15,下心の塊


「随分と騒がしい気がしたが、夢見が悪かったか?」

「いいえっ⁉ お陰でよく眠れました!」


 従者と貴方を籠絡すると意気込んでいました、なんて口が裂けても言えない。

 歩いてくるセレンディッド様にドギマギしながら乱れた髪を手で撫で付け、そそくさと膝を隠した。


 慣れない人間の足を見られるのは、なんとなく気恥ずかしい気がした。


「ならいい。この後朝食を持ってこさせよう」

「そこまでお世話になるわけには!」

「甘えておけ」


 自分より大きく硬い感触の掌が、頭の上に置かれた。

 姫という立場上、頭を撫でられたことが殆どない。髪を梳かれる時か、父上が遠い昔に何度か撫でてくれたくらいだ。

 不覚にも気持ちいいと思ってしまったのは、ホームシックの症状だろうか。


「昨日も言っていたが家に帰れないんだった。父親が厳しいのか」

「ええ、目標を達成できなかったら私の宝を海の泡にしてやるって脅されて。とんでもないでしょう」

「ほう、海の泡に」


 あ、余計なことを言った。

 どこか意味深な目の前の男に、慌てて両手を振ってみせる。


「海の泡というか、そう! 海に投げてやる! みたいな?」

「随分とバイオレンスだな」


 ちょっとニュアンスは違うけれど、まあ似たようなもんでしょ。


「しかしそこまで厳しいのであれば、俺も介入する必要があるだろう」

「え?」

「見たところ成人した辺りか? もっと幼ければ幼児保護法が適用されるが、大人となると自分の意思表示が……」


 あれ、嫌な予感! そこまで大事にされると困る!


「どうだ、一度俺を実家に連れて行ってくれないか。困窮しているのであれば定期的に支援も行うことが出来る」

「いえ、そうではなくて!」

「それとも別の保護制度を使うか? なんなら職も紹介するが」


 違う違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 職とかじゃなくて、私は貴方を籠絡してコーラリウム国に太陽の光を……って言えるか!


「教えてくれ、家はどこだ?」

「んんんんんん‼ そ、それはぁ……」

「ん?」


 な、なんでちょっと笑ってるの⁉

 詰め寄ってくるセレンディッド様に、思わず泣きたくなった瞬間だった。





「あれ? こっちの扉開いてるじゃん」

「本当だな。セレン? いるのか?」


 セレンディッド様が入ってきた扉の方から知らない声が二人分聞こえる。男の人の声だ。


 何事かと視線をずらすと、明るい茶髪の髪に小麦色の肌の男がこちらを覗いていた。

 その大きな体の下には、金色の髪を揺らした男がひょっこり顔を出している。


 計二人分の視線とペルラの視線が絡むと、金髪の男が勢いよく息を吸い込んだ。


「――――セレンが女を連れ込んでいる‼」







「……と、いうわけだ。わかったか? ルネス」

「わかったよ……」


 わあ、痛そう……。

 大きなたんこぶをこさえ、ルネスと呼ばれた男が床に座り込んでいる。

 器用ね、あんなに足を折って小さく座れるなんて人類の神秘だわ。


「あれは完全にお前が悪いぞ、ルネス。セレンのお楽しみタイムを邪魔したんだ、怒られるのも仕方がない!」

「ダミアン、お前も拳骨いくか?」

「お、今日は空が綺麗だなー」


 セレンディッド様の綺麗な顔に皺が寄っている。

 相当苦労しているんだな……。この二人の扱いを見て、日頃の苦労を感じる。


「そんな怖い顔しないでよー、男前が台無しだよ!」

「誰のせいだ」

「で、セレン? そちらのお嬢さんを紹介してくれよ」

「彼女は……」


 一気に視線が自分へ集まる。

 今は一国の姫では無く、ただの町娘の設定。挨拶がなあなあになっている事に気付き、ベッドへ手を付いた。


「ベッドの上から失礼いたします。私はペルラと申します」

「丁寧にどうも。俺はダミアン・ドゥ・ネールだ! まあセレンの側近だな!」


 ダミアン様、ね。


「(目が笑っていないわよ)」


 白い歯を見せて笑いかけてくる大男に、社交辞令の笑顔を返した。

 セレンディッド様より頭一つ大きい背丈の彼は、肩幅も広く貫禄がある。腰に帯刀されている剣を盗み見た。

 側近兼ボディーガード、というところだろう。ならば警戒されるのも当然か。

「よろしくお願いします」とテンプレートの挨拶を並べ、差し出された手を握り返した。


「はいはーい! 僕はルネスだよ! ルネス・ゴールドスミス! よろしくね!」

「ペルラです。こちらこそよろしくお願いします」


 下から聞こえてきた元気な声に頭を軽く下げる。

 小柄なルネス様は少し目元に前髪がかかった綺麗な金髪だ。耳元の金色のピアスがより彼の明るさを際立てているように見える。


「んで? ちらっと聞いたけど、昨日の夜にペルラを連れてきたんだって?」

「海を散歩していたら拾った」

「拾ったってなぁ。子猫じゃないんだぞ。それと側近の俺に何も言わずに部外者を連れ込むなって。何かあったらどうすんだよ!」

「お前が心配するようなことは何も起こらない。起こったとしても、自分でケリをつける」

「俺はお前の護衛なの‼」


 ダミアン様の視線が突き刺さる。思わず背筋が伸びた。


 ガシガシと乱暴に頭を掻きながら、こちらに歩み寄ってくる。もしこちらに危害を加える気ならば、それ相応の対応をしよう。

 いざというときのため、呪いの言葉を喉の奥に忍ばせる。


「……」

「……? なんでしょうか?」


 いつでもかかってこいや、の精神で身構えるが、ダミアン様はこちらを見下ろしたまま動かない。


「セレンはこの土地を納める大切な領主だ。昔から暗殺や毒殺、色仕掛けも星の数ほど受けてきてな。それらから守るのが俺の役目だ。だからセレンに近づく人間は注意するんだが……」


 はい、下心の塊です。籠絡する気満々です。

 え、これってバレてる? 追い出されるの⁉


 それにしても随分と過酷な幼少期を過ごしたのね。命の危険にさらされるなんて、立場のある者は大変……あら、私も似たような立場じゃなかったかしら……。

 自分の目論見がバレないよう、できる限り心の奥底に隠し込んでダミアン様を見上げた。


「……綺麗な目だな」

「……はい?」


 全く予想のしない感想が述べられ、セレンディッド様の手が私の視界を遮った。



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