第2話


 大通りまで出てきたオクタヴィオ達は、リゼットとルミアの先導の元、彼女らの家を目指して歩いていた。


「なぁ、本当にこっちであってるのか?」


 オクタヴィオが気になって尋ねると、リゼットとルミアの二人は揃って頷いた。どうやら間違い無いらしい。

 だが、明らかに人気のない方向に向かっている気がするのだが気のせいだろうか。

 というより、どんどん人気が無くなっているような気がするのは間違いない。

 オクタヴィオは思わず立ち止まって周囲を見渡した。

 そこは民家が建ち並ぶ区画の中でも一際大きな屋敷が立ち並ぶ一角だった。

 だが、どの建物も人の気配がなく静まり返っている。


「今、私達の家で起こった事件によって、この辺りの方々は少し遠出をしているか静かに隠れておられるのでしょう。 皆様、その犯人に恐怖を感じていらっしゃいます」


 そう言いながら歩いているうちに目的地に到着したようで、そこにあったのは大きな門構えのある立派なお屋敷だった。

 そんな中、オクタヴィオは目の前の屋敷を見て思わず感嘆の声を漏らしていた。


「これは凄いな……まるで貴族の別荘じゃないか」


 そんな事を考えていると、不意に声をかけられたのでそちらを見るとリゼットの姿があった。彼女はオクタヴィオを見ながら先の屋敷を指差す。


「ようこそ、ここが我が家です」


 その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオは慌てて頭を下げた。


「す、すまない。 つい見とれちまった」


 そう言うと、リゼットはクスクスと笑ってみせた。


「構いませんよ、むしろ光栄です」


 そんなやり取りをしているうちに門の前までたどり着いた。すると、リゼットが振り返りながら言った。


「さぁ、こちらへどうぞ」


 そう言って招き入れられた先にあった光景を見てオクタヴィオは思わず息を呑んだ。そこには広い庭園があり、色とりどりの花が咲き乱れている様子はまるで天国のような美しさがあったのだ。

 その光景に目を奪われていると、いつの間にか目の前に来ていたリゼットが微笑みながら話しかけてきた。


「気に入っていただけましたか? ここは私のお気に入りの場所なんです」


 そう言われて改めて見てみると、確かにこの場所は居心地がいいように思えた。花の香りに包まれていると心が安らいでいくような感覚を覚えるのだ。

 そんなことを考えている間にもリゼットは話を続けていた。


「私はここで花を愛でるのが好きなんです。 でも最近は事件のせいでなかなか此処に来れなくて……」


 その言葉を聞き、オクタヴィオは納得したように頷くと言った。


「なるほど、手入れができてなくとも積み重ねてきたからこんなに綺麗なんだな……」


 それを聞いたリゼットは一瞬驚いたような表情を見せたものの、すぐに笑顔に戻ると言った。


「ありがとうございます、褒められると素直に嬉しいですね……」


 それからしばらく沈黙が続いた後、リゼットが再び口を開いた。


「では、そろそろ家の中へ向かいましょう」


 4人が家に入り、事件当初の部屋へと足を運ぶ。部屋の中に入ると、真っ先に目についたのが血塗れになったソファだった。それを見た途端、リゼットの表情が曇った。


「……っ!」


 悲しみに満ちた表情でリゼットはその場に崩れ落ちかけるが、気丈に振る舞おうとする。そんな彼女の様子を見たルミアが駆け寄り、優しく抱きしめながら慰めの言葉をかけていく。


「大丈夫、きっと犯人を見つけ出して捕まえてくれますよ」


 ルミアの言葉にリゼットは小さく頷き返すだけだった。そんな様子を見てオクタヴィオは居た堪れない気持ちになっていた。

 犯人に憤りを覚えるが、それを感じるのは違うと言い聞かせて、気持ちを捜査の方へと切り替えていく。

 まず最初に考えたのは犯人がどこから侵入したのかを調べることである。

 そのためには、まずは屋敷の中を調べなければならないだろう。そう思い至ったオクタヴィオは早速行動に移すことにした。


「よし、じゃあ俺とユイエは二階から見て回ることにするから、ルミアさん、リゼットちゃんは一階を頼む」


 オクタヴィオ言葉に3人は頷くと、それぞれ担当する場所へと向かっていく。それを見届けた後、オクタヴィオも自分の仕事に取り掛かることにした。

 オクタヴィオはまずリビングを出てすぐ左にある階段を上ることにした。

階段には赤い絨毯が敷かれており、手すりの部分にも金の装飾が施されている。いかにも高級そうな雰囲気を漂わせているそれは、まさに貴族といった風情を感じさせるものだった。


「ひぇ〜……高そうな物しか置いてないな……ユイエ、お前さん壊すなよ」


「誰にモノを言ってるのよ。 貴方が1番危ない事を自覚なさい」


 悪ふざけもそこそこに、オクタヴィオとユイエは一段ずつ踏みしめるようにして上がっていくと、踊り場で折り返してから更に上へ進んでいく。

 2階に着くと、正面には大きな扉が待ち構えていた。おそらくここが応接間なのだろうと思いながら扉を開けると、予想通りそこには豪華な調度品の数々が置かれていた。そして部屋の中央には大きなテーブルが置かれていて、その上には燭台が置かれているのが見えた。

 よく見ると火が灯されているらしく、ゆらゆらとした炎が揺らめいているのが分かる。そしてその近くには電話機のようなものが置かれているのが分かったが、残念ながら受話器は壊されているようだ。


