第5話 ぼっちのボク、悪魔を助ける④

『子どもらしくない』


 そうかな? 子どもらしいって、何?


『どうして普通の子みたくできないの』


 フツウってなんだろう。よくわからないや。


『そんな難しい言葉どこで覚えたの……』


 お父さんの本読んでたら、でてきたよ。


『雄馬君は、私立の学校の方があってるのではないでしょうか』


 先生は、ボクに転校してほしいみたい。授業をボウガイするって。だって、ツルとかカメとかより、お父さんに教わった方程式の方がわかりやすいよ。でも、学校に呼び出されたお母さん悲しそうな顔してる。


 お母さんとお父さんが、ボクのことでケンカしてる声。


『普段、いないクセに余計なことを雄馬に教えないで!』


 グルグルと大人たちから言われた言葉で、頭がいっぱいになる。みんな眉毛を八の字にひそめてる。



『……ソダテニクイ……』



 これは、おばあちゃんに泣きながら電話してるお母さんだっけ? 一番思い出しくない記憶だから、ボクは記憶にフタをする。


 だいじょうぶ。目で見たものは難しいけど、耳で聞いたことなら、早く忘れられるから。だいじょうぶ。


 ボクはだんだん頭の中の言葉たちのほどんどを口に出さなくなった。



◆◆◆



「―――…い、お~い、ユーマ、だいじょうぶか?」


 アモンは急にだまってしまったボクを心配したのか、気づくとボクの顔の前で手をふって、ボクの注意を現実に戻そうとしてくれていた。ボクは時々、考え事に集中しすぎて、他のことがよくわからなくなってしまう。


「あ……うん。ごめん。大丈夫」


 向かいに座っているベルゼブブさんにも心配そうな顔をさせてしまった。この二人、本当に悪魔なのかな。人間なんかより、ずっと優しい気がする。だって、ボクは「周りが見えてない」「人の話を聞いてない」って、いつも眉をひそめられるし。


「とにかく、これ以上、ユーマさんにごメイワクをおかけする前に、帰るぞ」


 ひとつ咳ばらいをしてから、ベルゼブブさんはそう宣言した。ごメイワクか。確かに、アモンはワガママだし、メイワクかけられてるなぁ。出会って、まだ一、二時間くらいだけど、かなりメイワクかけられてる。ウォーターサーバーの水もだいぶ飲まれたし。


「そんなことないよな? ユーマは、メイワクなんて思ってないだろ? な?」


 また、親指を立ててウインクすると、キメ顔でアモンはボクに同意を求めてきた。


「え? まぁ、どちらかというと、メイワクかな」


 とつ然、話をふられて、ボクはビックリして、思わず正直に答えてしまった。アモンの顔がみるみるうちに、真っ赤になる。


「ユーマ、ヒドイッ! 裏切者ッ! バーカ! バーカ! ユーマのバーカ!」


 ウーと、うなり声あげてアモンは、正直に答えたボクに暴言を浴びせてきた。行きだおれてたの助けてやったのに、君の方がヒドイだろ。恩をアダで返しやがって。前言撤回! 人間より優しくなんかない!


「ほら、帰るぞ。アモン。ユーマさんにお礼、言いなさい」


 立ち上がったベルゼブブさんは、アモンの腕をつかんで立ち上がらせようとしたけど、アモンは抵抗している。


「ケッ! 礼なんか言うもんか! ユーマ、そんな薄情な性格じゃ、お前、友達いないだろ!」


 兄に腕をつかまれたアモンは、後ろ足で砂をかけるように、ボクにさらなる悪態をつく。


「な……な……とっ……とっ友達の有り無しは……いっ今、関係ないだろッ!」


 あまりにヒドイ暴言に、ボクはワナワナして、すぐさま言葉が出てこなかった。恥ずかしさで、ほおが熱をもつ。自分の顔が紅潮しているのが、鏡を見なくてもわかる。


 確かにボクは友達いないし、授業の「二人ペア作って」が高難易度クエスト過ぎる! って、いつも思ってるけど。体育の授業のグループ分けとか、運動神経悪すぎて、どこのグループにも入れてもらえないし、本当に地獄すぎる。もう、先生が先に決めておいてよ!


 でも、そんなことよりも、出会って数時間のヤツに、「友達いない」って見破られるほど、ボクは「ぼっち」感すごいのだろうか……。かなりヘコむ。



 ガタンッ。イスが鳴り、アモンはベルゼブブさんの手をふりはらって立ち上がった。


「もう、怒った! ベー兄! を申しこむ! オレ様が勝ったら、人間界でオレ様は暮らすからな!」


 人差し指をベルゼブブさんにつきつけると、アモンはよくわからない宣言をした。


「ほう。ワタクシ相手に、正気ですか? アモン。まぁ、いいでしょう。その代わり、ワタクシに負けたら、大人しく地獄へ帰りますね?」


 ベルゼブブさんは両手を腰にあてて、大げさにため息をつきながら、帰らないとゴネる弟からの勝負に同意する。アモンも腕を組んで、フンッと鼻を鳴らす。


「おうよ! 悪魔に二言はねぇ!」


 この人さわがせな兄弟が、視線をバチバチとぶつけて火花を散らせていることに、ようやく気がついて、ボクはあわてて二人の間に割って入った。


「ちょっと……ちょっと……待って! そのディアボロなんとかって、君たち戦うの?」


 ボクが落ちこんでる間に、なにやら物騒なことが決まりかけている。


「そうだ! 悪魔の決闘だ!」


 いやいやいや、そんな野ばんな。話し合いで解決してください!


「えええ……家、こわされたら困るんだけど……」


 そんなボクの悲痛な声が空しく、リビングにひびいた。

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