金無しのガンマン

第1話


 王都アルトバートの市街地、その奥の方に建てられた一軒家に小洒落た看板が立てかけられている。

 『何でも屋レステ・ソルシエール』それがこの店の名前だ。何でも屋といっても、『限定的な』という注釈がつくが。

 店のドアを開けるとカランコロンと鈴の音が鳴り響く。中に入るとカウンターには誰もいないようで、代わりに奥のテーブル席に座っていた人物がこちらを向いた。


「あら、おかえりなさい」


 そう言って出迎えてくれたのは白銀色の髪の女性だった。長い睫毛に縁取られた瞳は綺麗な空色をしており、その瞳で見つめられるだけで魅了されてしまいそうだ。

 顔立ちは非常に整っており、まるで西洋人形がいるかのような印象を受ける女性である。

 そんな彼女こそがこの何でも屋の従業員であり、オクタヴィオの相棒でもあるユイエだ。


「ただいま〜っと」


 挨拶を返して店内を見回すが、やはり誰もいなかった。どうやら今はユイエ一人しかいないようだ。


「何か依頼は届いてたか?」


 オクタヴィオが尋ねると、ユイエは本を読みながら答えてくれた。


「いいえ、今日はまだ来てないわ」


 それを聞いてホッと胸を撫で下ろすオクタヴィオ。仕事がないのは良いことなのだが、暇なのは少し退屈だと思ってしまうのも事実だった。


「そうか……なら今日は休業だな」


 言いながらソファーに腰掛けるオクタヴィオ。そのまま横になろうとしたところで、ユイエに注意されてしまった。


「駄目よ、依頼人が来るかもしれないからもう少し起きてなさい」


 そう言われてしまえば従うしかない。渋々起き上がると、オクタヴィオはテーブルの上に置かれていた新聞を手に取って読み始めた。

 一面にデカデカと載っているのは先日起きた王城襲撃事件の記事だ。犯人は未だ捕まっておらず、犯行声明なども出されていないため、事件の真相は謎のままである。

 一説によると、襲撃犯は王城にある宝か何かを奪いに来たのではないか、という話が出回っている。

 更に記事を読んでいくと、気になる見出しを見つけた。そこにはこう書かれていたのだ。


『王都アルトバートにて指名手配犯発見か?』


 それを見て思わず顔をしかめてしまうオクタヴィオ。


「おいおい、マジかよ……この辺りいるってことか?」


 呟くように言うと、隣に座るユイエが反応した。彼女も読んでいた本を閉じてこちらに視線を向ける。


「どうしたの?」


 ユイエに問われて、オクタヴィオは答えた。


「いやさ、これ見てみろよ」


 そう言って新聞を指差すオクタヴィオ。そこに書かれている内容を見て、ユイエの表情が興味深そうな物に変わる。


「それにしても王城襲撃ねぇ……今の時代にしちゃ珍しい」


 感心半分呆れ半分といった心境で記事を見つめるオクタヴィオに、ユイエが尋ねる。


「気になることでもあるのかしら?」


 それに対してオクタヴィオは首を横に振って否定した。


「いいや、別にそういうわけじゃないんだが……なんと言うか、襲撃なんて穏やかじゃないなってな」


「それもそうね……でも、私達には関係のないことでしょ?」


 そう言って肩を竦めるユイエに、オクタヴィオは苦笑するしかなかった。


「まぁ、そうなんだがなぁ……なんか最近やたらと物騒な出来事が多い気がしてよ」


「それは気のせいよ。 私達は今まで通り依頼を受けるだけなんだから」


 きっぱりと言い切るユイエに対し、オクタヴィオは反論することが出来なかった。


(確かにそうだよな……)


