や壁などが所々壊れており、物が散乱している様子が見て取れる。
(おいおい、マジかよ……!!)
その光景を見たオクタヴィオは思わず冷や汗を流していた。
これは明らかにただ事ではない雰囲気だったからだ。
(まずいな……早く何とかしないと)
そう思ったオクタヴィオはすぐに行動に移すことにした。
まずは倒れているユイエの様子を確認することにする。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!?」
声を掛けてみるが反応がない。というよりーーー
「あれ、眠ってる?」
よく見ると規則正しい呼吸音が聞こえてくることから眠っているだけだということが理解できた。
とりあえず無事だということで安心したものの、このままではいけないということで彼女を起こすことにしたのだが、そこであることに気がついた。
なんと彼女の服がところどころ乱れていたのである。しかもかなりの際どさで肌が露出しており目のやり場に困る状態だったのだ。
「おい、ユイエ起きーーー」
そのため直視できずに目を逸らそうとした瞬間だった。突如背後から殺気を感じたかと思うと次の瞬間には首筋に冷たい感触が伝わってきたのだ。
恐る恐る振り返るとそこにはナイフを構えたアルファが立っており、こちらを睨みつけていたのだ。
その瞳からは明確な殺意を感じ取ることができたため背筋が凍るような恐怖に襲われたがそれでもなんとか平静を装って話しかけることにした。
「……何か用かな? お兄さん?」
内心ひやひやしながらもなるべく余裕を見せるように振る舞っているとアルファはニヤリと笑って言った。
「とぼけるな……貴様、さっきの戦い、手を抜いていただろう……?」
その声は静かなものだったが、その中には確かな怒りが込められていることが分かったため思わず身震いしてしまったほどだ。
だがここで怯むわけにはいかないと思い直し、オクタヴィオは言い返す。
「……なんのことだかさっぱり分からないな?」
あくまで惚け続けることに決めたのだが、それでもなおアルファは納得していない様子だった。むしろ余計に怒らせてしまったらしく鋭い視線を向けられてしまったほどだった。
(くそ、どうする……?)
必死に頭を回転させて打開策を考えるが何も思いつかないでいると、アルファが先に動いた。
一瞬で背中に蹴りを入れられて、反応する暇もなく押し倒されてしまう。そしてそのまま馬乗りにされてしまった。
「くっ……!」
身動きが取れずに焦っていると、目の前に刃を突きつけられた。少しでも動けば刺さってしまいそうな距離にあるそれを見てオクタヴィオはごくりと唾を飲み込んだ。
「もう一度聞くぞ……お前は本気で戦ってなかっただろ?」
その言葉に心臓が跳ね上がったような気がした。図星だったからである。
確かにあの時、オクタヴィオは力を抑えて戦っていた。
そもそも相手を殺すつもりも、ましてや怪我さえさせるつもりはなかったのである。
しかしそれを正直に言うわけにもいかないためどうしたものかと考えていると、不意にアルファが言った。
「沈黙か……ならば仕方ない」
そう言うとナイフを振り上げてきたのを見てオクタヴィオは慌てて叫ぶように言った。
「待ってくれ! わかった、認めるよ! 確かに俺は手を抜いてた!」
それを聞いた途端、ピタリと動きが止まったので安堵したがそれも束の間のことだった。今度は胸ぐらを掴んできたのだ。そして顔を近づけて凄んできたのである。
「ならその理由を教えろ」
「そ、それはだな……」
オクタヴィオはどう言おうか迷って口籠もる。
「どうした、早く言え」
「いやー……その、なんだ。 銃を撃ってさ、怪我したら……痛いだろ?」
それを聞いて納得した様子のアルファは頷くと、ゆっくりと立ち上がりながら言った。
「なるほどな、そういうことだったのか」
どうやら理解してくれたようでほっと胸を撫で下ろすオクタヴィオだったが、すぐにまた緊張することになった。
何故ならアルファがいきなり殴りかかってきたからである。咄嗟に腕を上げてガードすることに成功したが、衝撃で吹き飛ばされ壁に激突してしまう。
痛みに呻いていると、頭上から声が降ってきた。
「ならばお前に本気を出させてやる」
そういうとアルファは近くにいたリゼットの腕を掴んだ。
突然のことに驚くリゼットだったが、次の瞬間には悲鳴を上げる。
そして腕を掴まれたと思ったら一瞬にして首に腕を入れられ、首が締められてしまう。
リゼットは慌てて逃げようとするが時すでに遅し、捕まってしまうのだった。
「うぅ……苦しい……」
くぐもった言葉がリゼットの口から漏れるが、そんなことはお構いなしとばかりに首を絞められていく。
リゼットは必死に抵抗するが全く外せずにいる。
