17,牽制
今なんて? 聞き間違い? 聞き間違いよね、そうよね⁉ 今とんでもない壁が立ちはだかった気がするけれども、そんなことないわよね⁉
「ではセレン様、昼からのデートを楽しみにしておりますわ。婚約者の可愛いお願いですもの、たまには聞き入れてくださいませ」
「ああ、それまでの仕事は一段落させておこう」
「(あああああああ‼ やっぱり婚約者って言ったわ‼)」
どうすればいいのよ、こんなことってあり得るの⁉
せわしなく二人を交互に見ると、それに気がついたサラ様が私に柔らかく微笑みかけた。
「怪我で動けない民を保護するなんて、領主として立派な方ですわ。妻になる者として誇らしいです。
ペルラさん、ゆっくり療養してくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
牽制だ。
真っ白になった頭でも、それだけはわかった。
気のきいた言葉を返すこともできず、淡々とするサラ様とルネス様のやり取りを見守ることしか出来ない。
「ルネス、デートまで時間があるの。買い物したいから付き合ってちょうだい」
「承知いたしました」
ルネス様は商人ですものね、さぞかし目も肥えていることでしょう。一緒に買い物に行くときっと質の良い物が手に入るんだわ。
私は質の良し悪しがよくわからないから、そういった目を持っている人を尊敬するわ……これって現実逃避?
「では後ほど。ごきげんよう」
「じゃーねー、ペルラ!」
「いってらっしゃいませ……」
えー……っと? とりあえず? 私、相当やばいんじゃないの?
この場をひっくり返すカードを何一つ持ち合わせていない私は、しずしずと街に繰り出す二人を見送るしかできなかった。
「あーあ、あれはご機嫌斜めになったな。後でサラ嬢にフォロー入れておけよ」
「わかっている」
音も無く閉ざされた扉を見つめながら零れた言葉は、無意識だった。
「……婚約者がいらっしゃるのですね……」
「ああ、つい最近だがな」
婚約者……婚約者……?
父上は恋人の一人や二人、なんて言ったけど、それをすっとばして婚約者⁉
どうしよう、このままでは石が海の泡になる‼ えらいこっちゃ、計画が狂ってきた‼
ベッドの上で頭を掻きむしりたい衝動に駆られていると、セレンディッド様の部屋の奥からしゃがれた男の人の声が聞こえてきた。
「セレンディット様、少々よろしいでしょうか」
「どうした」
領主様っていうのは人気者ね……。
足早に出て行く黒髪が柔らかそうだ。
「あー……大丈夫か?」
「大丈夫、ですわ、ええ、とても」
「そうか……。まあ、深い仲になる前なんだろ、早めに現実知れてよかったんじゃねェか?」
あ、やっぱりダミアン様は私のこと、よく思っていないのね。
確信と留めと言わんばかりのありがたいお言葉、しかとこの心に受け止めましょう。
「深い仲だなんて、とんでもありませんわ。私はただセレンディッド様に救われただけの町娘ですもの」
今は、ね。
「あんたはそうでも……そうだよなぁ……。セレンがなぁ……」
やけに歯切れの悪い言葉ね。
続きそうで続かない言葉を待っていると、すぐにセレンディッド様が部屋から戻ってきた。
「すまない、これから仕事だ。朝食は直ぐに持ってこさせる。
これからのことは後から考えよう、とりあえず今は足を休めてくれ」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
どこか意味深な視線を投げかけてくるダミアン様を制すように微笑み、セレンディッド様には軽く頭を下げた。
扉が閉まったのを確認すると、ベッドに敷かれた手触りのいいシーツを握りしめる。
「(こうしちゃいられないわ……‼)」
時は金なり。宰相がいつも言いながら走り回っていたのを思い出す。
本当ね、うかうかしていたら宝が海の泡になってしまうわ。
ドロシーを追い出した窓に縋ると、重たいガラスをこじ開けた。
「ドロシー! ドロシーいる⁉」
「へァッ⁉」
あっ、思ったよりもすぐそばにいた!
けどこれは寝ていたわね⁉
ムンズとドロシーの体を抱えると、部屋の中に引きずり込んだ。
「非常事態よ‼」
「な、何があったんですか? 実はあんまりよく聞こえなくてぇ……」
「涎が垂れているわよ。
実はね……」
きっと深夜まで屋敷の中を探ろうと奮闘していたから眠いのよね、そういうことにしておくわ。
できるだけ早く、内容かいつまんで、でもちゃんと全てを分かるように。
たった今起こった出来事を簡潔にまとめ上げると、ドロシーの大きな目が零れんばかりに見開かれる。
「―……ということなのよ」
「なるほど。つまり篭絡しようとしていた領主さまには既に婚約者がいて、姫様は完全に噛ませ犬ポジション。しかもその話だとお互い満更でもなさそうだし、横恋慕はするなと側近殿から釘も刺された、と。
これは……勝ち目うっすいですよ……」
「あなたどっちの味方なのよ!」
さっきまで、まさか婚約者までいるはずないだろうと一緒になって笑い飛ばしていた従者は一体どこにいったんだ。
「嫌よ、まるで本当におとぎ話じゃない!
このままだと私の宝物が海の泡になっちゃう‼」
「今のところバッドエンドまっしぐらですよぉ……」
「もう泣きそうだわ」
というか、ちょっと視界が霞んでいる。泣き顔なんてドロシーに見せたら、不安がらせてしまうのに。
手元にあったシーツを手繰り寄せると、顔を埋めた。
なんとかしてセレンディット様の妻という立場を手に入れないと、宝物どころか神殿にまで帰れなくなりそうだわ。
ふと、昔の記憶が蘇る。
「……昔、〝あの子〟から聞いたおとぎ話があるの。
厳しい父親がマッチという火を付ける道具を全て売るまで帰ってくるなと言い、家の中に入らせてもらえず凍死したという悲しいお話よ。確か題名は……マッチ売りの少女、だったかしら」
「うわ、まさしく今の姫様ですね!」
「おとぎ話のチャンポンなんて今は望んじゃいないのよ! しかもこの場合だと私が死ぬじゃないのよ!」
「そこは石に置き換えましょう!」
「そもそもこれはおとぎ話じゃなくて現実なの!」
そうよ、現実は小説よりも奇なり。もしかするともしかするかもしれないじゃない、そうよ、なんとかするのよ!
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