14,新たなる目標


「……という昔話よ」

「ふっぐ……うえっく……‼」

「なんで貴女がそんなに泣くのよ」

「だっでぇ……‼ 姫様がそんな辛い思いをしていたなんて知らなくてぇ……!」

「まあこんなこと知られたら陸との交流が打ち切られるものね。

 これは余談だけど、父上とバードット夫人にはバレていたのよ。だから毎晩見張ってくれていて、間一髪のところで助けられたってわけ。

 バードット夫人は手に負えないくらい怒っていたのよ、宥めるの大変だったんだから」

「うわ、もの凄く想像つきます」

「因みに悪口替え歌も筒抜けだったわ」

「大人の対応をしてくれた大王様とバードット夫人に感謝しましょうね」


 当時のバードット夫人は、それはもう凄まじかった。

 海底火山が噴火したかと思うほどの怒りようだったのを、今でも覚えている。


「私達の皮膚は丈夫だし、怪我なんてすぐ治るのに。少し過保護すぎなのよ」

「そんなことありませんよ! 姫様は大切にされて当然の存在です!」

「私にそんな価値はないと思うわ」

「なんでそんな卑屈に……もしかしてホームシック⁉」

「そんな……ちょっとあるかもしれないけれど」


 さすった腕には、何一つ傷が付いていない。

 もう跡も残っていないのに、痒いのは何故だろうか。


「そこで姫様は、その思い出の発光石が宝物になったんですね!」

 でもその発光石ってあんまりこの辺にないんですよね? どうして海底に落ちていたんでしょうか」

「時折思うの。もしかしたら、陸から〝あの子〟が落としてくれてるんじゃないかって」


 あり得ないのにね。


 遠い昔に封じ込めた記憶や感情が蘇ってきて、やるせない思いに胸が押しつぶされそうになる。

 腕の傷は癒えても、心に付いた傷は癒えていないのだ。


「それで姫様はあまり外に出なくなったんですね……」

「きっかけの一つに過ぎないわね。

 でも、外に出なければ危険なこともないし、誰も傷つかない。歳を重ねる度そんな考え方をするようになっていたわ」

「引きこもりになった理由、初めて知りましたよぉ……なんだか切ない……」

「だから言ったでしょう、楽しくない話よ」


 このことを知っているのは血縁関係者くらいだろう。

 結局、これ以上地上と溝を深めないため内々で処理して終わったのだ。


「……〝あの子〟は元気にしているかしら」

「やっぱり会いたいんですか?」

「会う資格なんてないわよ。あんなに怖がらせたんだもの。泣いていたのよ? トラウマよ」

「でも! 姫様は今でも発光石を集めているんなら、会いたいって事ですよね⁉」


 ビクリと肩を揺らした。ドロシーの痛い一言に、言葉が詰まる。


「……もし神様がいて、ほんの気まぐれで〝あの子〟に会えたなら。一言謝るくらいは許してもらえるかしら」

「絶対許されます!」


 ドロシーの力強い言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。

 今と昔では状況が違う。危険なことには変わりないけど、今までより近い場所にいるはずだ。


「そうね。今の私は人間だもの! もし会えたらごめんなさいって言うわ!」

「その意気です! それに二徹で目の下を真っ黒にした宰相だって〝目的はあればあるほど燃える〟って言ってましたもん!」

「アラーレで可笑しくなっていたのってそれが原因じゃないかしら」


 地上と海を結ぶことも大切だが、まず宰相の睡眠時間から見直した方が良いのではなかろうか。


「とにかく! これから領主様を籠絡するのも勿論ですけど、姫様のお友達を探すことも同時進行で行っていきましょう!

 で、〝あの子〟の名前はなんていうんですか?」

「……知らないの」

「………………は?」


 あ、沈黙が痛い。


「え、待ってください。親友だったんですよね?」

「そうよ。でも名前を聞かなかったの。なんていうの? 凄く仲良くなった後に今更名前を聞くのは気まずい、みたいな……」

「あー……そうですかぁ……」


 ああ、ドロシーがどんどんしおれていく!

 そうよね、普通は名前を聞くわよね……。


「で、でも大丈夫よ! ここに住んでいて、綺麗なドレスを着ていたのよ? それなら立場は上の人間よ! それから年は私と同じくらいね。髪は綺麗な黒髪で、目も黒真珠みたいに綺麗で丸くて!」

「うーん……頑張りましょう!」

「諦めてない? ねえドロシー? どっちを見てるの⁉ やだ、ここでドロシーに見捨てられたら一生海に帰れない‼」

「見捨てないですよぉ、私だって帰りたいですもん。

 まあお友達探しもそうですけど、本来の目的は領主様です! 大王様も言っていたじゃないですか、祝福の歌で一発だって!

 魅了の歌で洗脳してしまえばこっちのもんです!」

「……ドロシー」


 なんと前向きな従者。そんなポジティブなドロシーがたまに眩しく見える。

 なんとか空気を明るくしようと努める羽毛の背中を、軽く叩いた。


「思い出してご覧なさい。貴女、私が歌っているところを見たことある?」

「そりゃ…………あれ?」


 そういうことだ。


 ゆっくり頷いた。


「私、その時がトラウマになっていて歌えなくなったのよ」

「え、ええええ……⁉」


 人魚と言えば。見目麗しき乙女の姿でハープを奏でながら歌うというのが鉄板だろう。

 かく言う姉達がまさしくそうだった。


 あの事件から何度か誘われ機会はあったが、私は頑なに拒否を続けた。その結果、いつしか歌おうとすると身体が固まって声が出せなくなってしまったのだ。


「も、もうダメだ……詰んだ……」

「だ、大丈夫よ‼ 歌は歌えなくてもなんとかなるわ!」

「どうやってですかぁ……」


 そうよ、人魚の武器は歌声だけじゃない。

 なんとかドロシーの心を立ち上がらせようと試みた瞬間。


 コンコン……


「っはい⁉」


 部屋の続きになっている扉から、ノックが聞こえた。

 その先は、セレンディッド様の部屋、だと思う。


「(ドロシー! 隠れて!)」

「(隠れてって、もう!)」


 慌ててドロシー窓の外に出すと、ベッドの上に散らばる羽をシーツで隠した。

 身を案じてくれた従者を外に追い出すなんて、申し訳なく思うわよ? でもここは、あくまで〝起きたばかりの町娘〟を装うべきだわ。



「入っても大丈夫か?」

「勿論ですわ‼」


 なんて言いながら、視線は部屋を彷徨う。

 変なところは無いわよね? 羽は隠したしドロシーも隠したし……元々手ぶらだもの、大丈夫よね!


 ゆっくり開かれる扉の向こうから見えたのは、昨日と違わぬ美しい黒髪のセレンディッド様だった。

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