「やめろ! リゼットちゃんは関係ないだろう!」
オクタヴィオの叫びを無視してアルファは力を込めていく。次第にリゼットの意識が遠のいていきそうになったその時だった。
「ーーーっぐぅ!?」
唐突に解放されたリゼットは咳き込んでしまう。
何が起こったのかを確認しようとリゼットの視界に映り込んだのは、黒いローブの女性が、アルファを背後から突き飛ばしていたのだ。
突然の出来事に混乱していると、目の前の女性は振り返り、こちらを向いてきた。
その顔はフードに隠れてよく見えないが、口元だけは見えていた。
そして、悲痛な声が響き渡る。
「アルファ!! それだけはしないと約束した筈では!?」
「黙れ、こいつは俺の獲物だ」
「いいえ、黙りません」
そう言って彼女は腰のホルスターから銃を抜き放つと構えた。銃口の先にはオクタヴィオがいるのだが、彼は特に気にしていない様子だ。それどころか頭に疑問符を浮かべて眺めている始末である。
そんな彼女に対して苛立ちを覚えたのだろう、アルファと呼ばれた男は激昂した様子で怒鳴りつけた。
「邪魔をするつもりか!? 貴様何のつもりだ!!」
そう言うや否や襲い掛かってきた男に対し、彼女も応戦するが実力の差は歴然であり徐々に追い詰められていった。
「女には手を出さないと言ったではありませんか! 契約はどうなっているのです!」
「うるさい! 黙っていろ!」
口論しながら激しい攻防を繰り広げている二人を眺めながら、オクタヴィオは思うのだった。
(一体何なんだこの状況は……)
「いい加減にしろ、お前こそ何様のつもりだ? この俺に指図するつもりか?」
「えぇ、そうですとも! 私は女は傷つけるなと言ったのです! 止めるのは当然でしょう?」
「チッ……ああ、そうか。 そういう事だったか」
「何を言って……まさかあなた……!?」
何かを察してか目を見開く彼女に構わず、アルファは言った。
その彼女が被っていたローブのフードを掴んで剥ぎ取っていく。
「そうだ、よく見ろそこの女ァ! この裏切り者の女の顔をなぁ!」
その言葉を聞いた瞬間、リゼットの顔が青ざめていくのが分かった。
無理もないことだろう、何せ目の前にいる人物はリゼットが最も信頼できる人物ーーールミアだったのだから。
その事実を知った瞬間、リゼットは崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。まるで魂が抜けたかのような表情で呆然としている彼女を他所に、アルファは話を続ける。
「こいつの正体はスパイなんだよ!」
その言葉にリゼットはビクッと身体を震わせると恐る恐る顔を上げてルミアの方を見た。
するとそこには今にも泣き出しそうな表情をしたルミアの姿があったのだ。それを見たリゼットは思わず叫んでしまっていた。
「そんな……嘘ですよね……? ルミア……!」
それに対してルミアはゆっくりと首を横に振るだけだった。それが意味することを理解したリゼットの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
そんな彼女に追い打ちをかけるかのようにアルファは言う。
「残念だったな、お嬢ちゃんよぉ! こいつが家族を傷つけた犯人の片棒を担いでいたんだぞ? どんな気持ちだァ?」
その瞬間、リゼットの表情が一変した。先程まで絶望に打ちひしがれていた表情が一転して怒りに満ち溢れたものへと変わっていたのだ。そして立ち上がると拳を握りしめて叫んだ。
「許さない……! 絶対に許せないです……! 私の大切な人を傷つけるなんて許せません!」
その声は震えていたが、それでもはっきりと聞き取れるものだった。それほどまでに強い怒りを感じているということだろう。そんな彼女の様子を見て、アルファはさらにルミアに煽るような言葉を投げかけてくる。
「おいおい、いいのかぁ? このままだとお前の大事な妹分が傷つくことになるぜェ?」
それを聞いた途端、ルミアの顔付きが変わったのが分かった。目つきが鋭くなり、怒りに満ちた表情になっているのが分かる。だが、それでも彼女は冷静さを保っていたようだ。
「何が目的ですか?」
静かに問いかけると、アルファは答えた。
「今持っている魔女の核をこちらに渡して、お前が自害すれば、あの小娘の命を助けてやろう。 お前は仕事を果たしたからな、もう用済みだ」
それを聞いた途端、彼女は大きく目を見開いたかと思うと黙り込んでしまった。
しばらく考え込んでいたようだが、やがて決心がついたらしく顔を上げると言った。
「……分かりました、貴方に従いましょう」
それを聞いて満足そうな笑みを浮かべるアルファとは対照的に、ルミアの表情は暗かった。