 納得しかけたその時だった。不意にドアが開いて誰かが入ってきたかと思うと、こちらに向かって声をかけてきた。


「すみません、誰かいませんか?」


 声の方を見ると、そこには一人の少女がいた。年齢は十代後半といったところだろうか。髪は栗色で、瞳の色は緑色だ。服装は黒いジャケットに白いシャツ、下は赤いチェック柄のミニスカートに黒のハイソックスを履いている。靴は茶色のブーツのようだ。全体的にボーイッシュな雰囲気を感じさせる少女であった。

 彼女の姿を見た途端、オクタヴィオは思わず立ち上がり、声を上げた。


「おぉっ、ようやく来てくれたか」


 その声に少女はビクッと肩を震わせた後、驚いた様子でオクタヴィオを見てきた。


「えっ……!? あ、あの……」


 突然のことに戸惑っている様子だったが、構わず話しかけることにする。 まずは自己紹介からだと判断したためだ。


「ようこそ魔女専門の何でも屋『レステ・ソルシエール』へ! 」


 握手を求めて手を差し出すも、彼女は困惑している様子だ。どうしたものかと思っていると、少女の後ろから声をかけられたのでその後ろを覗いてみることにした。

 そこにいたのは黒髪の女性だった。年の頃は二十代前半くらいに見える美人さんだが、何故かメイド服を着用している。

 というかこの人誰なんだろう……そんなことを考えている間に女性は俺の前に立つと、スカートを摘んで深々と頭を下げてきた。


「はじめまして、オクタヴィオ様。 私はリゼット様の従者を務めております、メイドのルミアと申します」


 そう言ってお辞儀をする彼女に対して、オクタヴィオも慌てて頭を下げた。


「あ、これはどうもご丁寧に……」


 なんだかよく分からないけど、とりあえずこちらも名乗っておくことにした。


「俺はオクタヴィオ、見ての通りこの何でも屋の社長兼従業員だ」


 そう言うと、今度は目の前の少女が口を開いた。


「わ、私はリゼットって言います。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げてくる彼女に、オクタヴィオも挨拶を返す。


「ああ、よろしくな」


 笑顔で答えるオクタヴィオに続いて、ユイエも挨拶をする。


「初めまして、私はユイエ。 以後お見知りおきを」


 すると、リゼットと名乗った少女はおずおずと尋ねてくる。


「……え? 2人しかいらっしゃらないんですか?」


 不安そうな表情を見せる彼女に、オクタヴィオは苦笑しながら答えた。


「確かにウチは俺とユイエしか従業員はいないな」


 オクタヴィオがそう答えると、リゼットは不安げな表情を浮かべたまま黙り込んでしまった。

 無理もないことだとは思うが、それでも仕事はもらわねばならない。

 オクタヴィオは彼女を安心させるように言葉をかけることにした。


「大丈夫だって、ユイエは優秀だし、俺だって腕には自信があるからな」


 オクタヴィオの言葉にユイエが同意する。


「ええ、そうよ。だから安心してちょうだい」


 それを聞いて安心したのか、リゼットはほっと胸を撫で下ろしていた。そんな彼女に向かって、ユイエが優しく声をかける。


「さて、それじゃあ早速だけど仕事の話をしましょうか?」


 その言葉に、リゼットの表情がぱっと明るくなった。よほど困っていたのだろう。


「はい、お願いします!」


 元気よく返事をするリゼットだったが、すぐに表情を曇らせてしまった。どうしたのだろうかと思っていると、ルミアが説明を始めた。


「実は現在、リゼット様の家から出される依頼が全て断られているのです」


 その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオは怪訝な表情をする。


「何だって?」


 疑問符を浮かべるオクタヴィオとは対照的に、ユイエは冷静に聞き返す。


「それは何故かしら?」


 その問いに答えるべく、ルミアが話を続ける。


「先日王城に襲撃があったことはご存知でしょうか?」


「ああ、知ってるぜ」


 即答するオクタヴィオに対し、ルミアは話を続けた。


「その際に王城を襲撃したと思わしき者がリゼット様のお宅に押し入りまして、リゼット様と私を除いて重傷を負わせていきました。 その後、犯人は逃走しましたが未だに捕まっておりません。 襲撃の犯人が捕まっていない為、その襲撃を恐れているのか現在は誰も依頼を受けたがらない状態なのです」


