29,練習あるのみ
「ふっ……! ほっ……!」
「おおっ……!」
今日も今日とて歩行練習。
この数日間でダイブバランスも取れるようになってきて、今となっては屋敷の廊下を軽く歩けるくらいまで上達できてきた。
といっても体力配分はまだまだ下手っぴ。休み休み時間をかけての移動しか叶わない。
「姫様! 凄いです、もう完全に人間の歩き方ですよ!」
「コツを掴んだのよ! 頭は前でなく、後ろに重心を持って行くイメージ! 前のめりはダメなの!」
「天才です美しいです素晴らしいです」
「ふっ……私はコーラリウム国一歩行の上手い人魚になったわね」
氷菓を頂いた日に、セレンディッド様からは歩く練習をしばらく控えるようにと言われた。
けど私にはあんまり時間がない。
なのでセレンディッド様がいないであろう隙間時間を見計らい、コソコソとこうやって練習をしているのだ。
練習の成果のお陰でこける回数も減ってきたし、サルビアさん以外にも何人か顔見知りの使用人ができた。休憩をしている私に手を差し伸べてくれたり、背中を優しく撫でてくれたりするこの屋敷の使用人達には、本当に感謝しかない。
「これなら近日中にあの子を探しに行けるかしら」
「かもしれませんね! 現実味は帯びていますよ!」
残念なことにあれからセレンディッド様から、あの子に関する情報は何も貰えていない。
仕事が忙しいみたいだし、あまり我が儘を言っちゃダメよね。なのにどうしても早く情報が欲しい身勝手な自分が、時折顔を出すのだ。
「(早く〝あの子〟に会えたらいいのに……)」
そしたら、きっと歌う勇気も戻ってくる。
もし歌声を取り戻したら、セレンディッド様と……。
あの日怪我をした指は治ったはずなのに、なんだか痒くなった様な気がする。
「ペルラー! いる?」
「はい?」
あら、この声は……。
空気を読んだドロシーが、窓の外へ飛び立った。
入室の許可を告げると、簡単に扉が開かれた。
「お邪魔するよ! どう? 足は治ってきた?」
「ルネス様! おかげさまで、随分と歩けるようになってまいりました」
部屋の中でも明るい金髪を揺らした、ルネス様だ。
彼はこの屋敷に滞在していないものの、セレンディッド様のご友人として定期的にこの屋敷に訪ねてくる。
ありがたいことに居候の私にまで気をかけてくれて、度々顔を見に来てくれるのだ。
「見てくださいませ! こんなに歩けるようになったのです!」
「おおっ! 凄いじゃん!」
「ふふっ……! 毎日少しずつ練習したのです!」
「よっ! 努力家!」
試しにルネス様の前で歩いてみせると、賑やかな拍手が返ってきた。
ここまで歩けるようになると、色んな人に自慢したくてしょうがなくなるのよね。おかげで自信と自己肯定感が、より一層大きく育つ。
「いい感じ! でも手と足は同時に出さない方がいいんじゃない?」
「と、おっしゃいますと?」
「今ペルラはさ、右手と右足、左手と左足を一緒に出してるでしょ?」
「そう言われてみれば、そうですわね」
「それをさ、こうやって交互に出してごらんよ」
「おっ、おおっ……⁉」
本当だわ、すごく楽に歩ける!
「ありがとうございます、ルネス様! とてもスムーズに移動できますわ!」
「もう完璧じゃん! これならもう何処にでもいけるんじゃない?」
「私もそんな気がしてきました……!」
あともう少し、体力の問題を克服したら街にだっていけるんじゃないかしら? そう考えるとワクワクしてたまらないわ……!
ルネス様の助言のおかげで、より一層人間らしい振る舞い方を手に入れた私は無敵な気分。よし、後で絶対にドロシーにも見せるわ。
「随分頑張ってるって、使用人達から聞いていてさ。頑張りすぎるのもあまり体に良くないと思って、差し入れを持ってきたんだ」
どう? といって、掲げられたのは大きな瓶。中にはオレンジ色の液体が入っていた。
「それは飲み物ですか?」
「そう! これなら甘いからペルラも飲みやすいかなって思って。セレンから聞いたんだけど、最近ストローを使ったら水が飲めるようになったんだって?」
「はい! 皆様のお気遣いのお陰で、なんとか水分補給に困らなくなってきたんです」
一時は氷菓で誤魔化してきたが、やはりそれだけでは無理があるとセレンディッド様に言われた。そこで提案されたのが、ストローという細長い道具だった。
それを使ったら少しずつゆっくり飲めるので、ありがたく毎食使用させて貰っている。
ルネス様の手には、私がいつも使っているものと同じようなストローが収まっていた。
「この商品、ついこの間入荷したばっかりなんだ。よかったら試飲して感想聞かせてよ!」
「商品なんでしょう? 私が飲んでも大丈夫なのでしょうか?」
「商人って言うのは、自分の目や舌……まあ五感だっていうの? それらを駆使して、より良い物を仕入れるのが仕事なんだけど、たまには外部からの意見も取り入れる広い視野を持つべきなんだ。
っていうことで! ちょっとお茶にしようよ!」
本当はそれが目的だったのかしら。
いそいそとお茶の準備をするルネス様の背中を見ながら、うっすらとかいた額のを拭った。
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