第4話 ぼっちのボク、悪魔を助ける③

 勝手に開いた窓から風が入りこみ、レースのカーテンがはためく。ベランダに舞い降りた不しん者にボクがアワアワしていると、ワガママ少年Xの声が背後から聞こえてきた。


「ゲッ! ベーにい……」


 ベー兄と呼ばれた不しん者は、ベランダから土足で我が家に上がりこんできた。全身黒づくめのスーツを着ている。太陽光をよく吸収しそう。ビックリしすぎて、ボクの頭は関係のないことを考え始める。


「アモン、帰るぞ! 何を考えてるんだ。一人で人間界に来るなど!」


 この人、とにかく声が大きい。もうちょっと声のボリューム落としてほしい。


「イヤなこった! 帰るかーッ!」


 ワガママ少年Xの名前は、どうやら「アモン」と言うらしい。やっぱり外国人なのかも。でも、亜門って名前の有名人いた気がするから、日本人なのかな。背の低いボクの頭ごしに、二人の「帰る、帰らない」の応しゅうがくり広げられる。その間、ボクは不しん者こと「ベー兄」さんの足元をずっと見ていた。


「……クツぬいでください」


 ボクはさっきから気になっていて、我まんできないことを勇気をふりしぼって口にする。


「ワガママ言うな! 帰るぞ!」

「だから、帰らないって!」


 ダメだ。全然、聞いてくれない。声が小さかったのかな。


「どうでもいいから! まずは、クツ、ぬいでくださいッ!!」


 ありったけの声を張り上げたら、ようやく二人ともボクを見てくれた。「ベー兄」さんは自分の足元を見て、「これは失敬」と言うとクツをぬいでベランダにキレイにそろえて置いた。そうだよ、わかればいいんだよ。


「家主の方にごあいさつもせず、これは重ね重ね失礼いたしました。ワタクシは、そこの不しょうの弟アモンの兄で、ベルゼブブと申します。念のため、申しそえますと、ワタクシは常に空中に五ミリほど、ういておりますので、床をおよごしはしていないかと思われます」


 ていねいに、ベルゼブブさんはお辞儀をして謝ってくれた。ところで「常に空中に五ミリほど、ういております」って何?


「……わかってくれれば、いいです。とりあえず、立ち話もなんですし、お二人とも座ってお話されたら、どうですか?」


 ちょっと、親せきのおばさんみたいになってしまった。でも、窓の前でワーワー大声出されるのご近所にメイワクだし、窓もいいかげん閉めたい。


「いえいえ、それにはおよびません。すぐにこの愚弟を連れて帰りますので!」


 キョヒしてきたぞ、この人。空気読めよ。いや、ボクも空気読むの苦手だけど。だいたい、空気を読むってダレが言いだしたんだ? でも確かに、目に見えない場のフンイキを読む、会話の流れを読む……「空気を読む」って、よくよく考えると良くできた表現だな。

 

「いや、そこに立っていられると、窓閉められないので。むしろ、座ってください。エアコンの冷気にげていくし、暑いです」


 色々考えてみたけど全部メンドウになって、ボクは表向きの言い回しを止めて、本心をぶつける。ボクの直球を受けて、ベルゼブブさんは窓の方をふり返ると、そっと窓を閉めてくれた。そうだよ、わかればいいんだよ。


「アモン君も座りなよ」


 食たくのテーブルを指差して、ウォーターサーバーの前で「帰らない」とゴネているカレに声をかける。


「おい、ユーマ。くんはいらないぜ?」


 なに親指立てて、キメ顔で言ってるんだよ。さっき知り合ったばっかりなのに、なれなれしいな。


「メンドウな兄弟だな……」


 ボクがそうボソリとつぶやくと、二人ともようやく食たくのテーブルに座ってくれた。そうだよ、わかればいいんだよ。




 大さわぎの末、両者はテーブルについてくれた。ボクは冷えた黒豆茶を出す。なんで麦茶じゃないのかっていうと、ボクと父が麦茶キライだから我が家は黒豆茶なんです。麦茶ってマズくない? ま、父とは今は一緒に住んでないけど。


 ところで、アモンとベルゼブブさんが向かい合って座ってしまったせいで、ボクはどこに座ればいいか迷ってしまう。兄弟横並びで座ってくれると思ってたのに。なやんだ末に、ボクはアモンのとなりに座った。


「人間でいらっしゃるユーマさんには、にわかに信じがたいお話かもしれませんが、ワタクシとアモンは、いわゆる『悪魔』と呼ばれている存在になります。本来は、正式に人間より召喚という方法でお招きを受けたり、父である大魔王サタンから命令を受けてでないと、人間界へは来られません」


 ベルゼブブさんは、黒豆茶を一口飲むと話をし始めた。まぁ、空飛んで現れたし、アメリカの企業が開発してるジェットパック(小型飛行器具)をこの人が持ってるとも思えないし、本当になにかしらの超常的な存在なのかもしれない。とはいえ、ボクは話半分に「はぁ」と、いかにも信じてなさそうな合いの手を入れた。


「日本は、様々な宗教の教徒が共存している多宗教な上に悪魔や悪霊でさえも『神』として祭る風土がありますので、比かく的安全ではあるのですが、それでもあまりに目立つ行動をすれば、天使がやってきてしまいます」


 すごく真けんな顔をしてベルゼブブさんは、アモンとボクの顔を交互に見ながら話を続ける。


「天使がやってくると、大変なのですか?」


 話を信じているわけではないけど、つい疑問に思って質問してしまう。


「はい。天使のやつらはユウズウが利かないので、人間界にいる悪魔を見つけた際は、問答無用で消めつさせてきます」


「消めつって、まさか……」


 テーブルの上で両手を組んで、ベルゼブブさんはコワい話でもしそうな表情をした。


「そうです。殺されるということです」


 そして、ボクのおどろいた顔を見届けてから、ベルゼブブさんは満足そうに後を続ける。


「ただ、ワタクシとアモンのように名前のある悪魔は『ネームド』と呼ばれていて、例え天使に殺されても何度でも生き返ります。でも、それはまた赤子からやり直すということです」


 生き返るって言っても赤ちゃんからなのか。それはそれで大変だ。


「ええ……、帰りなよ。アモン。危ないじゃん」


 思わず、ボクはアモンの方を向いて、帰るように説得する。しかし、アモンは先ほどと同様に「帰らん!」とそっぽを向いた。


「アモン。お前がいつまでも末弟なのは、その性格のせいなのだぞ?」


 ずっと末っ子ってことはこのワガママ少年X、何回、天使に消されてるんだよ。無鉄砲すぎでしょ。学習しないのかよ。ボクの心配をよそに、アモンは不服気に眉をひそめた。



「だって、オレ様はんだろ? 親父もベー兄も他の兄貴たちだって、みんなそう言ってバカにするじゃんか」



 ふんっと、鼻息あらく、そう言ってアモンは腕を組んで、ベルゼブブさんから顔をそらした。ボクは「らしくない」って言葉に、つい反応してしまう。


 それは、ボクもよく大人たちから言われる言葉だったから。

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