 それを聞いて、オクタヴィオは思わず天を仰いだ。


(その他施設の依頼拒否、ねぇ……)


 予想外の事態に頭を抱えたくなるオクタヴィオだったが、なんとか平静を装って会話を続けることにする。


「なるほど、そういうことだったのか」


 納得した様子を見せつつ頷いていると、ユイエが質問を投げかける。


「それで、依頼が出せないというのは具体的にどういうことなのかしら?」


「そうですね……まず、私達だけではお支払いできるお金がありません」


 申し訳なさそうに言うリゼットの言葉を聞いて、オクタヴィオは拍子抜けした気分になった。


「そうなのか? そんな気にしなくていいんだけど……」


 そう言いながらオクタヴィオが大丈夫であることを伝えると、リゼットは少しホッとしたような表情を見せた後で礼を言ってきた。


「ありがとうございます……!」


 それから少しの間を置いて、ユイエが口を開く。


「そのお金が出せないというのはどういう事なのかしら?」


 その質問にリゼットは答えた。


「完全にお金がない訳じゃないんです。 ただかなりの金額は私では動かせないので……」


 そう言ってリゼットが提示してきた金額は金貨二十枚だった。確かに大金であるが、普通の依頼となればもっと金額が増えるだろう。

 今出せる金額をというのがありありと伝わってくる。

 恐る恐るといったリゼットとルミアにオクタヴィオは話す。


「いや、報酬は貰わない。 こんな可愛い人達から金を取ったら俺の沽券に関わるからな」


「はぁ……また始まったわね。 オクタヴィオのフェミ精神が」


 呆れたようにため息をつくユイエを尻目に、オクタヴィオは続ける。


「それに、俺達には必要のないものだしな」


 そう言ってオクタヴィオはユイエに目配せをした。その意味を理解したらしい彼女は頷くと、リゼットの方を向くと言った。


「オクタヴィオがそういうなら喜んで引き受けるわ」


 微笑みながら告げるユイエの言葉に頬を赤らめつつも、リゼットは小さく頷いた。そして小さな声で呟くように言う。


「あ、ありがとう……ございます」


 その様子を見て、オクタヴィオは思わずニヤけそうになるのを堪えながら、改めて尋ねる事にした。


「さて、それじゃあ今回の依頼の確認だ。 リゼットちゃんは俺達に何をして欲しいんだ?」


 すると、リゼットちゃんと呼ばれたことで驚いたのか、一瞬恥ずかしそうな表情を浮かべるもすぐに真面目な顔に戻る。


「私達を助けて欲しいんです。 このままじゃ傷つけられた家族が可哀想で、何より怖くて夜も眠れません……」


 今にも泣き出しそうな顔で訴えかけてくるリゼットちゃんを見ていると胸が痛くなる。

 そんな様子を見かねたのか、ユイエが助け舟を出してくれた。


「大丈夫よ、私達は必ず貴方を助けるわ。 だから安心してちょうだい」


 優しい声音で語りかけるユイエの姿に思わず見惚れそうになるものの、今はそんな場合ではないとオクタヴィオは自分に言い聞かせて、気を引き締め直す。



「とにかく詳しい話を聞かせちゃくれないか? その時の状況、下手人の特徴があったら助かるんだが」


 オクタヴィオの言葉に頷くリゼットだったが、その表情はまだ暗いままだった。無理もないことだが、このままでは埒が明かないと思い、こちらから切り出すことにした。


「家族が重傷を負ったって話だけど、具体的にはどんな事をされて怪我をしたんだ?」


 それを聞いた途端、リゼットの顔色が変わったのが分かった。よほど辛い出来事だったのだろう。

 彼女は震える声で話し始めた。


「……いきなり押し入ってきた人にナイフと銃を突きつけられて……それで……私のお父さんとお母さんが撃たれて、お兄ちゃんとお姉ちゃんが刺されました……」


 そこまで話した所で耐えきれなくなったらしく、その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち始めた。それを見て慌てて慰めようとするオクタヴィオだったが、その前にユイエが動いた。

 ユイエはリゼットに歩み寄るとその頭を優しく撫で始める。その手つきはとても優しいものだった。やがて落ち着いた頃合いを見計らって声をかける。


「辛かったでしょう? もう大丈夫だから泣かないでいいのよ」


 その言葉に安心したのか、リゼットは少し涙目ではあるが落ち着いたようだ。その様子を見守っていたユイエが静かに呟いた。


「ごめんなさいね、うちのオクタヴィオはちょっと不器用なのよ……」


 そう言って謝るユイエに対してオクタヴィオは弁解するように言った。


「ちょっと聞き方が悪かったな……。 すまないルミアさん、話の続きを聞いてもいいかい?」


 ルミアの方に向き直ると、オクタヴィオは再び尋ねた。

 それに対してルミアは静かに頷くと、続きを語り始める。


「はい、その下手人は黒いフード付きのローブを羽織っておりまして顔は分かりませんでしたが、体格からして男性であることは分かりました」


 その言葉を聞いて、オクタヴィオは下手人の姿をイメージとして少しずつ固めていく。


(男性ね。 流石に俺と同じような者と決めつけるのは早計か)


 そう思いながらも、一応確認しておくことにした。


「ちなみに、その男の背丈とかは分かるかい?」


 すると、ルミアは考え込むような仕草を見せながらも答えてくれた。


「そうですね……恐らく170前後だと思います」


(ふむ、身長に関しては俺より小柄、と)


 内心でイメージを展開しつつ、さらにオクタヴィオは質問を続けることにした。


「その男は、ナイフと銃を用いてどんな動きをしていたかわかるかい?」


 そう聞くと、ルミアはすぐに答えた。


「いえ、特にこれといって変わった事はないと思われます。 ただ、とても素早く手慣れた感じでした」


 それを聞いて、オクタヴィオは確信した。


(間違いなさそうだな、そいつはプロだ。 それもかなり腕の立つ奴)


 そう結論付けたところで、ルミアが続きを話してくれた。


「リゼット様のご両親と御兄妹が負傷された後は、犯人はすぐに逃走しました。 幸いにも命に別状はないそうです」


 その言葉を聞いてひとまず安心したオクタヴィオだったが、それでもまだ問題は残っていることに変わりはない。

 そこでふと気になったことがあったので尋ねてみることにした。


「犯人の目星はついてないのか?」


 その問いにルミアは首を横に振ると、残念そうに言った。


「いいえ、全く手がかりが掴めていないのです。 なにせ目撃者が私達くらいしかいないのですから」


 それを聞いてオクタヴィオは考える。確かに、それだけ派手に暴れておいて誰にも目撃されていないというのは不自然極まりない話だ。

 そもそも、それだけの事をしておいて痕跡を残すことなく逃げおおせることができるとは思えない。

 となると、その相手は何らかの方法で痕跡を消し去る方法があるということだ。


 例えば透明化の魔法を使ったり、或いは匂いや気配を完全に遮断する魔法を使ったりして追跡を振り切ることもできるかもしれない。


(そうなると厄介だな……)


 心の中で呟きながらオクタヴィオは思った。もし仮に後者だとすれば、相手が次に取る行動は容易に想像できるからだ。


(逃げるだろうな、俺なら間違いなく一度逃げて隠れる事に徹する)


 そう考えると同時に立ち上がり、玄関へと向かいながら二人に指示を出す。


「3人とも、出かける準備をしてくれ。 これから俺らはリゼットちゃんの家に行って情報を集めるぞ」


 そう言ってオクタヴィオは壁に掛かっていた黄土色のブレザーに袖を通し、腰のホルスターを確認して出発の準備を整えるのだった。

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