第3話


 その後、4人はそれぞれ持ち寄った情報を交換することにした。

 まず最初に口火を切ったのはルミアであった。彼女は数枚の紙を取り出すとテーブルの上に置いた。それはこの屋敷の設計図のようで、一階の間取りや各部屋の扉の位置などが詳細に描かれていた。


「これが私達が調べたものでございます。 この館の見取り図、設計図になります」


「ちょいとそいつを見せてくれ。 確かめたい事がある」


 オクタヴィオが見取り図を受け取り、先程の記憶を頼りにざっと確認していくと不審な点が1つ見つかった。

 それは隠し通路の存在であった。図面によると地下室に繋がる道のようなものが書かれていないのだ。


(これは怪しいな)


 そう思ったオクタヴィオはルミアに向かって質問を投げかけてみる事にした。


「なあ、ルミアさん。 この館って地下室ってあるのか?」


 その質問にルミアは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後で、すぐに答えてくれた。


「はい、ございますよ。 ただ、普段は物置きとなっておりますので入ることはできませんが……」


「物置、ね……」


 それを聞いたオクタヴィオは確信を得たとばかりに頷くと、改めてルミアの方に向き直った。


「ありがとう、助かったよ」


 オクタヴィオは礼を言いながら頭を下げると、ルミアはいえいえと言いながら首を横に振った。


「お役に立てたのなら何よりです」


「よし、それじゃあ俺とユイエが見つけた事について共有していくとしようか」


 オクタヴィオはそう言って立ち上がると、全員の顔を見回していった。

 その言葉に全員が頷くのを確認すると、オクタヴィオは話を始めた。


「まず最初に俺達が向かったのは2階の一室だ。 丁度、この館の左端の方……ここだ。 その中で目を引いたのがこれだ」


 そう言ってオクタヴィオが指差したのは、見取り図で見て左側の中心部だった。

 それを見てリゼットが首を傾げると尋ねてきた。


「確か、そこってお祖父様のお部屋ですよね? 何か特別なものでもあったんですか?」


 それに対しオクタヴィオは首を横に振って否定すると答えた。


「あったにはあった。 と言っても物があったというより『道があった』という方が的確かな」


「あった、というのは?」


「言葉通りだよ。 部屋の中に隣へ行けるような扉があってな、ユイエの魔力探知を使いながら、そこを開けさせてもらった」


 あったものは地下へと続く道だったがねと、そう言いながらもオクタヴィオは考えを巡らせていた。


(だが、わざわざそう言った所に隠すということは何か意味があるはずだよな……?)


 そう考えると、もう一度調べる必要があるだろうとオクタヴィオは思い至った。

 そこで3人に1つの提案することにした。


「なぁ、その部屋を調べてみないか? 2階の部屋を一通り回ってみて、何もないようだったら最後にそこへ行こうと思うんだがどうだろう」


 オクタヴィオの提案に対して反対意見が出ることはなく、そのまま全員で行くことになった。

 4人は立ち上がると部屋を出ていき、2階へとやってきた。そして先程と同じように扉を開けて中へと入っていく。


「お祖父様の部屋にそんな物があったなんて私、知りませんでした」


「確かに私も同意見でございます。 掃除などの名目で入りますが、やらなくても良いと言伝を受けておりましたので……」


「そりゃあ何も無い部屋なら気付く事もないだろうし、関わる事もないだろうからわからない話じゃないな」


 リゼットとルミアの話にオクタヴィオは頷く。

 確かに気付かなければずっとそのままだったであろう部屋の事なんて、普通は誰も気にしないのである。


「とりあえず、中に入るぞ」


 部屋の中に入ると、初めて入った時と同じような光景が広がっていた。

 それらを見回した後、オクタヴィオは部屋の中を探索し始めた。まずは本棚を一つ一つ丁寧に調べていくことにする。どの本にも埃が積もっており、長い間放置されていたことが窺える。

 次に机の引き出しを開けてみることにする。中には筆記用具が入っており、羽ペンとインクが入っていた。試しに手に取ってみたが、特に変わった様子はない。

 その後も色々と探してみたものの特に成果は得られなかったため、いよいよオクタヴィオがピッキングをして開けた扉の中へ行くこととなった。


「よし、それじゃあ行くぞ」


 3人が見守る中で鍵を開けるとゆっくりと扉を開けていく。キィッと音を立てながら扉が開いていく。扉の向こうには石造りの階段が続いていた。初めてみた時の通り地下に続いているようだ。