当然だ、大切な家族であるリゼットを見捨てることになるのだから無理もないことである。
しかし彼女にはどうすることもできなかった。
自分が犠牲になることでリゼットが助かるのならばそれで良いと思っていたからだ。
「魔水晶の核はこちらになります……」
「いいぞ、これさえあれば俺はもっと強くッ……! さあ、早く次だッ! 貴様の命を主の目の前で散らせてみせろッ!!」
「ルミア! ダメっ!!」
「さようなら、リゼット」
そう言うとルミアは懐からナイフを取り出すと自らの喉元に突き立てようとーーー
「それはしちゃいけない」
その場に似つかわしくない落ち着いた声が響き渡ると同時に、銃声が数度鳴った。
その直後、カランと音を立てて何かが床に落ちる音が聞こえたので見てみると、銃弾が命中して砕け散ったであろうナイフの欠片があったのである。
「……は?」
それを目の当たりにしたアルファは驚きのあまり固まってしまい動けなくなってしまった。
そんなアルファをよそにオクタヴィオはまだ呆然とするルミアの側へとゆっくりと歩いて行く。
「駄目だよ、ルミアさん。 それをすると悲しむ人がいる」
オクタヴィオは優しい手つきでルミアが持つ柄だけのナイフを受け取り、後ろへと投げ捨てる。
そしてそっと彼女の手を取ると諭すように語りかけた。
「それに君にはまだやるべき事があるだろう? こんなところで死ぬべきじゃないさ」
それを聞いてハッとした表情を浮かべる彼女だったが、すぐに申し訳なさそうな顔になり俯いてしまう。
そんな様子を見てオクタヴィオは小さく笑うと頭を撫でながら言った。
「大丈夫、後は俺に任せてくれ」
そう言って微笑むオクタヴィオの顔を見て安心したのだろう、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。
その様子を見ていたリゼットも安堵した表情を浮かべていた。
そんな二人に見つめられていると何だか恥ずかしくなってくるが、オクタヴィオは我慢することにしたらしい。
咳払いをすると気を取り直して話し始めた。
「さて、まずは目の前の問題から片付けようか」
オクタヴィオの視線は、まだ驚いて帰ってこないアルファの方を向いた。
その視線を受けて我に返ったらしいアルファは慌てて身構えようとするが、それよりも先にオクタヴィオが動いた。
「ーーーふっ!」
素早く距離を詰めると相手の鳩尾目掛けて裏拳の要領で銃床を突き出す。
だが、寸でのところで躱されてしまったようで空を切るだけに終わった。
だが、そんなことは想定済みだったのだろう、続けて回し蹴りを放つと見事に命中したようで鈍い音と共に吹き飛んだのが見えた。
「ぐっはっ!?」
どうやらかなりのダメージが入ったようで、腹を押さえて蹲っている様子が見えた。だがそれも束の間のことで、すぐさま立ち上がってくると今度はこちらの番だといわんばかりに新たなナイフを取り出して襲いかかってきた。
「悪いな。 それ、よく見えてる」
「何をーーーはっ!?」
オクタヴィオが目にも止まらぬスピードで銃を引き抜くと、そのまま発砲したのだ。
放たれた弾丸は吸い込まれるようにナイフの柄との境に当たり、その刃を吹き飛ばしていく。
そして続けざまに二発目を撃ち込もうとしたところで相手が距離を取ったため断念することになった。
「くそったれめ! テメェ何者だァ!」
そう叫びながら睨みつけてくる相手に対してオクタヴィオは静かに答えることにしたようだ。
「……ただの何でも屋だよ。 魔女専門のな」
それだけ言うと再び引き金を引いた。狙いすましたように放たれた銃弾は真っ直ぐに飛んでいき、今度こそ相手を捉え、アルファの肩を撃ち抜く。
「ぐっ!? あああぁぁ!」
苦痛の叫び声を上げながらその場に倒れ伏すアルファだったが、まだ意識はあるようだ。
必死に立ち上がろうとするも力が入らない様子で、ただ呻くことしかできない。
そんな様子を見下ろしつつ、オクタヴィオは再び銃口を向けると言った。
「お前は俺の目の前で1番やっちゃあいけないことをした」
「な、何をだ……ッ!」
「決まってるだろ、女の子を泣かした事だ」
その言葉を聞いた瞬間、アルファの顔が恐怖に染まる。
これから何をされるのか分からない不安感に襲われているのだろうことは、想像に難くないことだ。
「ひ、ひぃぃ!」
アルファの喉から引き攣った声が出てくる。
もうこれ以上何かをしてくる事はないだろう。
オクタヴィオはアルファから視線を外し、ルミアとリゼットの方へ向き直る。
2人は心配そうな顔でこちらを見つめていたが、オクタヴィオが無事であることを確認するとホッとした様子を見せた。
「2人とも、もう大丈夫だから安心していいぞ」
