第2話 ぼっちのボク、悪魔を助ける①
自転車をこぎはじめて数分で、アスファルトから立ちのぼる熱に死にそうになってきた。日本の夏は暑すぎる。いや、日本の夏しか知らないけど。なんなら、関東のそれも千葉県の夏しかよく知らないけど。とにかく暑い。やばい。十一年の人生の中で一番暑い。
ボクは日かげを求めて少し道が悪くなるけど、公園の中に向けて自転車のハンドルを切った。ガタゴトとタイヤがゆれ、サドルの上でお尻がぴょんぴょんハネる。でも公園の中に入ったのは正解だった。
公園の中は木かげが多くて、暑さが和らいでいる。それにしても公園にだれもいない。まだ午前中だからなのだろうか。それとも暑すぎて、だれもエアコンの効いた部屋から出てきて身の危険をさらすようなことをしたがならないのかもしれない。
しばらく公園の中を自転車で走っていると、視界のはじっこに黒いカゲが入った。不しんに思って、自転車のブレーキをかける。片足をついて止まってから、ボクは後ろ歩きをしてちょっと道を戻った。
ところで、カゲロウとシンキロウのちがいって何だろう。なんとなく、カゲロウは景色がユラユラしてるだけで、シンキロウはユラユラして本当は無いものが見えちゃうイメージ。合ってるかな。図書館に着いたら調べてみよう。
まぁ、気になった物体は、カゲロウでもシンキロウでもなく、ちゃんと木の下に寝そべって実在していた。遠目で見ると、黒いデッカイ犬っぽい? ラブラドール・レトリバーみたいな。ラブラドール・レトリバーいいよね。ゴールデン・レトリバーもいいけど。ボク、デッカイ犬の背に乗るの、ちょっとあこがれてた時期があります。
犬の話はいいや。母からダメって言われちゃったし。分じょうマンションなんだから飼ってもいいじゃん、って思うけど。って、ダメだ。全然、犬の話から元にもどれない!
ボクはそんなことを考えながら、その横たわっているナゾの物体Xに近づいた。観察してみると、ナゾの物体Xは長そで長ズボンの黒い服を着ており、こちらに背を向けて倒れているだけだった。
この炎天下で黒づくめで長そでとは、見てるこちらまで暑くて死にそうになる。あと、ズボンには黒く長いシッポがついていて、ボクはこれを見てこのナゾの物体Xを黒いデッカイ犬に見まちがえたようだ。ナゾの物体X、改めナゾの人物X。
背を向けて寝ているナゾの人物Xの顔を見ようと、ボクはのぞきこむ。ナゾの人物Xはとても青白い顔をしていた。とても具合悪そう。熱中しょうかも。
「ねぇ。大丈夫?」
ボクの問いかけにナゾの人物Xはうっすらと目を開けて、ボクを見る。瞳の色が金色でかなりビックリしたけど、外国の人なのかも。歳はボクと同い年くらいなのかな。少年に見えるけど。
とりあえず、ボクはリュックから水とうを取り出して、お水をフタのコップに注いで差し出すと、カレはがんばって手をのばして受け取ってくれた。
コップ一杯飲んだのを確認して、ボクは今度は塩アメをわたす。カレはおとなしく塩アメを口にふくんで、なめ始めた。救急車を呼んだ方がいいか迷っていると、カレは「もう一杯、水をくれ」とかすれた声を発したので、少しは元気になったようで安心する。
「おうちは近く? 具合悪いなら帰った方がいいよ」
カレは空になったコップをまたボクの方へ向けた。まだ飲みたいらしい。ボクはおかわりを注いであげる。でも、このままじゃ水とうの中身が空になっちゃいそう。そんなボクの心配をよそに、ごくごくと水をカレは飲み干した。
「家には帰らん!」
プハッと飲み終わって息をはき、カレはボクにそう宣言する。なに言ってるんだ、こいつ。ついつい口ぎたなくツッコミを心の中で入れてしまった。
「いや熱中しょうだと思うし、帰った方がいいよ」
「イヤだ!」
芝生の上にあぐらをかいて座り直したカレは、プイッと顔をそむける。ええ~、メンドウくさいタイプだなぁ。
「もっと水と、さっきのアメをくれ」
しかも、要求が多い!
「もう! 水とう、空っぽになっちゃったじゃん!」
ボクは最後の水をコップに注ぎ、水とうをひっくり返してふって見せる。空しく水てきが落ちただけだった。でも、そんなボクの抗議なんて全く気にしていない様子で、カレは最後の水もゴクゴク飲んでしまう。
「もっと水!」
ワガママすぎんだろ。でも、具合はまだ悪そうなので、しかたなくボクは公園の水道を探す。辺りを見回して、比かく的すぐに水飲み場は見つけたが……。
うわぁ……。水道のところ、めっちゃ
ナゾの物体X、改めナゾの人物X、さらに改めワガママ少年Xは、無言でコップをボクの方に差し出して、水を要求し続けている。ってか、水飲み場すぐそばじゃん。なんで、倒れる前に、水飲まないんだよ。
ボクはブツクサと心の中で、うらみ言を唱えつつ、意を決して、しゃく熱の太陽にジリジリと焼かれている水飲み場に向かう。蛇口、熱かったりするかな……。ボクはポケットからハンカチを出した。
え? 男のくせに、なんでハンカチ持ってるのかって? いや、むしろハンカチ持ってないヤツが信じられないんだけど。
学校でもトイレで手洗ってズボンで手をふいてるヤツとか、本当きたなすぎでしょ。たまに、手さえ洗わない妖怪いるし。マジで学校のヤツら、ヤバイの多い。
指てきしたら、「女かよ~」とか「お母さぁ~ん」とかってバカにされたし。意味わからんわ。肩をつき飛ばされて、「きたない手で、さわるなよ」ってボクが怒ったら、逆に先生に言いつけられてボクが怒られたし。本当にムカつく。
学校でのイライラすることを思い出しながら、ハンカチを蛇口に当てて、ボクは水とうに水を注ぐ。夏休みはいい。あの低能で不潔なサルたちと会わなくていいから。学校は楽しくない。一人で家で海外ドラマとか、アニメとか観てる方が楽しいし、有意義だ。
あ~、あと一週間で夏休み終わっちゃうなぁ。学校いきたくないなぁ。ヘチマも枯らしちゃったし。
ボクは、水くみという偉業を終えて、ワガママ少年Xの元へもどった。コップに水を注いであげると、カレはゴクゴクと飲む。だが、急にムセたのか、ゲホゲホと吐き出してしまった。
「え、大丈夫? やっぱ、病院行った方がいいよ。動けないなら、救急車呼ぶよ?」
カレはゲェゲェしながら、水を吐き終わると舌を出して、ボクをにらむ。
「マズイ!! なんだ、これは! さては、お前、毒を盛ったな!!」
……いやまぁ、確かにさっきまでの水は、ボクの家が契約してるウォーターサーバーの水で、富士山のわき水とかだったと思うけど。毒って、このワガママ少年X、水道水を飲んだことないのかよ。
しかたないので、ボクはため息を一つついてから、カレに「さっきの水がいいなら、ボクの家くる?」と誘った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます