24,人体の不思議


「ペルラはバラっていう花、知ってる?」

「見たことも聞いたこともないわ。どんな花なの?」

「色んな種類のバラがあるんだけれど、一番有名なのは真っ赤なバラ! 良い匂いがして、花びらが一枚一枚反り返ったみたいに大胆に咲くんだ!」

「想像も出来ない……。いつか見てみたいわ」

「もうすぐ屋敷のバラが咲くんだ、だからその時は持ってくるよ!」

「楽しみ! 約束よ!」




 結局バラの花を見せてもらう前に彼女と会えなくなってしまったので、見れずじまいだった。

 まさか長年の時を得て、別の人の手からこの花が贈られるとは想像もしていなかった。


「私の大切な友達だったのです。色んな事を知っていて、とても博識な子だったわ。話していると時間がすぐに過ぎてしまいましたもの」

「その友人とは余程気が合ったんだろうな。今はペルラの地元にいるのか?」

「いえ……」


 これは、言っても大丈夫かしら。

 少し躊躇するけど、こんなに素敵なバラをくれた人に隠し事をするのは何だか気が引けるわ。


「その……。実は、子供の頃に一度この街に来たことがあるんです。

 その時この街で出会った子で、この屋敷に住んでいると言っていたんです。

 当時は喧嘩別れ……ではないけど、少し気まずい別れ方をしてしまったんです。なので今回の出稼ぎ中に会えたら謝りたくて、」


 そうだわ。


 セレンディッド様を見て、言葉が途切れた。


「セレンディッド様‼」

「っ⁉ な、なんだ?」


 そうよ! なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのかしら!

 自分より一回りも二回りも大きく厚い手を取り、固く握りしめた。


「私の友達を一緒に探していただけませんか⁉」

「急だな」


 セレンディッド様はこの屋敷の持ち主!

 あの子がもし今もこの屋敷に住んでいて、どこかに居るのであれば家主であるセレンディッド様が知らないわけない!

  一番手っ取り早い方法がここにあったんだわ!


 この機を逃すまいと、握ったままの手に力を込めた。


「年は私と同じくらいです! 目が黒真珠みたいで髪も夜空みたいな綺麗な黒です! とても可愛らしい女の子なんですが……あら、そういえばセレンディッド様も同じ黒髪黒目ですわね。

 ……もしかし妹君⁉」

「落ち着け!」

「落ち着いてなんかいられませんわ!」

「わかった! 俺もその友達とやらを探すのに付き合おう、だからいったん静まってくれ!」

「あら、私ったらいやだわ、はしたない」


 興奮のあまり、机から身を乗り出してセレンディッド様に詰め寄っていた。

 でもこんなチャンス中々ないわよね、興奮してしまうのも仕方がないわ。


 部屋に帰ったら事の顛末をドロシーに伝えようと心の奥底で決心を固め、少し浮いたお尻を椅子にくっつけた。


「黒髪黒目は珍しいかもしれないが、探せばそこら辺りにいるだろう。

 ……それで、その少女はこの屋敷に住んでいると言ったのか?」

「そうなのです、いつも綺麗なピンクのドレスを着ていて、大切に育てられていて……そうだわ、その子のご両親も随分と教育熱心だったみたいでいつも泣いていたわ。それに体も弱かったみたいで……」

「わかった、できる限り協力しよう。といっても当時から住んでいる人間は限られている……おい、どうした」

「え?」


 なにが?


 疑問を口にする前に、セレンディッド様の手が私の頬に当てられた。


「顔が赤い……日射病か?」

「にっしゃ……?」


 あら、なんだか頭がぼうっとするわね。


 今まで楽しそうに喋っていたセレンディッド様の顔が、苦しげに歪む。

 ……なんだか嫌ね、この人がそんな顔するのはあまり見たくないわ。


 素早い動きで私の横にやってくると、また荷物のように私の体を抱きかかえた。

 凄いわね、人間の体を使いこなすと別の人間の体も持てるようになるのかしら。私もいつかセレンディッド様を抱えることが出来たら……なんか変な気分になったわ。


「サルビアから朝食の水を残したと聞いている。それから水分は摂取したか?」

「そういえば飲んでいないような」

「一口もか?」

「一口も、です」


 海の中にずっと過ごしていた私達は、水を飲むという習慣がない。

 飲めないことはないが必要ないので、よっぽどのことがない限りは飲まない。

 なのでこの屋敷で久しぶりに水を口にした時にむせてしまった。それはとても苦しい思いをしたのを今でも思い出す。


「さっき歩く練習をしていたな。大量に汗をかいたか?」

「それはもちろん、荒ぶる波のようにかきましたわ」

「それも原因だな」


 水の必要性をいまいち理解していなかった私は、食事の度に出される水もできるだけ手をつけないようにしていた。朝食にももちろん水はあったが、例のごとく飲んでいない。


「一口も飲まずにあの汗をかいたて、その上慣れない外に出た、となると日射病にもなる。

 今から暑くなってくる時期だ。脱水症状や日射病になりやすいから、普通は気をつけて水を飲むものなんだがな」

「あ、あ……そう、ですわよね」


 また一つ知識が増えた。

 どうやら人間にとって水というのは必要不可欠なものらしい。


「(ニッシャビョウ? って言われると急に体が重たくなるのはなぜかしら)」


 迷いなく屋敷の中を歩いて行くセレンディッド様の腕の中が、やけに心地良かった。

 

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