「通話機能は軒並み全滅か? にしても事件の部屋以外もやってくとは用意周到だな……」


 恐らく襲撃の際に壊されてしまったのだろう。しかし、この部屋自体は特に荒らされた形跡もなく綺麗に保たれているようだと思った。


「でも、壊されているのは通話系のものであって高価な物は何も盗られてないわね」


「確かに、此処までやるならどれか一つは無くなっても良さそうなんだが……とりあえず、他の部屋も見てみるとするか」


「そうね」


 応接間から出ると廊下がまだ伸びており、左右にいくつかの扉が見えるようになっていた。

 オクタヴィオはユイエの方に向き直る。


「じゃあ、一度分かれて調べてみるとするか。 ユイエは反対側を頼むぞ」


「わかったわ。 何かあったらすぐ伝えに行くわ」


「了解、気をつけろよ」


 ユイエと分かれたオクタヴィオは手近なところから調べることにして、一番近くにあった扉を開けてみる事にした。

 中に入るとそこは寝室のようで、ベッドやクローゼットなどが置かれていたが、やはり荒らされた様子はないようだった。

 ただこちらも通話系の物は軒並み丁寧に壊されているのが見て取れる。


「さっきの応接間もそうだったけど、此処まで周到に破壊し尽くすか普通?」


 受話器などの壊され方は、配線が切れているかそもそも受話器が叩き折られているかの2択だ。

 どうも、外部と連絡を取らせたくないのがよくわかるほどに壊されているのは不思議でならない。


「特に窓、屋根裏から侵入した痕跡も見当たらねえし……他の場所を見て回るか」


 その後も一通り見終わると次の部屋へと向かうべく部屋を出たところ、向かい側の部屋からユイエが出てきたところだった。


「オクタヴィオ、そっちはどう?」


 オクタヴィオは首を横に振ると、残念そうに答えた。


「いや、何も見つからなかったよ」


「そう、こっちは収穫があったわ。 着いてらっしゃい」


 そう言われたのでオクタヴィオはついていくと、ユイエはある扉の前で立ち止まった。どうやらここに何かがあるらしい。


「ここか?」


「えぇ、そうよ」


 オクタヴィオが尋ねると、ユイエは頷いて答えると扉を開けた。そこに広がっていたのは先程と変わらない誰かの部屋だった。

 本棚がいくつか置かれており、その中には難しそうな本がたくさん収められていた。

 窓際には机があり、その上に置かれた花瓶の中には紫色の花が飾られているのが見える。

 また、部屋の隅の方には姿見鏡が設置されていた。一見すると何の変哲もない普通の部屋に見えるのだが、どこか違和感を感じる。

 その正体について考えながら部屋の中を見回していると、ユイエに呼ばれる。


「オクタヴィオ、これを見てみなさい」


 その声に反応して振り返ると、彼女が窓際を指し示す。そちらを向けば、何の変わりもない窓が一つあるだけだ。


「これのどこがおかしいんだ?」


 疑問を口にすると、彼女は呆れたような表情を浮かべながら説明を始めた。


「よく見てごらんなさい、この窓の周りを」


 言われてみると確かに違和感があるような気がする。そう思いながらまじまじと観察していると、ふと気付いたことがあった。


「もしかして、微かな魔力使用痕?」


 それを聞いて、ようやく理解したという風にユイエは頷いた。


「その通りよ、つまり何者かがここから出入りした痕跡が残っているということね」


 それを聞いてオクタヴィオは感心したように言う。


「なるほどな……さすが魔力関連の専門家だな」


 それに対してユイエは謙遜するように手を振ってみせた。


「いえ、これくらいなら私でなくても分かるはずよ」


 そう言って微笑むと、今度は部屋の反対側を指さした。そこにはまた別のドアが存在しているのが見えた。


「あっちの部屋に行きましょう。 魔力の痕跡が続いてるわ」


 そう言って歩き出したユイエの後に続いて歩いていくと、そのドアの前へと到着した。

 オクタヴィオがドアノブに手をかけて開けようとするが開かない。

 どうやら鍵がかかっているらしい。


「鍵がかかってるみたいだな」


 そう言うと、オクタヴィオは懐から一本の針金を取り出すと、それを鍵穴に差し込んで弄り始めた。


「……貴方こういう小手先の事は本当に得意よね。 まるで泥棒みたいだわ」


「俺だって好きでこんな事覚えたんじゃないぞ……」


 呆れたように言うユイエに反論しながら作業を続けること数分、カチャリと音を立てて鍵が開いた音がした。

 その音を聞いて満足げな表情を浮かべるオクタヴィオだったが、すぐに気を引き締め直すと慎重にドアを開けていく。

 するとそこには地下へと続く階段があった。

 薄暗い空間の中に下りていくと、その先には頑丈そうな鉄の扉があった。


「襲われるんだから何かあるとは思っていたけど……これ以上進むのは危険だな。 一旦戻って情報を共有するか」


「そうね」


 二人は踵を返すと、元来た道を戻り始めるのだった。

 そして、初めにいたリビングに戻ると、既にリゼットとルミアが戻ってきていたようで心配そうに待っていた様子だった。

 そんな中でユイエだけが涼しい顔をしているのを見て、リゼットは思わず声をかけた。


「あの、ユイエさんは大丈夫なんですか……?」


 その問いにユイエは小さく頷いて答えると言った。


「心配いらないわ、私は平気だから」


 その言葉を聞いたルミアも安心したように胸を撫で下ろすのだった。その様子を見ていたオクタヴィオも安心して一息つくことができたのだった。

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