25,責務
その長い脚がドアを蹴破ると、広く豪華絢爛な部屋に辿り着いた。初めて来る部屋だわ。というか、殆どが初めての所ばかりだけれど。
セレンディッド様は中央にあるベッドに進むと、私をその中央に降ろした。
「コルセットを解く。いいか?」
「あ、はい」
どうも人間の女性というのは細い腰が美しいとされているらしく、毎朝サルビアさんによって私も腰を締め上げられていた。
苦しいし動きにくいから、これ苦手なのよね。取ってくれるというなら是非取って貰いたいわ。
ドレスの紐を解かれると宣言通りにコルセットの紐が緩められた。締め付けられていたお腹が解放されて、新鮮な空気が一気に肺に入ってくる。生き返った気分だ。
「はー……少し楽になりましたわ」
「コルセットを取ったところで水分不足は解消しない。症状は軽いが、今すぐに水分を取る必要がある」
「うっ……」
「ほら、これを飲むんだ」
目の前に水が入ったコップを差し出された。ああまたあの苦しいのが来るのか……。
バラを持っている反対の手で、しぶしぶコップを受け取ると唇にちょっと水をつけてみた。
「うっ……ゲホッ……!」
「大丈夫か」
「だ、大丈夫……じゃない……です……」
優しくて暑い掌に、背中を摩られた。
むせている間に手元のバラが、サイドテーブルに移動させられる。
「ご、ごめんなさい、水を飲むのが苦手で……」
「焦らなくても大丈夫だ」
うう……固形物は大丈夫だけれど、液体って苦手……。父上からもらった薬ですらもむせたもの……。
苦々しい顔で再びコップに口をつけようとすると、横から伸びてきた手にコップを取り上げられた。
それは私の枕元に置かれ、手持ち無沙汰になる。
「すぐに戻る、待っていてくれ」
「え、どこに?」
私の問いかけに答えることなく、セレンディッド様はその長い脚であっという間に部屋の外に出て行ってしまった。
「どうしよう」
これは……命の危険じゃないかしら?
ベッドにもたれかかって、目を両手で覆った。
このまま死ぬのだろうか。
それは嫌だな、もだ何一つ目的が成し遂げられていない。
なんて、打ちひしがれていると空いていた窓から 羽ばたく音が聞こえた 。
「姫様ァ! 見ていましたよ、大丈夫ですか⁉︎」
「ドロシー……私、水に殺されるかもしれないわ」
「なに言ってるんですか、一応人魚なんですよ⁉︎」
「そうは言っても、水を飲むが苦手なのよ! 毎度毎度むせて仕方ないんだから!」
「それは私だっておんなじですよ! この体も水を飲まなきゃいけないから……あれ、この綺麗な赤色のものはなんですか?」
そうか、ドロシーも陸の生き物の姿になっているから、私と同じで水を飲む必要があるんだ。
また八つ当たりをしてしまったわ……。
サイドテーブルに飛び乗ったドロシーが、物珍しそうにバラへ顔を近付けている。
「それはね、バラっていう花なのよ。地上にしか咲かない花なの。綺麗よね」
「こんなに綺麗で力強い花、初めてみました!
それにとってもいい匂い!」
うっとりとその香りに酔いしれる従者の姿に罪悪感がつのる。
やはりドロシーも地上に憧れる人魚の一員なのだ。
「大王様やバードット夫人が見たら、きっと喜びますよ! 持って帰れないんですかね?」
「セレンディッド様に聞いたら、花は生き物だからすぐに枯れてしまうんですって。長持ちするよう手を貸して下さるみたいだけれど、きっと私たちが海に帰れる頃には枯れているでしょうね」
「しばらく見れるのは嬉しいですねー……っじゃなくてですね⁉︎」
焦ったり感動したら叫び始めたり、忙しい子ね。こっちは水分補給方法で悩んでいるっていうのに。
「姫様、やはり大王様に謝って海に帰りましょう!」
「どうしたの、急に」
あれだけ二人で綿密に……言うほど綿密ではないが、これからの流れをノリノリで語り合ったじゃないか。
気持ちがいいほど真逆な意見をぶつけてくる従者に思わず鼻白らむ。
「私もこの体になって気がついたんですけど、やはり海の者にとって太陽の光というのは暑すぎるんです!
私も大王様に一緒に謝ります、姫様の命が消えるくらいなら石なんてもう諦めましょう‼︎」
「嫌よ」
とっさにバラを取って、胸に抱いた 。
「それだけは絶対に譲れないわ」
「ここに来たときと意見がガラッと変わってますよ!
命とどっちが大切なんですか! こんなところで意固地になって命を落とすなんて馬鹿らしいですよ、領主様がいない今のうちに海へ行きましょう!」
「命ももちろん大切よ、でも石だって取り返したい。
……ねぇ、ドロシー。私はコーラリウム国の姫なのよ」
バラの棘が指に食い込んだ。
茎の下の方はセレンディッド様が棘を抜いてくださったけど、上の方はまだ沢山生えていたのだ。
「私ね、バラを見る貴女を見て思ったの。
悔しいけれど、父上の言う通りね。陸に憧れる人魚は貴女以外にも沢山いる。そして皆の架け橋になる役目は、王族である私達の使命なのよ」
近い未来に海の底から人魚達が陸に上がってこれる日が来たとして、受け入れられるのは時間がかかるかもしれない。
でも、その受け入れて貰うためのきっかけを私が作らなければいけないのだ。
バラの横に置かれていたコップを持ち上げた。
「日射病なんて……‼︎」
「あわわわわわっ……一気飲みなんてしたら窒息死しますよォ‼︎」
「これさえ飲めば私の命は長引くのよ‼︎」
「お気を確かに〜‼︎」
「止めないで! もう決めたんだから!」
しかしあのむせる苦しさを思い出すと、手がすくむ。
大きな翼で水を飲むのを妨害してくるドロシーを押し退けていると、ドアからノックが聞こえた。
「(まずいわ、窓の外へ!)」
「(ちょ、押さないでくださいって!)」
「(もう! 結局ドロシーのせいで飲めなかったじゃない!)」
一口だけでも飲むべきだったのに!
窓から飛び立ったドロシーを入れ違いで、扉が開かれた。
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