「こ、こんな場所が私の家に……!」


「リゼット様、足元にお気をつけください」


「暗すぎて先が見えないわね……」


 明かりが無いため真っ暗であったが、ユイエが魔法で小さな光球を作り出すと、それを先頭にして階段を降りていった。

 しばらく進むと、広い空間に出た。

 そこには無数の棚が並んでおり、そこには様々なものが所狭しと並べられているのが見えた。

 棚には瓶詰にされた植物や、ホルマリン漬けにされた生き物などがずらりと並んでいる。どうやらここは薬品庫のようだ。

 それを見たリゼットは目を輝かせて叫んだ。


「凄い! こんなに沢山の種類の薬があるなんて!」


 そんなリゼットとは対照的に、オクタヴィオの表情は曇っていた。

 というのも、ここにある薬は全て毒薬であることを知っていたからだ。

 それも強力なものばかりであり、もし少しでも触れれば命は無いと言われている程の代物ばかりなのだ。


「リゼット、あんまり近づくなよ。 何が起こるか分からないからな」


 オクタヴィオはリゼットに注意を促すと、周囲を見渡しながら進んでいく。

 すると、部屋の奥の方に丸い球体があり、その中に人影のようなものが見えた気がした。

 目を凝らしてみると、それは紛れもなく人間の形をしていることが分かった。

 だが、様子がおかしい。

 その人物はピクリとも動かないのだ。不審に思ったオクタヴィオは恐る恐る近づいてみると、それが誰なのかを理解した。


「こいつは……!」


 そこにいたのは、見た目麗しい女性だった。脚を折り畳み、その身体を抱きしめるように眠る彼女を見て、オクタヴィオは思わず息を呑んだ。

 長い睫毛の下に隠れた瞳の色は分からないが、藍色の長い髪が印象的である。まるで人形のように整った顔立ちをしており、とても美しく見えた。

 服装は白いドレスを身に纏っており、首元からは胸元が大きく露出している。スカート部分は短く、白い太腿が露わになっていた。

 腰回りには大きなリボンがついていて、背中側も大きく開いているデザインになっているようだ。全体的に見ると妖艶な雰囲気を漂わせているが、不思議と下品な感じはしない。むしろ高貴な雰囲気すら感じられた。


「……魔水晶だ」


 オクタヴィオが思わずそう呟くと、ルミアが答えた。


「魔水晶……ですか?」


 ルミアの言葉にオクタヴィオは納得した様子で頷いた。


「魔水晶ってのは言ってみれば魔女の力を器に移したもんだ。 魔力さえ流し込めるのならば、その力を使う事ができるんだが……何でここにあるのかは皆目検討がつかないな」


 魔水晶とは、その名の通り魔力を宿した水晶のことである。主に魔法道具として使われていて、魔力を流すことで特定の魔法を発動することができる優れものだ。

 しかしその製法は非常に難しく、扱える者は限られているらしいのだが……


(まあでも今はそんな事よりもこいつだな)


 オクタヴィオは改めて目の前の人物を観察することにした。

 年齢は二十代前半くらいだろうか。 眠っているように見えるが呼吸はあるようで、胸が上下しているのが見て取れる。しかしその瞳が開かれることはないままだ。


(それにしても綺麗な顔してるよなぁ)


 そう思いながら見つめていると、ふと視線が胸元に向いていることに気が付いた。

 谷間が見え隠れしており、つい目が離せなくなってしまう。

 そんな時だった。不意に彼女が身動ぎをしたかと思うと、パチリと目を開けたのである。目が合った瞬間、お互いに見つめ合う形になってしまったのだった。


(しまった!?)


