26,氷菓
「どうかしたか?」
「な、なにも?」
「随分と騒がしかったが……」
「水をもう一度飲もうと思ってむせただけですわ!」
一人で騒いでいたやばい女だと思われただろうか。
見ろと言わんばかりにコップをかかげると、すっと取り上げられてしまった。
「水はわずかな量でも人を窒息させる。それに誤嚥を繰り返していると肺炎という病気になることもある。
水を飲むのが苦手なのであれば、無理をするな」
「ひぇ……」
水を飲まなければ命に関わるというのに、なぜ恐怖を植え付けてくるのか。一体何が目的だ。
怯えて少しコップから距離をとると、黒い瞳から視線を感じる。
別に何も悪い事をしていないのだけれど……したかしら?
目を逸らそうと、するとセレンディッド様が手に持ってるものが視界に入った。
「それは?」
「あ、これは……」
さりげなくコップを奥に押しやられ、セレンディッド様がベッドに腰をかけたおかげでいよいよ水と距離ができた。
彼の手にあるのは、白く丸いものが乗った皿だった 。小さなスプーンが付いている辺り、食べ物だろう。
「氷菓だ。塩も練り込んである」
「氷菓、ですか」
この屋敷に来てからというもの、初めて見るものばかりだ。〝あの子〟も知っているのだろうか?不思議な見た目に味の想像も付かない。
まじまじと見つめていると、セレンディッド様がその小さなスプーンを待った。
白く丸い氷菓は、銀色のスプーンによって形を変える。
「ん」
「へ?」
「口を開けてくれ」
もしかして、これは私のために?
理解が追いつかないだけだが、セレンディッド様は何を勘違いしたのか優しい声色で私を諭す。
「少し舐めてみるだけでもいい。冷たくて口の中がサッパリするぞ」
「冷たいのですか」
そんな食べ物が世の中にあるのか。
恐る恐る舌で舐めてみると。
「っ美味しい‼︎」
口の中いっぱいに広がるのは、冷たくて優しくて甘くて……けど少ししょっぱいのは、セレンディッド様がおっしゃる通り塩が練り込まれているからね。
不思議で、だけど初めて食べる珍味に興奮が止まらない。
「口に合ったか」
「とても! 不思議な食べ物ですわ……」
一瞬で口の中で消える食べ物が、世の中にあっただなんて!
驚いて固まっていると、再びスプーンに乗せられた氷菓が口元に運ばれてきた。
「私が食べてもよろしいのですか?」
「ペルラのために持ってきた。
これなら体の温度も下がるし、水分も多く取れる。塩も練り込んであるから日射病対策にいい 」
「素敵! これを食べていれば大丈夫ですわね!」
差し出された氷菓を、今度は躊躇することなく頬張る。
口いっぱいに広がる甘い香りと絶妙な塩気がたまらない。
父上もこうやって地上の食べ物に釣られて、私をセレンディッド様へ宛がおうとしているのよね。
くっ……確かにここの食べ物は魅力的だわ……。
「……顔色が随分と良くなったな」
「そうでしょうか? 自分ではあまり自覚がなくて」
「さっきは体に熱が籠もっていたようだったが、今は随分と落ち着いてみえる。体を冷やしたのが正解だったな」
吸い込まれるような黒い瞳が、優しげに細められた。
氷菓の冷たさで、頭も少し冷えたみたいだ。
少し息を深く吸い込むと、バラとはまた違う匂いがシーツからすることに気がついた。
「(そういえば、ここってセレンディッド様の私室……‼)」
改めて部屋の中を見回してみる。
意匠の凝った家具、決して多くない私物はどこか品が感じられて色も統一されている。
後ろめたいというか、なんというか……なんだか来てはいけないところに足を踏み入れた気分だ。
「まだ食べられそうか?」
「あっ、はいっ‼」
このシチュエーションに加えて、この美貌。そして弱ったタイミングで見せつけられる優しさは、まさしく恋愛小説そのものだ。
折角氷菓で体を冷やしたというのに、また熱が上がったのは気のせいじゃない。
一口、もう一口とベッドの上で氷菓を食べさせてもらっていると、部屋の扉が開いた。
「おいセレンディッド様、いる……か……」
「ノックという文化を知っているか、ダミアン」
何の前触れもなくドアが開いたその向こうから現れたのは、セレンデッド様の護衛であるダミアン様だった。
今日も健康的な肌が眩しい。
ベッドの上に居る私達を見つけると、何故か彼は固まった。
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