28,警告



「なあ、セレン。最近楽しそうだな」


 あの後ペルラの目の前でバラの水揚げを済ませると、世間話もそこそこに執務室へと戻ってきた。

 もとより少し息抜き程度でかの嬢の様子を見に行ったのだが、思った以上に長居してしまったため時間が押している。


 もうすぐやってくる訪問客の相手をすべく、着替えを済ませると何処か不服そうなダミアンが壁に背中を預けて立っていた。


「俺が楽しそうだといけないか?」

「いいや? 人生を楽しんでいるようで何より。俺はお前がバラの世話をしている姿を初めて見て感動したくらいだ。

 今まで仕事一筋だったお前が、この数日間で変わったと思ってな」

「そうか。あまり自覚はなかったな」


 嘘だ。

 ペルラがこの屋敷に来てから、何処か仕事に身が入らないのは自分でもよくわかっている。


「今までまともに恋愛をしてこなかった友人に春がやってくるのは嬉しいんだぜ?

 でもよ、お前は婚約者もいれば立場もある」

「ダミアン、この間も似たような話をしたと思うが」

「おっ、覚えていてくれたか、それは嬉しいんだ。

 この間はこれ以上口出ししないって言ったけど、こりゃ状況が変わってきたな」


 やけに回りくどい。

 まあ、言いたいことは概ねわかっているが。


 ソファーに座るよう視線で促すも、緩く頭を横に振られるだけだ。


「なあセレン。俺は本気で心配しているんだぜ? 今まで真面目にこの土地をよくしてこようとしてきたお前が、何処からきたのかもわからない女一人に絆されようとしている。

 今まで苦労して築いてきた物が全て無駄になってもいいのか?」

「無駄になんてさせない。俺には俺の考えがある」

「それが心配なんだっつーの……」


 乳兄弟として育った兄妹のような存在でもある。

 自分が道を外さないよう、いざとなった止める立場にあるダミアンはこの土地の行く末を純粋に心配しているのだろう。


 ダミアンは乱暴に頭を掻きながら、重苦しいため息を吐く。


「別にサラ嬢の肩を持とうってわけじゃないぜ。

 でも婚約者でもない女を自室に連れ込んでベッドの上で、しかも服を乱して二人でいるっていうのはどう考えてもアウトだ」

「ペルラは拒否しなかったぞ」

「拒否しないのわかっているからやったんだろうが、お前」


 流石はダミアン、そこまで見抜いていたか。


「セレン、なんで嬢ちゃんがお前に対してあそこまで無防備なのかわかっているんだろ?」

「哀れな美しい漁師の娘が権力のある領主に囲って貰おうとしている、と見た」

「そろそろおふざけじゃすまされないぞ」


 別にふざけているわけじゃない。

 かといって真面目でもないが。


 自分のことだというのに、この楽観した態度が気に入らないのだろう。普段は快活に笑うこの男がここまで険しい顔をするのは、去年末に下町で販売されている富くじに給料一ヶ月分をつぎ込み大敗した以来だろう。


「確かにサラからして見たら不誠実だったな。以後気をつけよう」

「セレン、聞いてくれ」

「仕事も今まで以上に力を入れるとしよう。もう言っている間に祭が迫っている」

「セレン‼」


 とうとうダミアンが苛立ちを隠さず、声を荒げた。


「率直に言う。


 あの嬢ちゃんにこれ以上近付かない方が良い」


 シン……と執務室に静寂が訪れる。

 そのきっかけをつくった張本人は、発言を撤回する気はないらしい。


「わかってるだろ? あの嬢ちゃんは、」


 コンコンッ


 ダミアンの声を被せるように、執務室の扉がノックされた。


「失礼致します。

 お客様がお見えになりました。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「頼む」


 扉から顔を覗かせたのは、サルビアだった。


 ……そうだ。


「サルビア。ペルラの食事だが、今日からデザートに氷菓を付けてくれ」

「承知致しました。お好みのフレーバー等ありましたでしょうか?」

「そうだな……さっきはバニラだったから、夕食はベリーで……量も多めに頼む」

「ではそのように厨房にも伝えましょう」


 どうせ「言った側から甘やかしてるんじゃねェよ」とでも思っているんだろう。

 客を呼びに行くために部屋を出ていくサルビアを横目で見送る。


「言った側から甘やかしてるんじゃねェよ」

「ほらな」

「は?」

「いや、こっちの話だ。

 で、ペルラにこれ以上接触するな、という話だったか」


 もう間もなくやってくるであろう客を出迎えるため、杖を片手に持つ。


「サラに不誠実だというのであれば、身辺整理をしよう。

 婚約破棄で影響のある損害分を補う対策を取り、今まで以上にノーブルグラース領を反映させるとお前に約束する。

 ペルラは実家のこともあるだろう、保護することに変わりはない。

 そして全てが片付いたら彼女の望み通り囲うなりなんなりとすればいい」

「一護衛と交わす約束の規模がでかいんだわ」

「すまないな、俺にも譲れないものがある」


 例え親友になんと言われようと、決意は揺るがない。


 今まで文字通り、この身を粉にしてノーブルグラース領を切り盛りしてきた。 

 それもこれも、どうしても手に入れたい物があったからだ。


「結局俺の話は何も響いてないのな……」

「ありがたいお言葉は俺の中に積もっているぞ」

「受け入れてくれる日はいつ来るんだか」


 さて、宣言通りはりきって仕事に向かうとしよう。



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