 慌てて視線を逸らすも既に遅く、彼女はこちらをジッと見つめてくるのが分かった。その視線に耐えられず、顔を背けようとするも彼女はそれを許さなかった。

 彼女はゆっくりと身体を動かすと水晶の縁まで近づいてきて言った。


『ああ、客人か。 こんにちは』


 にっこりと微笑みながら挨拶をしてくる彼女に、オクタヴィオは戸惑いながらも挨拶を返す。


「あ、ああ……どうも」


 ぎこちない返事をするオクタヴィオに対し、女性はクスクスと笑うと言った。


『そんなに緊張しなくても良いだろう』


 そう言って微笑む彼女の表情に見惚れてしまいそうになるが、オクタヴィオは何とか堪えることに成功した。

 そして気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしてから質問を投げかけることにした。


「あー、えっと……あんた、名前は?」


 その質問に、彼女は少し考える素振りを見せてから答える。


『私の名はイリス。 この魔水晶の中にある自意識である』


「そうか、イリスさんか……」


 オクタヴィオが名前を復唱していると、イリスは小さく頷いてから話し始めた。


『そうだとも、私はイリスだ。 ……それで? 私に何の用かな?』


 首を傾げながら問いかけてくるイリスに対して、オクタヴィオは答えた。


「いや、ちょっと聞きたいことがあってな」


 そう言うと、オクタヴィオはこれまでの経緯を簡単に説明した。

 それを聞いたイリスはふむふむと言いながら頷くと、こう続けた。


『なるほどな、事情はよく分かったよ。 それなら私が知っている範囲で良ければ教えようじゃないか』


 それを聞いたオクタヴィオはホッとした表情を浮かべると礼を言った。


「助かるよ、ありがとう」


 それに対してイリスは特に気にする様子もなく話を続ける。


『なに、気にするな。 私も暇していたところだしな……』


 そう言いながら肩をすくめると、話を続けた。


『さてと、まずは何処から話すべきか……そうだな、とりあえず君達の目的を教えてもらおうではないか?』


 そう言われたオクタヴィオは少し考えると、自分達が訪れた目的について話す事にした。

 それを聞いていたイリスの表情が段々と険しいものになっていくのが分かる。そして話が終わると同時に深い溜息をついた後でこう言った。


『やれやれ、これはまた厄介な事に巻き込まれたものだね……』


 呆れたように首を振るイリスを前に、オクタヴィオは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 そんな彼の様子を見たイリスは再び溜息をつくと言った。


『まあいいさ、今回の事の原因は私にあるだろうからね。 お詫びと言っては何だが、何か力になれることがあれば協力しようじゃないか』


 それを聞いて驚くオクタヴィオだったが、すぐに表情を戻すと質問をする事にした。


「なら聞かせて欲しいんだが、あんたは何者なんだ? どうしてここにいるんだ?」


『先ほども言ったが、私は魔水晶に宿るイリスという魔女の記憶を元にした自意識である。 魔力さえあれば彼女が使った魔法を再現する事ができる。 そして今回の襲撃、十中八九私を狙ってきたものであろう』


 その言葉を聞いたオクタヴィオは思わず顔を顰めてしまった。

 何かあるとは思っていたが、狙いはイリスだったのかと思うと気が重くなるのを感じたからだ。

 そんなオクタヴィオの様子を見たイリスは言った。


『安心しろ、君に危害を加えるつもりは無いし、そもそも私には戦闘能力がないのだから何もできない』


 そう言って笑うイリスを見て、オクタヴィオは少しだけ気持ちが楽になるような気がした。確かにその通りだったからだ。

 そこでふと疑問に思ったことを聞いてみることにする。


「じゃあ何で狙われたんだ?」


するとイリスは顎に手を当てて考え込んだ後、答えてくれた。


『恐らく私の能力だろうな……私の能力は〈模倣〉といって能力やモノを真似たり作ることができるというものだ。 だから奴らは私の力を欲しているのだろう』


 その言葉にオクタヴィオが反応するよりも早く、ルミアが口を挟んだ。


「待ってください! 貴方の力はそんな危険な物なんですか?」


 それに対し、イリスは小さく首を横に振って否定した。


『いいや、そんなことはないよ。 私の能力が暴走するようなことはない筈だ』


 その言葉を聞き、安堵の息を吐くルミアだったが、オクタヴィオはまだ納得がいっていない様子だった。

 何故ならオクタヴィオは知っていたからだ。

 この世に絶対など存在しないということを。だからこそ不安を感じていたのだ。

 しかしそんなオクタヴィオの様子を見たイリスが言った。


『安心してくれていい。 絶対とは言い切れないが、早々暴走するような物ではないからね』


 そう言われてしまい、オクタヴィオは何も言えなくなってしまった。

 その後、4人が案内されたのは地下室の中でも一番広い部屋だった。


『ここが私がいつもいる場所さ。 ここなら安心して話ができる』


 そう言うイリスに連れられて中に入ると、そこはまるで図書館のような場所であった。

 天井近くまである本棚には隙間なく本が詰め込まれており、床にも無数の本が積み上げられているため足の踏み場もない状態だ。


「うわぁ……こんなに本が一杯……!」


「この屋敷に他の地下室がある事は驚きでしたが、こんな部屋がまだ地下にあるなんて」


 そんな光景を前にして呆然としているリゼットとルミアをよそに、イリスは水晶を浮かばせながらどんどん奥へと進んでいくと椅子の前で立ち止まった。

 そして手招きしてくるのでそちらに向かうと座るように促されたのでオクタヴィオ達は大人しく従うことにした。

 2人掛け用のソファが2つあり、その間にテーブルが置かれているため向かい合わせで座る形になっているようだ。そのソファに腰を下ろすと、早速本題に入ることにした。

 まず最初に口を開いたのはリゼットだった。


「あの、一つお聞きしたいのですが、いいですか?」


 おずおずといった感じで聞いてくる彼女に、イリスは微笑みながら答えた。


『なんだい? 遠慮せずに聞いてくれ』


 その言葉に安心したのか、リゼットは質問を投げかけることにしたようだ。


「それでは遠慮なくお尋ねしますけど……貴方は何でこのような姿になったんですか?」


 その問いに、イリスは答えた。


『それはリグレス・アリゼーがそれを願ったからさ』


 そう言って肩を竦める仕草を見せるイリスであったが、特に気にした様子もなかった。


「お祖父様に……? そんな事を望まれてそんな水晶の中にいるんですか? ……寂しくないですか?」


『寂しい、と感じた事はないかな』


 そう言って苦笑するイリスの表情はどこか悲しげなものに見えた気がしたが、気のせいだろうか?

 そんな事を考えているうちに話は進んでしまっていたようで、いつの間にか話題が変わっていたようだった。


『まあそういう訳でね、私はこうしてここに居る訳だが……他に聞きたい事はあるか?』


 そう聞かれたユイエは暫し考えた後でこう切り出した。


「では私からも良いかしら? ……貴方の目的は何なのかしら」


 するとイリスは考える素振りを見せた後でこう答えた。


『そうだなあ……強いて言えば【この家の家族の為】にってところかな』


「家族の為……?」


 聞き返すユイエに対して、イリスは頷きながら言った。


『ああ、そうだよ。 ここの家の一族は皆善人でな、だからせめて、少しでも幸せになってほしいと思って私が力を貸していたのさ』


 それを聞いたユイエは納得したように頷くと、それ以上聞くことはなかった。


「それじゃあ次は俺からいいか?」


 そう言って次に手を挙げたのはオクタヴィオだった。


『どうぞ、何でも聞いてくれたまえ』


 そう言って胸を張る彼女の姿に苦笑しながら、オクタヴィオは質問をすることにした。


「なら聞かせてもらうぜ。 君はその先代とどういう契約を結んでいた?」


 オクタヴィオの質問にイリスは少し困ったような表情を浮かべると、こう答えた。


『そこまで難しいものではないよ。 この契約はリグレスの思い、というより執念かな? 家族を幸せにしたいという一心で繋がっているものだ』


「繋がり、ね」


『とても美しかったのだ。 何かの為に一途になれるその姿勢を、精神を、私はその時初めてみた。 だからこそ、それを断ち切らせない為に私は此処にいるのだよ』


 それを聞いて納得すると同時に、オクタヴィオはもう一つ気になったことがあったため聞いてみる事にした。


「なるほどな、大体分かった。 それで、だ。 君自身はこの後どうしたいんだ? 此処に君がいたという事実は遅かれ早かれ広まる筈だ」


 オクタヴィオの問いかけに一瞬キョトンとするも、イリスはすぐに笑みを浮かべると答えた。


『私か? そうだな……私はもう十分過ぎるほど幸せな時間を過ごしてきたつもりだからね……これ以上を望むつもりはないよ』


 それを聞いて安堵した様子のオクタヴィオに笑いかけると、イリスは続けて言った。


『ただね、その幸せな家族を壊そうとする者がいるのなら、助けてやって欲しい。 君なら、できるはずだ』


「……買い被りすぎだ、俺はただのガンマンだぜ?」


『ただのガンマンで、人だから頼むのだ』


 そう言われてしまい、オクタヴィオは何も言えなくなってしまった。

 だが確かにその通りだと思ったのも事実であり、ならば自分にできることをするだけだと考えることにした。そしてユイエの方を向くと言った。


「まあ、俺だけじゃどうにもならないから『相棒』、頼むぜ」


「……そうね、私に出来ることがあるなら手伝うわ」


 それに対してユイエも同意するように頷いてくれたことで決意を固めることができた。

 だからこそ今一度確認する意味を込めて聞いたのだが、返ってきた答えは予想通りのものだったのでイリス思わず苦笑してしまった。


『ふふ、不思議だよ。 魔女と人間、同じようで違うのに……頼もしい限りだね』


 そんな二人の様子を見ていたイリスは満足そうに微笑むのだった。


「さて、それじゃあそろそろ戻るとするかね」


 オクタヴィオはそう言って立ち上がると、ユイエとルミア、リゼットに声を掛ける。


「それじゃ俺達はこれで失礼するよ。 何かあったらまた来るからな」


『ああ、いつでも来るといい』


 笑顔で見送るイリスに見送られながら、4人はその場を後にするのだった。

 オクタヴィオ達が帰った後、イリスは一人地下室に佇んでいた。


『懐かしいものだな……人間とはこうも温かいものだったね……』


 そう言って目を閉じるイリスの表情は穏やかだった。その表情からは寂しさや悲しさといった感情は感じられないように思えたが、それでもやはり何処か寂しそうに見えるのだった。


『リグレス、君の想いは確かに受け継がれているぞ……君達の幸せを願って止まないよ』


 そう言うとイリスは再び水晶の中に閉じこもるのだった。

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