37,とある正午の裏道


「さて、俺たちはこいつの警察に突き出しに行くぞ」

「もちろん、って言いたいけどさ。なんでこいつ固まってんの? さっきからなんにも喋んないし」

「動かないのなら連れて行きやすい。引き摺って行くぞ」


 セレンディッドの足に絡まって地面に転がった男を掴むと、ルネスはわずかに顔を顰めた。

 よほどつよく地面とぶつかったのか、前歯がかけて鼻血が出ている。


「あーあ、汚い……もうちょっと綺麗に転べばいいのにね」

「転び方に綺麗も汚いもないだろう。そっちは任せたぞ」

「ええー⁉ 僕が汚い方運ぶの⁉」


 ルネスが不満を叫ぶその間にセレンディッドは固まっている男を縛り上げていた。早い者勝ちだといわんばかりの修敏さである。


「よっこいしょっと……けどセレンディッドの収める領地でひったくりをするなんて、よっぽど金に困っていたのかな」

「こいつらはひったくりじゃない、誘拐犯だ」

「え、そうなの?」


 抑揚のない言葉が、冷たく路地裏に反響する。

 肩をすくめたルネスは、まるで汚物をつまむかのように男の服を捲って見せた。

 明らかに少ない糸で織られた布と染みついた汚れ、擦れて薄くなった布地が男の貧困さを物語っている。


「うーん……でも生活に困ってるようにしか見えないけどなー」

「ひったくりならさっさと荷物を持って走れば良い。ペルラは人よりも歩みが遅いのは誰が見ても一目瞭然だ。しかしこいつらはそれをせず、ペルラ本人も狙っていた。 まるで荷物を取るのは、ペルラの気を散らすためだけのようにな」

「ペルラは珍しい髪の色をしているからね。見世物小屋に売ればさぞかし良い値がつくだろうと思うよ」

「さすがゴールドスミス商会の会長、お目が高い」

「やだなあ。あくまで推測だって。僕の取り扱う商品に人間は入っていないからね、それはセレンがいちばんよくわかってるでしょ?」

「そうだな、そうだった」


 迷いなく突き進む先は、明るい表通り。だんだんと人のざわめきが近付く。

 領主であるセレンディッドがボロボロになった男を引きずって出てきたとなったら、明日の新聞に大きく取り上げられることだろう。


「屋敷の人間にはペルラの存在を外に漏らさないよう箝口令を敷いてある。

 おかしいと思わないか? ペルラがあの屋敷から出たのは今日が初めてだ」

「それはたまたま歩いてるペルラにこいつらが偶然目をつけただけなんじゃないの?」

「たまたま歩いてるペルラの目に留まるように、あの短時間で路地裏に引きずり込めると思うか」

「それはじゃあ何、屋敷の中にペルラを誘拐しようと目論んでた奴がいるっていうの」

「どうだろうな」


 表通りに出ると、あっという間にセレンディッドは注目の的となる。明日の朝新聞に大きく載ることは確定だろう。

 この騒ぎであれば、彼らがわざわざ出向かずとも警察はすぐにやってくるだろう。


 二人は男の首根っこを離した。


「どちらにせよ、俺の管轄内でこんなことをするとは大胆な奴らだ」

「それは同感だね。仲間とかいるのかな、それか単独犯?」

「それも含めて調査が必要だな」


 セレンディッドの瞳には、暗く深い闇の色が抱えられている。

 まるで一度光を取り込んだら離さない、夜光石のようだ。


「しばらくはダミアンに警護を任せる」

「僕も気にかけるようにするよ」

「心強いな」


 それは熱い、茹だるような正午の出来事だった。


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