第4話
次の日、オクタヴィオは再び例の場所を訪れるべく準備をしていた。今回はユイエと二人で向かうことになるようだ。
というのも先日の一件以来、リゼットもとりあえず元気を取り戻している様子だったからだ。
ルミアがいるから落ち着いているという所もあるが、一人でいるよりは安心できるのだろう。
だからこそ、オクタヴィオとしてはなるべく早く解決してやりたい思いがあった。
「オクタヴィオ、行くわよ」
「ああ、分かっているさ」
オクタヴィオは返事をしながら愛銃であるリボルバー『ベティ』と予備弾倉を確認してホルスターに収める。
ユイエの方も準備が整ったようなので、二人は早速出発する事にした。
目指す場所は勿論あの場所だ。
外に出ると既に日は暮れ始めており、もう少しすれば周りは完全に闇の呑まれていくだろう。
犯人は何処にいるのやらとオクタヴィオは1人愚痴る。
新聞や情報屋を使っての動向把握では、遅かれ早かれそろそろ動き出すと予想している。
そんなことを考えているうちに目的の場所に辿り着くことができたので、そのまま中へと入っていく。
するとそこには変わらず水晶玉が浮かんでおり、その中には魔女の姿があった。
しかしその姿は前回見た時とは違い、水晶の中でふわふわと浮いていたのだ。それを見たユイエは不思議そうに首を傾げて問いかけることにした。
「あら、今日は出てこないのかしら?」
その問いに答えるかのように、水晶の中のイリスはゆっくりと目を開けてこちらを見たかと思うと、少し驚いたような表情を見せた後に笑みを浮かべた。
そして彼女は口を開く。
『やあ、今日はどうしたんだい?』
その様子を見てオクタヴィオ達も安心する。特に何事もなくそこにイリスがいたからだ。
とはいえいつ何時、犯人が来るかどうかがわからないから、油断はできないため一応身構えたままではあるが、そんな二人の様子を気にすることもなくイリスは言った。
『いやなに、少し面白いものを見せてやろうと思ってね』
そう言うなりイリスは自分の周りに魔法陣を展開するとその中心に手を入れるとそこから何かを取り出したのである。
それを見て驚く二人にイリスは笑いながら言うのだった。
『これを今いない2人にあげておくれ』
そう言って投げ渡されたのは2つのネックレスだった。
受け取ったオクタヴィオはそれをまじまじと見つめる。
何の変哲もない普通のアクセサリーにしか見えない。
しかし、よく見ると何かの模様のようなものが彫られているようだが、それが何かはわからない。
「これは?」
オクタヴィオがそう聞くとイリスは答えた。
『ああ、安心してくれたまえ。別に害のあるものではないからね。 言ってみれば……そう、お守りのような物かな』
それを聞いて安心した様子のユイエを横目に、オクタヴィオも納得がいったようで頷くと礼を言うことにした。
「そうか、あの2人の為にありがとうな」
それを聞いたイリスは嬉しそうに笑うとこう言った。
『ふふ、構わないよ。 それに私の方からも礼を言いたいくらいだからね』
その言葉に首を傾げるオクタヴィオだったが、それを遮るようにユイエが言った。
「はいはい、その話は後でゆっくり聞くとして今は仕事に集中しましょう」
そう言われたオクタヴィオは渋々といった感じだったが頷き返すことにしたようだった。
そうして改めて周囲を見回すものの怪しい人影のようなものは見えない。
「……特に魔力感知は引っかからないわね」
「この部屋を開けちまったから魔力痕が流れていっちまってると思ったが……大丈夫そうだな」
そう言いながらオクタヴィオは部屋を見渡すが、特に変わった様子はなかった。
どうやらまだ犯人達は来ていないらしいと判断したオクタヴィオはひとまず胸を撫で下ろすことになった。
それから暫くの間周囲を警戒していた彼らだったが結局何も起こることはなく時間が過ぎていったのだった。
夜も更けてきた頃になって、不意にオクタヴィオが口を開いた。
「……ん、少し席を外すよ」
オクタヴィオはそう言うと立ち上がり部屋から出ていく。
そんなオクタヴィオの様子を見ていたユイエは少し心配そうな表情を見せるのだが、オクタヴィオは構わず部屋を出ていってしまった為後を追うことはできなかったようだ。
残されたユイエはどうしたものかと考えていたのだが、やがて指をパチンと弾くと呟いた。
「まあいいわ……私は少しゆっくりさせてもらおうかしら……」
そう言うと近くにあったソファーに腰掛けると一息つくことにしたようだ。そして数分後には寝息を立て始めたようである。その様子を水晶の中から見ていたイリスは小さく笑みを浮かべると呟くように言った。
『やれやれ、お人好しだね君達は』
その言葉に応える者は誰もいなかったが、それでいいと思っているのだろう。
イリスもそれ以上何かを言うことはなかった。
◇◇◇
オクタヴィオは一人建物の外に出てきていた。
目的はただ一つ、先程感じた違和感の正体を確かめる為だ。
(あれは間違いなく魔力によるものだ)
そう確信を得た彼は周囲に気を配りながら慎重に進んでいく。
建物を出てから数分歩いたところで立ち止まると、周囲の気配を探り始める。
注意深く観察していると微かにだが魔力の痕跡が残っていることがわかったので、その場所まで移動することにする。
そこは花壇になっており、周囲には人の気配は全くなかった。
それでも念のために警戒しつつ奥へと進むことにする。
そして、しばらく進んだ所で足を止める。どうやらここで間違いないようだ。
「……そこにいるんだろう?」
声をかけると木陰から一人の男性が姿を現した。
歳は20代半ばといったところだろうか?