そう言ってオクタヴィオが微笑みかけてやると、リゼットは目に涙を浮かべつつも嬉しそうに頷いていた。
一方のルミアはと言うと、未だに放心状態が続いている様子だったが、徐々に意識が戻ってきたのだろう、ハッと我に帰ると慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか? 痛いところとかありませんか? もし何かあったら遠慮なく仰ってくださいね、私が治しますから!」
「大丈夫大丈夫、何の問題もないよ」
そう言いながらオクタヴィオがウインクをしてみせると、彼女は頬を赤らめながらも小さく微笑んでくれたのだった。
それからしばらくして落ち着くことが出来たようで、ルミアとリゼットはお礼がしたいと言ってきた。
「それなら、『ありがとう』で十分お釣りがくるよ。 こんな可愛くて美人さんに言われるんだ、これ以上の報酬は無いな」
それを聞いた途端、二人の顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。きっと照れているんだろうなと思いつつもオクタヴィオは気付かないふりをしておくことにした。
「そ、そんなことはありません! 私なんて全然可愛くないですし、美人でもないですし……」
「そんなことないですよ! とても可愛らしいと思います!!」
二人がお互いに褒めあっている姿を見て思わず笑みが溢れてしまう。
やっぱり女の子っていいよなと思いながら眺めていると、不意に声をかけられたので振り向くとそこにはユイエが立っていた。
「おかえり、ユイエ。 首尾の方は?」
オクタヴィオがそう言うとユイエは妖艶な笑みを浮かべながら答えた。
「もちろん、全て滞りなく終わったわ」
それを聞いてオクタヴィオは大きく頷くとユイエに問いかけた。
「流石だなユイエ。 それで、イリスはどうしたんだ?」
それに対してユイエは事も無げに答える。
「当然隠れて貰ったわ。 今頃静かな空間でゆっくりと過ごしている事でしょうね」
それを聞いて安心したのかホッと胸を撫で下ろすオクタヴィオだったが、次の瞬間にはいつもの気の抜けた表情になっていた。
ユイエの存在に気づいたリゼットが目を白黒させながら、近くに走ってくる。
「ユイエさん、何処にいたんですか!? さっき倒れてましたよね!?」
「ふふ、少し魔法で偽装させてもらっていたのよ。 あれを見てごらんなさい」
「え?」
そう言ってユイエが指差す先には、未だ倒れたままのユイエの姿が見える。オクタヴィオの側にいるユイエと倒れているユイエを見比べて、リゼットの視線が交互に揺れる。
「これを……こうするの」
パチンとユイエが指を鳴らすと、倒れている方のユイエが微かに光り、その形を崩していく。
それと同時に、周りのものが1人でに戻っていき、荒らされていた部屋の中は何事もなかったかのように元通りになった。
「……なら、あとはこっちの仕事だな」
そう言うとオクタヴィオは立ち上がる。ここまで来れば後は事後処理をするだけだ。
オクタヴィオは疲れたと言わんばかりに身体を伸ばすと3人に声をかけていく。
「とりあえず、仕事もひと段落したし、レステ・ソルシエールに帰ろうか」
真夜中の攻防戦は、結果としてオクタヴィオ達の勝利で幕を下ろすこととなった。
その後の話である。
スパイ行為を働いていたルミアはオクタヴィオ達が口を噤んだ事で、今回していた事が明るみに出る事なく、普通の生活へと戻っていくこととなった。
「ありがとうございます、オクタヴィオ様。 この恩はいつかお返し致します」
「オクタヴィオさん、家族を、私の大切な人達を守ってくれてありがとうございました」
イリスにしても、ユイエが改めて結界を張り直す事で、ルミアとリゼット以外例の場所に近づく事はできないようになり、これでイリスを探しに来る不届者たちが減る事を願うばかりである。
そして、イリスから受け取った2つのペンダントを渡す事で、全ての仕事が終了したと言ってもいい。
この事件はある意味未解決で、解決されるという謎な終わり方であるが、これで良いのだろう。
そんな事で、仕事もひと段落したオクタヴィオとユイエはーーーレステ・ソルシエールへと帰ってきていた。
「あー、やっと帰ってこれたー!」
そう言いながら伸びをしているオクタヴィオの横では、ユイエが呆れた表情を浮かべていた。
「全く、だらしないわよ貴方」
ユイエはそう言って窘めるように言うものの、その顔はどこか嬉しそうだった。
「……あ、でも依頼の金貰ってないから結局無一文だな……」
最後の最後で締まらないのはご愛嬌と言ったところであった。
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