27,小さな怪我
「お前ら、その格好……‼」
「ペルラが日射病になった、応急処置中だ」
「あ、そっち? なんだ、焦ったー……って日射病⁉ なら今すぐ医者を呼ぶか⁉」
「軽度だ、医者は必要ない。今水分補給に氷菓を食べさせている」
また一口、口元にスプーンが運ばれる。
一人で食べられる気がするのだけれど、ベッドにこぼすのも悪いわ、このままいただきましょう。
何度目かになるかわからない冷たい感覚を、口の中で堪能する。
「それくらい軽傷ならいいんだけどな……いや、どう見ても事後だぞ、お前ら。
変な噂が立つから気を付けろって」
「大体お前がノックもせずに入ってくるのが可笑しい。
それで、何の用だ?」
「そうだけどよー……。
ほれ、サラ嬢から手紙が届いてたぞ」
「今忙しい。そこに置いておいてくれ」
「見たらわかるっつーの。食い終わったんなら食器を持って行くぞ」
「頼む」
「(もう食べ終わっちゃった……)」
残念だわ、またの機会があるといいのだけれど。
もらったハンカチで口元を拭っていると、視線を感じた。
セレンディッド様だ。
「いかがなさいましたか?」
「その指、どうしたんだ」
「え? ああ、先ほどバラの棘で少し切っただけです」
そし視線の先にあったのは、ほんの僅かに血の付いた私の指先だった。
ついさっきまで薄く切れた皮膚から血が滲んでいたけど、もうそれすらも止まっている。
よくこんな小さな傷を見つけたわね。
「菌が入ると厄介だ、すぐに手当てをする」
「大袈裟ですわ、こんなの舐めておけばすぐに治りますもの」
「貴女の皮膚が厚い自慢はもう聞いたが」
私だって覚えているわよ、だってついさっきの話だもの。
「血も止まりましたし、そんな心配をしていただくッヒェ⁉」
「あーあ……」
私の悲鳴とダミアン様の呆れた声が重なった。
だって……!
「なにをなさっているのですか⁉」
「ほうほうふは」
「私の指を咥えたまま喋らないでくださいませ‼」
なんと、私の人差し指をその口の中に入れてしまったのだ。
なんで⁉ 確かに舐めておけば治ると言ったが、舐めて欲しいとは一言も言っていない‼ 人間の止血はこんなことをするの?
〝あの子〟はそんなこと一言も言っていなかったのに!
セレンディッド様の舌が指を這い、まるでこの細い指は自分の者だとマーキングされている気分。
そして何より、視覚で認識すると刺激が強い。
ボンッ‼ と顔を真っ赤にしてダミアン様に助けを求めるも、彼は窓の外の空に夢中なご様子。助けてください……‼
「……ん。これで血は完全に止まっただろう。念のために包帯を巻いておくか」
「そこまで大きな怪我ではないのですが……」
「言っただろう、小さな傷でも甘く見てはいけない。ダミアン、悪いがそこの包帯を取ってくれ」
「へーへー」
恥ずかしいやら申し訳ないやら、感情がグルグルとまわって頭が沸騰しそうだ。
これってもしかして日射病が酷くなったのかしら。
「このバラはどうするんだよ」
「それは俺が水揚げをしてあとで花瓶に差し込む」
「はあ……」
「え、セレンディッド様がなさるのですか?」
「そのつもりだが……一緒にするか?」
「えっと……できればご一緒したい、です」
ダミアン様のため息が少し遠くから聞こえた気がするけど、この綺麗な花が長持ちさせる魔法を、是非ともこの目で拝みたい。
「なら一緒にしよう。傷に水が沁みるといけないから、今日は俺がする。このバラが枯れたら新しいのを送ろう、その時はペルラが水揚げをしてみるといい」
「はい!」
「(これ以上いると馬に蹴られそうだな……)」
「ダミアン、茎を焼く準備と水揚げの桶を持ってきてくれ」
「はいはい」
「よろしくお願いいたします!」
この手であの美しい花の命を延ばすことが出来ると思うと、今から楽しみで仕方がない。
部屋を出て行くダミアン様を見送り、これからの楽しみを前に日射病の事なんてすっかり頭から抜け落ちていた。
「あれは……まずいな……」
セレンディッド様の部屋を出て行ったダミアン様が、苦い顔で零していた言葉は勿論私達に届かなかった。
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