長い黒髪を後ろで結え、鋭い眼光ををしている。服装は体全体を覆い隠すかのような黒装束を身に着けている。
無表情で無害さを漂わせているが、右手に握られているナイフからは血が滴り落ちているのが見えた。恐らくあれが彼の武器なのだろう。
男はこちらに気付くと驚いたように目を見開いた後、すぐに冷静さを取り戻したらしく睨みつけるような視線を向けてくる。
「ーーーフッ!!」
そして手に持っていたナイフを構えるとこちらに向かって突っ込んでくる。その動きはとても素早く無駄がないように見えた。おそらくかなりの実力者であろうと思われた。
「ちょっと待ってくれ! 話をさせてくれ!」
「そちらの話を聞くつもりもりは、無いッ!」
それに対してオクタヴィオは迫り来る男に待ったをかける。しかし、男の動きは止まらず、真っ直ぐにオクタヴィオの方へと向かってくる。
「やめろ! 俺はお前を撃ちたいわけじゃ無い!」
「そんな言葉を信じるとでも思っているのか!?」
「くっ……!」
男の勢いに押されてしまい、徐々に後退していくオクタヴィオだったが、とうとう壁際にまで追い詰められてしまったようだ。逃げ場を失ったオクタヴィオに向かって男は容赦なく襲い掛かってくる。
「これで終わりだっ! 死ねぇっ!!」
男は叫びながら手に持ったナイフを振り下ろした。しかしその刃が届く前に、オクタヴィオは咄嗟に腰のホルスターからリボルバーを抜いていた。そして引き金を引くと銃声が鳴り響き、弾丸が放たれる。
「なっ!?」
至近距離から放たれた銃弾は、男の手ーーーというよりナイフの柄部分に吸い込まれていき、それを弾き飛ばした。
思わぬ反撃を受けて驚きの表情を見せる男だったが、即座に体勢を立て直すと再び攻撃を仕掛けてくる。
今度は蹴り技を主体とした格闘戦を仕掛けるつもりらしい。
「待てって!」
静止の声をあげながら、次々と繰り出される攻撃を躱していくオクタヴィオであったが、その表情には焦りの色が見え始めていた。
このままでは埒が明かないと思ったのであろう、思い切って前に出ていく。
(よし……!)
勢いよく踏み出すと一気に距離を詰めていく。そのまま拳を振り上げて殴りかかるが、相手は冷静に対処してくる。
突き出される拳を最低限の動きで回避すると逆にカウンターを狙ってきたのである。
それを察知したオクタヴィオは慌てて後ろに飛び退いて距離を取ることにしたようだ。
「……っぶねぇーな」
冷や汗をかきつつ呟くオクタヴィオに対して、目の前の男は余裕たっぷりといった様子で話しかけてくる。
「へえ、よく避けたな」
「そりゃどーも」
皮肉めいた言葉を返しつつもオクタヴィオは内心ではかなり焦っている様子だった。
何せ無力化させる方法があまりにも少ないからだ。
(どうする……?)
