16,あざとさ


「おい、それ以上見るな」

「ペルラちゃんかわいいよねぇ! ねぇねぇ! 彼氏はいるの⁉」

「ルネス、もう一発いっとくか?」

「冗談だってー‼」

「(なんだか、ものすごく騒がしいわね……)」


 普段は静かな神殿にこもっているので、ここまで騒がしいのは久しぶりだ。

 なんとかセレンディッド様の手から逃れると、もう一度上を見上げた。そこにはダミアン様が腰に手を当てて、諦めたようにこちらを見下ろしている。


「まあ……危害はなさそうだけどな……」

「当たり前だろう。危害がありそうならこの屋敷に連れ込まない」

「お前のその自信はどこからくるんだか。

 それでどうするんだ? このまま屋敷に置いておくわけにはいかないだろ」

「わかっている。だが彼女は足を怪我している」

「怪我ァ?」


 そうだ、そういう設定になっているんだった!

 思わずシーツの下に埋まっている下半身に手が伸び、特に痛みも感じない足を撫でる。 


「昨日岩にぶつけて痛めたようだ。ペルラ、今日も歩けないんだろう?」

「は、はい。見た目は特になんともないのですが、軽く痛めたようです」


 嘘をつくことに罪悪感が募るが、歩けないのは本当のことだ。


 なにより。


「(歩けるようになったら屋敷から追い出す気ね⁉)」


 いかん、それはまずい。

 なんとかしてそれまでに籠絡しなければ!

 巻きの作戦をいくつか頭の中で張り巡らせていると、ルネス様がベッドの腰をかけた。因みに頭のたんこぶは健在である。


「だったら僕の知り合いの医者を紹介しようか? 腕いいから、一発で治してくれるよ!」

「医者⁉」


 やめてくれ! 人魚だとバレる可能性が大きくなるだけだ!

 なんて、声を大にして叫べたらどれほどいいか。


 顔色が悪くなった私に気付くことなく、ルネス様はツラツラと言葉を並べる。


「僕は商人なんだ! 小さいキャラバンなんだけど、それなりに顔は広いんだよ!」

「まあ……立派なお仕事ですね……」


 絶対顔が引き攣っている。

 お願いだから放っておいて……! その祈りも空しく、流暢に話が流れていく。


「ルネス、それくらいにしておけ」


 まさしく天の助け!

 何も言えない私に変わって間に入ったのは、セレンディッド様だった。なんだろう、朝日を受けて目映く見えるのは気のせいだろうか。


「俺が見た限り軽い打撲だ、数日で治るだろう。それまで俺が保護する」

「そう? でも悪化したら直ぐに言ってね! 秒で医者を連れてくるから!」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 っぶねー‼ なんとか難を逃れたようだ。セレンディッド様には感謝しかないわね。

 自分の目に立ちはだかる広い背中を、まじまじと見つめる。


「(私を庇ってくれた?)」


 医者に行きたくないと、そんなに顔に出ていたのだろうか。

 ダボク、というものがどんな症状か知らないが、痛みが無いのは事実だ。それもと本当にダボクとやらになっているのだろうか?

 毛布の下でこっそり足首を回してみるけど、特に痛みはない。あとでドロシーにダボクとは何者か聞いてみようか。

 私の横でまだ甲高く話す二人を眺めていると、セレンディッド様の部屋から女性の声が聞こえた。




「セレン様、いらっしゃいますか?」


 甘く可愛らしい声だ。


「(もしかして⁉)」


 少しの希望を含ませ、顔を勢いよく部屋の外に向けた。

 私とセレンディッド様の部屋を繋ぐ扉の近くに立っていたのは、モスグリーンの美しいドレスを身にまとった女性だった。


 甘い栗色髪を揺らし、その透き通るような薄い琥珀の瞳。

 頬に薄く赤味が差した愛らしい女性だった。


「(違う……この人じゃないわ)」


 失礼だとわかっていながらも、勝手に期待して勝手に落ち込んでしまった。

 いいえペルラ、まだ地上生活は始まってほんの数時間。これからまだまだチャンスはあるわ!


 己を鼓舞していると、栗色の髪を持つ女性と目が合った。


「……」

「えっと……」


 私、何かしたかしら。


 こちらを見たまま固まった女性は、表情まで固い。

 挨拶をしようと思ったけれど、そんな空気でもなさそう。そしてベッドに座ったままニヤニヤするルネス様も気になるところ。


 こちらを見たまま、ようやく女性は口を開いた。


「こちらの方は?」

「昨日保護した。足を痛めてしばらく動けない、この屋敷で保護することにしたんだ」

「まぁ……」


 あ、今なら名乗っても大丈夫かしら。

 口を開こうとするが、頭のてっぺんから上半身を舐めるような視線に言葉が引っ込む。

 例えるなら、まるで品定めをされているよう、とでも言えばいいのかしら。


「俺に何か用があったのか?」

「ええ、せっかくですので朝食でも一緒にいかがかと思いまして」

「すまない、つい先ほど食べ終わったばかりだ」

「あら、それは残念ですわ 」


 絵画と思うほど美しい笑みを浮かべた女性は、可愛らしく首をもたげた。


 なるほど、これがあざとい、という仕草かしら。

 コーラリウム国で流行っている恋愛小説の一節を思い出し、頭の中にその仕草を擦り込む。この仕草、セレンディッド様に通用するかしら。


「ところでそちらの可愛らしいお嬢さんと挨拶をさせてもらってもよろしいかしら?」

「ああ。ペルラ、紹介しよう。

 この人はサラ・ローレン。


 俺の婚約者だ」

「はじめまして、サラ様。私はペルラと申しま……え?」

「はじめましてペルラさん。お会いできて光栄ですわ」


 ちょっと待て。



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