この状況を打開する方法を考えるが中々思いつかないでいるようだった。そんなことを考えている間にも相手からの追撃が続いている。
何とかして捌いているもののこのままだといずれ限界が来るだろうということは容易に想像できた。
「しゃあない……やるしかないか」
なのでこちらから仕掛けてみることに決める。まずは牽制のために一発撃ち放つ。
狙いは相手の顔付近に向けて撃つことで威嚇の意味を込めてみたのだが、予想通り避けられてしまうことになる。
「狙いはいいけど、殺意が感じられないな!」
「言ってな!」
そこですかさずオクタヴィオは次の行動に移ることにする。
相手が避けるために動いた瞬間に自分も動いて間合いを詰めることを試みることにしたのだ。
「そいつを貰おうか!」
「それはさせられない!」
腕を掴んで無力化しようとするが、そう簡単にはいかなかったようで簡単に防がれてしまい距離を取られてしまったことで失敗に終わることになってしまった。
その後も何度か試してみたものの結果は同じでありダメージを与えることは出来ていないようであった。
(このままじゃジリ貧だな)
内心焦りを覚えながらもどうにかしなければと考えるオクタヴィオだったが妙案が浮かぶわけでもなく時間だけが過ぎていくだけだった。
(せめて何かきっかけがあればいいんだけどな)
そんなことを考えていた時だった。不意に背後から声が聞こえてきたので振り返ってみるとそこには一人の女性が立っているのが見えた。
「何をしているんですか? 時間が迫っているんですよ」
そう言ってきたのは黒いローブを着た女性だった。
彼女は呆れているような表情でこちらを見ているようだが、その視線には敵意が込められているように感じられない。
何故かはわからないが、どうやら敵として認識されていないらしい。
それが分かった瞬間、安堵の息を吐くことができた。
だがそれも束の間のことだった。オクタヴィオはすぐに気持ちを切り替えて目の前の敵に集中しなければならないと思い直す。
「アルファ、早くしてください」
アルファと呼ばれた男はローブの女性に突然声をかけられてビクッとなったが、すぐに気を取り直した思うとオクタヴィオの方へ鋭い視線を向けてきた。
その瞳からは、殺気のようなものが感じられるほど強い視線だった。
「うへぇ……怖い怖い」
その様子を見てオクタヴィオは思わず身構えそうになるが、今はそんなことをしている場合ではないと思い直し平静を保つよう努める。
「お前らの目的は何だ?」
できるだけ刺激しないように言葉を選びつつ返事をすることにしたのだが、上手くいったかどうかはわからない。
ただ少なくとも向こうが攻撃の意思を見せていないことに安堵しつつ、オクタヴィオは相手の様子を窺うことにした。
「貴方、先程話し合いがしたいとおっしゃってましたね? すみませんが、こちらは時間がないのです」
冷たい口調で言い放つ彼女に思わず苦笑してしまうオクタヴィオだったが、それでもめげずに説得を試みようとすることにする。
ここで引き下がるわけにはいかないという思いがあったからだ。
「まあまあ、待ってくれよ! なんでそんなに急いでいるんだよ……」
オクタヴィオがそう尋ねると、彼女の表情は更に険しくなる一方であった。
まるで親の仇でも見るかのような目つきをしているようにも見えるほどだ。
(なんでそこまで怖い目で見られてんだ俺!?)
内心ショックを受けつつも、オクタヴィオは言葉を続けることにする。
「なあ、頼むから教えてくれないか? 何でこんなことをするのかさ」
「貴方のような人間に話す必要はありません」
きっぱりと断られてしまったオクタヴィオだったが、諦めるつもりはなかった。
どうにかして情報を聞き出そうと試みることにした。
「そこをなんとかならない? ほら、話してみてくれよ」
「しつこいですね、いい加減諦めたらどうです? それとも死にたいのですか?」
彼女の言葉にオクタヴィオは一瞬怯んでしまうが、それでも引くわけにはいかなかった。
何故ならこの事件の裏には必ず何かあるはずだからだ。
それにこのまま放っておくわけにもいかないと思ったからである。
だからなんとしてでも情報を引き出したかったのだ。
だが彼女が言う通り諦めるべきなのかもしれないとも思っていたのも事実である。
(さてどうするかな……)
悩んだ末に出した結論は、とにかく相手と話をすることだった。
「いやいや、俺はあんた達と話をしたいだけなんだよ」
そう言って笑いかけると、彼女は呆れたように溜め息を吐いた後で口を開いた。
「はぁ……本当に呆れた方ですね」
そう言いながらも彼女は一応こちらの話を聞いてくれるつもりになったようだ。
その証拠に武器を下ろしてくれていることからもそのことが窺える。
それを見て安堵したオクタヴィオは改めて質問を投げかけてみることにした。
「じゃあ聞くけど、どうして君達はこんなことしてるんだ?」
その問いに答えたのは意外にもアルファの方だった。
「……それが俺達の仕事だからだ」
それだけ言うと口を閉ざしてしまう。それ以上喋るつもりはないということなのだろう。
(困ったなぁ……仕事とはいうものの何処からの仕事なのかは割らせられないか)
どうしたものかと考えていると、ローブの女性の方が口を開いた。
「すみませんが、そろそろ時間のようです。 では、私達は此処で失礼いたします」
そう言うと、彼女は一礼してから踵を返すとそのまま立ち去ってしまったのだった。
それを見たオクタヴィオも慌てて後を追いかけていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
しかし、オクタヴィオの制止の声を無視して彼女達は走り去っていってしまった。
その場に残されたオクタヴィオは呆然と立ち尽くしていたが、やがて我に返り、急いで屋敷の中へ向かっていく。
「あーもう!! 何なんだ一体!?」
苛立ちを抑えきれず叫んでしまったオクタヴィオだが、こればかりは仕方がないことだろう。
何はともあれ、2人組を追いかけるように、オクタヴィオも全力で走っていくのであった。
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